このブログは

雑誌編集者を目指して、上京。
トラの穴で編集プロダクション生活をスタートさせたばかりの「のんちゃん」(23歳女子)に贈る
編プロ・トラの穴的 おこごと、仕事のコツ、ラクの仕方と、社会人的たしなみと。

順不同でまいります。
つまみ読み、どうぞ。

最近の記事

カテゴリー

最近のコメント

ゼロハチマル.net


昔話 ~プラスキューの年賀状~

2008年12月29日 (月)

年賀状の季節です。
毎年、この季節になると、もう大わらわ。
事務所の仕事納めをしたあとで、ひとりバタバタし続けて、
年賀状を書き終えて、郵便局の夜間ポストに投函。
形だけは大掃除を済ませて、ようやくうちに帰れるのは大晦日の夜……なんてこともザラでした。
今年はみんなのおかげで段取りよくことが運び……大晦日はお休みできそうです。
のんちゃんもお疲れ様!

さて、今日は昔話です。
独立するまで在籍していた、編集プロダクションの年賀状のこと。
わたしが前にいた編プロは「プラスキュー」といって、代表は阿南満三さんでした。
ぴあの創立メンバーで、退社後は独自に関西で情報誌「キュー」を立ち上げ

(わたしが関西で大学1年生のときの情報誌といえば『キュー』でした。それがぴあ関西版の前身。ついでに、ぴあが関西にやってきたときの支社長が、ゼロハチ○の代表、五十嵐)。
映画『ウンタマギルー』のプロデューサーとしても知られる不思議な方でした。
大人なのに子どものようなところがあって、いつもなんだかキラキラしている。
ギラギラ、ではないんですね。たまにあって、ギラキラくらいか。

もちろんわたしはぺーぺーだし、阿南さんはわたしよりも18歳も年上ですし、
もとよりおしゃべりする機会なんてほとんどありませんでしたが、
それでも、この方の影響を自分は強く受けているように思います。
かわいがっていただきました(男として? このお話はまた、いずれ)。
それは粋で、かっこよろしかったのです。大人かくあるべし、と思っていましたから。

わたしが入ってまだ1,2年経った頃の12月の初旬。
それはすてきな年賀状が納品されました。
デザインは、パッケージングクリエイト代表の奥村昭夫さん(アナンさんのお友達つながり。当時のわたしの担当していたもMOOKは、ここ“パックリ”でデザインをおねがいしていました。奥村さん。超大御所です。贅沢な話ですね)。
黄土色の絹かなにかの布張りのハガキで、
「あけましておめでとうございます」と、金の型押し。
粋ってもんじゃありませんでした。ぺーぺーのわたしも、もうワクワクです。
でも、その年の忘年会で、
「すばらしい年賀状ですよ。非の打ち所がありませんよ。
確かに“デザインはおまかせします”と申し上げましたよ。でも、20万円もかかるなんて……」
と、しとどに酔っぱらった経理担当女史が嘆いていたのを、
ぺーぺーのわたしはおもしろがって聞いておりました(大人の会話はとにかくおもしろい。今も昔も)。

で、その布張りの賀状に、アナンさんは、一筆なんて添えやしない。
万年筆でさらさらと名前を書いてから、それはていねいに落款を押すのです。
粋ですねぇ。
当時別室だった社長室の模様を、なんで知っているかというと
お茶持ってくときに、様子をふいっと盗み見するからなんですね。
その、アナンさんの賀状のたしなみを、粋だと思ったし、美しいと思いました。
賀状に限らず、とにかくたしなみの美しい方でした。

最初の年、自分の分、何枚いただいたんだっけ。たしか、30枚くらいだったのかな。
大人のたしなみを横目に、同僚と連名でしこしこ一筆したためておりました。
あれはもうかれこれ、20年前のこと。
賀状の季節になると、そんなことを思い出します。

コメント

comments 川端 宗廣 | 2015/09/10 18:29:51

私はキュー発刊当時、販売部におりました。懐かしく拝読させたいただきました。広告部の草柳さん、編集部の本名は失念しましたが、真引さん お元気でしょうか?

comments 内山真李 | 2016/01/31 17:25:29

川端様
コメントをつけていただきありがとうございます。
こんなに遅く気が付いて申し訳ありません。

おふたかたのお名前は存じ上げませんが、
阿南さんはものすごーくお元気です!

コメントを書く