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雑誌編集者を目指して、上京。
トラの穴で編集プロダクション生活をスタートさせたばかりの「のんちゃん」(23歳女子)に贈る
編プロ・トラの穴的 おこごと、仕事のコツ、ラクの仕方と、社会人的たしなみと。

順不同でまいります。
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芸は身を助ける

2015年2月11日 (水)

精神的なダメージが強いとき、

自分の仕事に何度も助けてもらいました。

 

二十代の時に父が亡くなったときは

うまく呑む込むことができなくて、半年くらい休まず仕事をし続けました。

あれは焦点をずらすため。

今は解決できないことを、少し自分が落ち着いてから先送りにして考えたかったのです。

(成功したかどうかは別として)

 

それから、今から10年以上前に、うつになりかけたことがありました。

朝起きたら、世界から意味が消えていた、そんな感じ。

仕事に行くのに靴下を履いている途中で

「これはなんだ?(ぼーーーーーっ)」とわけがわからなくなってしまいました。

タバコに火を点けると一瞬で灰になってしまう。

夫に病院に連れて行ってもらって、でも「予約がないと診療できない」と断られ、

「今診てもらわないとダメになるんです!!」と受付で号泣しながら叫んで診てもらいました。

 

その日は事務所に行くことはできなかったけれど、お持ち帰りしている仕事がありました。

翌日がデザイン入れの約束で、まだ構成案を作っていなかったのです。

「できない」

「でもやらなきゃいけない」

なんといっても、物事から意味が消えているのに、なにかができるわけもないのです。

「でもやらなきゃ」

机の上に写真をざばーっと並べて(まだポジの時代でした)

ぼーっと眺めて

白い紙に線を引きはじめました。驚いたことに線はなんとか引くことができました。

 

いつもの4倍くらい時間がかかるけど、しかもひどい字だし

まともに線が引けないのに、それでも少しずつ構成案が仕上がっていきます。

 

うれしかったなぁ。あのうれしさは今もリアルに覚えています。

線を引いて、構成案をつくることが、世界と自分の唯一の接点のように感じました。

なにもわからず、くるくるパーになっているのに、ぐちゃぐちゃな頭でもラフが描けるということ。

私ではなく、指が覚えている。

描きながら、少しずつ少しずつ、失われたものが蘇る感じがしました。

芸は身を助けるとはよく言ったもんだな、と、その時思いました。

 

翌朝、事務所に行けるような状態ではありませんでしたが

「たぶん、今日行かないと、私はもう永久に行けなくなるだろう」と思って

文字通り這うようにして出かけました。だってデザイン入れがあるし…(そこにこだわり続ける)。

ひどいラフだっと思うけど、当時の編集長に理由を話してフォローしてもらいながら、

デザイン入れを終えました。なんてったって、もううまく話せなくなっていたし。

「こんなラフじゃ受付らんないね!」とデザイナーに突き返されることもなく

受け取ってくれたのがとても有難かったです。編集長がまたやさしかった。

そこからゆっくりゆっくり、自分を取り戻すことができました。

 

長くやっているせいものあるのでしょう。

編集の仕事が、自分を正気に返す手伝いをしてくれることが、今も時々あります。

べこべこに凹んでいるときも、同じです。

編集に限らないかもしれませんね。

いつもやっている毎日の仕事を、淡々と丁寧にこなしていくことで

自分が癒える感覚があります。それは不思議な感覚です。

ふだんと同じクオリティではないことを感じつつも、それでも、

ありがたいなと思って続けていると、やっている仕事に自分が救われているのです。

 

芸は身を助けるとはよく言ったものだと、やっぱり思います。

(たぶん、本来の意味とはずいぶん違うけど!)

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