雑誌編集者を目指して、上京。
トラの穴で編集プロダクション生活をスタートさせたばかりの「のんちゃん」(23歳女子)に贈る
編プロ・トラの穴的 おこごと、仕事のコツ、ラクの仕方と、社会人的たしなみと。
順不同でまいります。
つまみ読み、どうぞ。
いろんな視点をもつことは大事だと書きました。
そのなかのひとつともいえるけれど
後ろへの視点をなんとなく気にしています。
後ろ向きということではありません。
前を向いて歩いているときに、自分の後ろがどうなっているのかということです。
この世界に向けて、自分がどのような存在であるのか、ということに近いかもしれません。
自分はその場にどんな気配の残すのか。
たとえば、自分が歩いているときに、すれ違う人に対してはさまざま配慮すると思います。
できるなら仏頂面は避けたいし、すれ違った人が気分がよければいいなと
なんとなくそんなことを思います。
森田健さんの「六爻占術」のなかに“外応(がいおう)”という考え方が出てきます。
ざっくり言うと
「宇宙はとても親密で、いつもその人のほしい情報を投げかけている」というものです。
「あの企画は受けるだろうか」なんて考えているときに
とても楽しそうにすれ違う学生さんが目に入ったら、「その企画はOK、うまくいく」
みたいなふうにキャッチします。
詳しくは、森田健さんの『「母神」に包まれる方法』『幸運の女神を味方にする方法』(マガジンハウス)をどうぞ。
それでいくと、私のありようもどなたかの外応になるわけですから、
だとするとよいものでありたいと願いたいじゃないですか。
私は宇宙から受け取るけれど、私も宇宙にお返しするわけです。
できれば、お返しはよいものをお返ししておきたい。
なんだかスケールが大きな話でしょうか。
というわけでもなくて、「気配」ということでもいいと思います。
どこかに伺ったあとで、おいとまする。
そのあとで、その場所にどんな気配を残すのか、ということです。
気持ちのいいものなのか、なんだかどんよりしたものなのか、塩でも撒きたくなるものなのか。
ごく身近なところで、自分のあとにトイレを使った人が気持ちがいいのか悪いのか
(きちんと流しているとか〈当たり前か〉、
便蓋を閉めているとか、ニオイがこもってないとか、きれい・汚いとか)
水場を使った後で、後の人はストレスなく使うことができるのかどうか
(家庭科の授業のあと、使う前よりきれいにしろと教育されました)
ランチのあとテーブルを立つときに、片付ける人の気持ちになれるのかどうか
(食い散らかしていないか、イスは来たときのようにちゃんと揃えているかとか)
作業したときに、きれいに片付けているのかどうかとか。
できれば一度確認してから去りたいと思います。
「立つ鳥跡を濁さず」という言葉がありますが、似ているかもしれません。
行動のみならず、言葉や表情にも同じことがいえます。
歩道を歩くときだって、後ろから来る人は追い越しやすいか、歩きやすいか
ゆっくり真ん中を歩いていないか、荷物は邪魔をしていないか、
雨の日なら傘はスマートにさせているのか。
よい気配を残せる人で、「仕事がうまくいかない」なんていう人を私は知りません。
気配の積み重ねが、人の印象となるのだと思います。
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