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雑誌編集者を目指して、上京。
トラの穴で編集プロダクション生活をスタートさせたばかりの「のんちゃん」(23歳女子)に贈る
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仕事と近親者の葬儀

2015年2月11日 (水)

少しマイノリティな話をします。

世の中には親の葬儀に出られない人がいます。

芸能関係の方でそういう話はときどき伺うけれど、

私の周りにもいらっしゃいます。

フォトグラファーとか、スタイリストとか、ヘアメイクといったクリエイターたち。

訃報を聞いて、入っている撮影をキャンセルするわけにはいかないわけで

なにごともなかったように仕事をして(気を遣わせるから周りの人に言えないのです)

仕事を完了させてようやく帰れるわけです。それではじめて悲しみに身を置くことができる。

 

「親の死に目にも会えなかったし、葬儀にも出られなかった。

行けたのは葬儀の1週間後だった」

なんていうクリエイター仲間の話を聞くといたたまれません。

どんなにつらかったろうと、あとから一緒に泣いたりして。

 

いたたまれないけれども、クリエイターの仕事は、

ほかに代わりがきかないからこそ自分にお仕事をいただけるものでもあります。

仕事をいただくこと、受けることに対する覚悟といってもいいかもしれません。

(ここらへんは、会社勤めの感覚とは異なろうかと思われます)

 

やっている仕事の内容にもよりますが、

親が死んだのに合わせてすぐ帰れないという点では、編集者も似ています。

もちろん、ふたり以上でやっていてだれかが代われる状況なら話は違います。

それから書籍のように、ある程度進行が自由にできるならまだしも

進行のただ中にあって、大勢の人とお金が絡むのを、

ひとりでまわしているときにはまず無理。致し方ありません。

そんな仕事を選んだのだと思ってあきらめます。

 


ナーバスな問題だし、正解はありません。
でも、その日はいつかはやってきます。
そのとき自分はどう動くのか、シミュレーションしておくのも大事だと思います。
たとえ故人とは意思が通じ合っていたとしても
葬儀に参列できなかったら、親族からは総スカンだし
仕事に穴をあけたら仕事はもうこないだろうし
(というか、保障問題に発展することだってある)。
……どちらにしても波風が立ちます。
クライアントの率直な気持ち「ご愁傷様です(でも納期は守ってもらわないと困る……)」
その言外の(  )の部分を、自分はどうフォローできるのか、ということです。


でも!

未来の悪いことばかり想像して落ち込んでもしようがないわけで

そこは「私は運がいいので間違いなく葬儀に出られて、

いい送り方ができるから大丈夫!(にっこり)」

と思うようにしています(引き寄せはすごいんです、私)。

 

と同時に。

自分が仕切れる立場の葬儀なら

葬儀会社にエンバーミングと遺体の長期保存をお願いして

葬儀を待ってもらう方法を水面下で模索したりして。

親族へのうまい根回しのやり方だってあるかもしれません。



いずれにしても、マイノリティな話だし、正解はありません。

ないけれどもちゃんと対峙して考えておくことは大事です。

マイノリティなりに、世間とどこまですりあわせることができるのか。



いずれにせよ、大好きな故人と自分なりにいいお別れができたと納得できることが、

それから先、生きていく上できっと大切なことになるのではないかと思います。



追記

とはいえ、身内の不幸があったときは、上司がいるなら上司にまず相談を。
フリーでない限り、会社にいる限りは守られると思います。

すべての人々がそうした悲しみに十分に浸ることができるということは
とても豊かな世の中なのではないでしょうか。




 

 

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