熊本城はきっと10年で立ち直る!

2016年7月 8日 (金)

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在りし日の熊本城 本丸前(熊本城公式サイトより)

 

1607年、清正公さん(せいしょこさん)こと加藤清正築城。

西南戦争の戦場となったことでも知られる。西郷さんに

「おいどんは官軍に負けたとじゃなか。清正公に負けたとでごわす」

と言わしめた、それは堅牢なお城。日本三大名城のひとつでもある。

 

その熊本城が、熊本地震で甚大な被害を受けた。

熊本城は石垣修復に350億円(文化庁試算)建造物の被害状況はまだわからないそう。

朝日新聞デジタル(リンク

 

復旧には20年かかるのではないかといわれている一方で

先日出席した、「第1回 九州魅力発掘大賞 表彰式」では

20年と言われるのなら、10年でやりとげたい」という力強い声を聞いた。

熊本城の観光ボランティアガイドである「くまもとよかとこ案内人の会」吉村徹夫会長だった。

 

「実は熊本城は被災と復旧を繰り返してここまで来た。

江戸時代には地震で3回、風水害で6回被害を受けて、

そのたび清正公さんの建てた通りに修復している。

江戸時代から大切に保存してきたからこそ、現在の熊本城がある。

今回の地震で大きな被害を受けてしまったが

先人に恥じないように、私達も清正公の熊本城を守り、しっかり修復していきたい。

そして力強くここから復活していく熊本城を、たくさんの人に見てほしい。

私達が心をこめて、その修復する過程をしっかりガイドをするから」と、吉村会長。

 

熊本城公式HP ※一口城主制度の詳細ありリンク

くまもとよかとこ案内人の会リンク) 
※無料だが、ガイドの交通費2000円は必要。3日前までに要予約

熊本県への義援金一覧(熊本県公式サイトより)リンク

 

 

表彰式の会場のモニターで、傷ついた熊本城が映し出されるのを見て泣けた。

熊本地震のニュースで、大怪我をした熊本城の映像が映し出されると、そのたび涙腺崩壊。

何度見ても泣けてきちゃうことに、はじめは自分でも驚いていた。

 

私自身も熊本出身だが、家族の中でも、私が実際に熊本に住んだのは生後1年間だけ。

各地を転々として育っているので、故郷と呼べる場所はない。

1年しか住んでいないから、「熊本出身」というのも気恥ずかしいような、後ろめたいような。

なのに、はからずも今回の地震で、自分の中に流れる熊本の血を、強く意識することになった。

 

震災の被害映像を見るとつらさや苦しさを感じるのはみんなそうだと思う。

東北の地震のときもそうだった。TVを直視できなくなる。

でも、それともちょっと違って、体の奥がえぐられるような痛みに近い。

その痛みについて、実家の母(熊本出身・大分在住)に尋ねてみたら、当たり前だと言われた。

「熊本城は私達の象徴だもの」そんなことを言った。

熊本城が自分のアイデンティティになっている、それならわかる。

父も母もお城とともに暮らしてきた人だし、

兄は婚姻のときに決める本籍地を、熊本城の住所にしたような人だし。

自分は1年しかいなかったので、そんなに縁深くはないと思っていたけれど

どうやらそんな問題ではなかったことに半世紀経って気づいた。

 

先の吉村会長の話を聞きながら、泣けるのをぐっと我慢していた。

そう。熊本はきっと蘇る。かならず元気になる。

そしてお城も、きっと大怪我から立ち直る!

 

そういえば、東京に来たとき、「清正公前」という交差点の看板を見て驚喜した。

「せいしょこさん、東京にも名前が残ってるなんて、すごーい!!!」

 

今年のぼした祭り(「藤崎八旛宮秋季例大祭」)は開催されるだろうか。

こんな時だからこそ開催されるといいな。

 

 

白いカーネーション

2015年5月10日 (日)

510日、母の日。

今日は亡き佐世保の母の誕生日でもある。誕生日と母の日が重なるのは珍しいのだ。

今年のはじめ、容態は悪かったけれど、奇跡が起きて元気になってくれたらいいと思いながら

誕生日を記した。本当は75歳のはずだった。

 

と、ウィキペディアで調べてみたら、メキシコとエルサルバドルとグァテマラでは

毎年510日が母の日なんだな。

母に教えてあげたかった。

 

うちに帰って仏壇に挨拶したら、夫が買ってきた

白いカーネーションが一輪供えてあった。

とても寂しかったけれど、とてもその場に馴染んでいた。

ああこういうことなのか、だから「白」なんだと合点がいった。

 

「お母さんが亡くなっている人は、白いカーネーション」と、子どもの時に知ったときは

なんだかせつなくてさびしくてたまらなかったのだが

仏壇のカーネーションは凛として清々しく、美しかった。

息子の選んだ花に、母はことのほか喜んでいるようだった。

 

そうそう。510日は、黒猫のタンゴの12回忌でもあるのだ。

はやいなぁ。

 

模様替え

2015年3月17日 (火)

 子どもの頃からお片付けが好きだった。

(だからといって、デスクの上がきれいかというとそうではありません)

そして模様替えがすごく好きで。

親に言っても嫌な顔をされるだけなので、

たいていは自分ひとりでタンスやらベッドやら本棚やら机やらを動かし

悦に入っていた。

大人になってもやっていることはあまり変わらないみたいだ。

 

模様替えが好きな理由は

今より快適な状況を作れるかもしれない、と思うと

いてもたってもいられなくなるのがひとつ。

それから、動かしながらものと心を通わす過程が好きなのがひとつ。

 

「あれ、いいかも!」が思いつくと

心が未来にいってしまい、落ち着かなくなってしまう。

気持ちが先にレイアウト済みの空間に入ってしまって

今ある空間に違和感を覚えてしまう、強烈に。

 

しかし、ぴたっとはまったと自分で納得すると

そこからはほぼ動かさなくなります。

決して動かすことが好きなわけではなく

快適だと感じるものをつくることが好きなのです。そして

ものごとにはベストな配置というのがあるのです。

 

 

事務所の模様替えもほぼ目処がたってきました。

 

ああ楽しい。

177

2015年2月19日 (木)

子どもの頃、親の目を盗んでしばしば177に電話した。

天気予報をとてもおもしろく感じたからだが

母に知れると「電話代が上がる!」と叱られた。

 

中学の理科の授業で天気について学んだときはうれしかった。

自分で作る天気図のなんと楽しいこと!

NHK第2ラジオで夜、全国の天気を読みあげるのを書き取るのも好きだった。

アナウンサーが抑揚のない声で読み上げる各地の天気や気温、風速を

記号でシャカシャカ書きあげていくやつだ。

好きな割にはあまりきれいには仕上げられなかったんだけど、いつも。

 

ひとり暮らしが始まるとしょっちゅう117に電話した。

週間天気予報にもときどきかけるようになった。

もう少し大人になると、仕事で、職場から電話するようになった。

予報の出ていない先の仕事も、なんとなく予測をつけて対策するようになった。

 

最近、とてもうれしいのは、スマホでいつも天気が見られること。

一日に何度見ていることやら。

撮影がらみだと晴れて欲しいけれど

ふだんは晴れるとうれしいとか、雨だと残念とか、そんな話でもない。

訪れる天気、変わりゆく天気が、ただただおもしろい。

変わり続けるので心惹かれるのかもしれない。天気は時の流れにも似ている。

現実的には、気温の予測を頭に入れて、翌日の体感をイメージする。

予報通りなら、予報の精緻に感動するし、はずれると理由を想像したりして。

気象庁だけじゃなく、ウェザーニュースという選択肢もできて、差を眺めるのも楽しい。

 

今の家に引っ越してきてから、氏神さん(高円寺氷川神社)への

月曜日の参拝とおついたち詣りは欠かさないが、

その境内には、「日本で唯一」と書いてある気象神社がある。

お祀りしているのは八意思金神(やごころおもいかねのみこと)。

天の岩戸開きで活躍なさる知恵の神様で、こちらではお天気の神様でもある。

いつもお参りさせていただくことだし

今年はお札をいただいて家の神棚にもお祀りすることにした。

なんといっても、天気予報が大好きですから。



すーっと未来と過去とがつながった気がした。

 

おいしいコーヒー

2015年1月19日 (月)

先週は社長が秩父へ取材だったので

コーヒーが飲めなかった。

弊社は日に一度、社長がコーヒーを淹れる。

社長の淹れるコーヒーはものすごくおいしい。

豆からこだわっているせいもけれど、

挽き方も絶妙だし、たぶんコーヒー豆との間合いが上手なんだろう、

豆の特徴が際立って、やさしく、上品で、おいしく感じられる。

育ちがいい感じなんだけど、マグカップになみなみ……。

スーパーゴージャスコーヒーは

“ちょっとコーヒーがおいしい”くらいの喫茶店なら目じゃないと思う。

 

社長がいないからって、何日もコーヒー飲めないのもちょっとなんだなと思って

内緒で自分で淹れてみることにした。

だって道具も豆もあるんだし。

もちろん私だって基本的な淹れ方は心得ているし

わりと上手にたてられるぞ、と。

 

がんばったんだけど、悲しくなるくらいまずかった。

 

気を取り直して

使ったものや、コーヒーカスなんかを、完全に片付けて

なにもなかったように証拠隠滅した(なにやってんだ)。

おいしいコーヒーは一朝一夕には難しいな。
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今、ここ、内側と外側ふたつの宇宙 

2015年1月18日 (日)

2015年の誕生日で50歳になりますが、これがちょっとくせ者で

2014年の後半から、「次は50歳!」と言ったり、思ったりしているうちに

49歳をながしろにしているのではないかと感じるようになりました。

たしかに「50歳」はキリがよくていいんだけど

私は少し浮ついていたかしら。

あと半年もあるんだから、「49歳」を大事にしないとな、と思う今日この頃です。

 

そこで、弊社で編集のお手伝いをさせていただいた松原照子先生の

『「不思議な世界の方々」から教わった予知能力を高める法』なかにあるひとつを

続けてやるようになりました。

“朝「(氏名)の(年齢)歳○月○日を始めます」と言ってごらん”というものですが

「内山真李の49118日を始めます」と朝、宣言するわけです。

なんとなくグラウンディングができてきた感じ。

浮ついたのが収まって「49歳」が喜んでいるような気がします。

 

精神世界ではよく“今、ここ”という言葉を使います。

“今”という概念はほんとうに不思議。

“今”なんてあるのか? だいたい時の概念ってなんだ?

“今”って、あるようで、ないのですもの。永遠につかめないしっぽのようで。

歩いていると、100メートル先にも今があって、私の中にも今がある。

後ろにも今がある。と思った瞬間に、さっきの今はもうなくて、違う今になっている。いる?

そういう概念でいいのかしら。

やはりよくいわれる「毎瞬毎瞬」という言葉は、言い得ていていいなと思います。

 

さて、時はどう流れているのか?

やっぱり未来から流れてきているのか? やっぱり?

 

私の細胞のひとつひとつに「今」があって、見上げた空に飛んでいる飛行機の中にも「今」があって、

とかなんとか考えているともうだんだんわけがわからなくなってきて

たいてい、生きていることはなんとおもしろいのだろう、というところで終わります。

 

だいたい私の細胞のひとつひとつに「今」はあるのでしょうけど、

同時に細胞には過去の生物の記憶が全部詰まってもいるわけで、なかなか壮大な話です。

マクロ過ぎて壮大。

子どもの頃は、「自分の体の中にも外と同じ宇宙がある」と感じていましたが

この年になってますますその思いは強く明晰になってきました。

わたしという膜を境に、内側と外側の相似が美しく成り立っているようにも思います。

内在宇宙と、外在宇宙。

 

そんななかで

未来も過去も全部、今ここに同時に存在するのではないか、という考え方がいちばん腑に落ちます。

 

いつかこの時間の観念がつまびらかになり、模型なんかで表現することができたら、どんなに楽しいことでしょう。

 

陰陽と神仏と

2015年1月 3日 (土)

「神仏習合の時代の初詣ってどんなだったろうか」

ツイッターのタイムラインに、どなたかのそんなつぶやきが流れていって

いいもんだなぁと、神仏習合時代に思いを馳せた。

 

神様と仏様と。この頃の勝手な解釈をメモしておく。

神は自分の外に広がる宇宙 のようなもの。

対して御仏は自分の内に広がる宇宙のように感じている。

 

しばらく、仏様の前でお経を唱えながら、「はて、いったいどこにいてはんのやろう?」と、

謎に思っていたのが、自分なりに、解釈するようになってから落ち着いた。

ああ、仏様は私の中においでなのだ、きっと。

 

この観点から、私はなんだと考えると「膜」ということになろうか。

遠くはずれてはいないような気がしてきたぞ、と。

 

となると、陰陽に分けるなら、神々が「陽」で御仏は「陰」か?

そのへん、曖昧なのが許されて、勝手な解釈もなんでもござれで寛大で

日本はいいなぁと思います。

『エターナル・サンシャイン』と『ハイ・フィデリティ』

2015年1月 2日 (金)

元旦には大好きな映画を2本観た。極楽。

『エターナル・サンシャイン』と『ハイ・フィデリティ』。


『エターナル・サンシャイン』は5年ぶりくらいで観た。

自分のとらえ方が変わっていて面白かった。

表層的な記憶が消去されたあとでなにが残るのか、潜在意識にはなにがあるのか、

潜在意識は顕在意識にどんなふうに働きかけるのか、

そんな視点で物語を見ていた。

また、たましいの課題について。

スピリチュアルの世界ではよく、人はみな克服すべき課題をもっていると聞く。

克服しない限り、課題は手を変え品を変え、姿を変えて、何度だって立ちはだかる。

課題は、生まれる前にセットして人はこの世に下りてくるというふうに読んだこともある。

だから何度も似たようなことでつまずく(克服しない限り)。

そんなことを思いながら観た。

森田健さんの『ワンネス』のラストシーンを彷彿とさせた(ぜんぜん違うんだけど、潜在意識の働きという点に於いては似たものがある)。


主人公のジュエルと恋人のクレメンタインは、きっと同じところでまたつまずく。

そのまま離れてしまえば、「無間地獄」を繰り返すことになるはずだ。

潜在意識が働くから、そうはならない。そんな壮大なハッピーエンドを味わいながら観た。

 

 

『ハイ・フィデリティ』はグレイトな音キチくん(=ロックバカ)の映画で、他人事とは思えない。

そういう意味で、私の中でのカテゴリーは『アイデン&ティティ』と同じかも。

私でも知ってるロック名曲洪水みたいで、たいへん心地いいです。

女の子にフラれたあとで、主人公のボブがボスの「RIVER」を聴いている回想シーンなんて指さして爆笑しちゃう(個人的に!)。

台詞がいちいち立っていてすごく刺さるのもいい。

「人の評価なんて、善悪とか金があるなし、仕事がどうのこうのじゃなくて、ただその人の趣味がいいかどうかだけだ」みたいな台詞にもなんだかグッときちゃう。

だいたい、我が失恋のベスト5なんて、バッカみたいなんだけど、

そういうことをやっている、世間的には「アホ」と見下されちゃうかもしれない

センチメンタルで音楽の趣味のいい男の子が私は大好きなんだわ、と再確認しちゃう。

フィナーレの「レッツ・ゲット・イン・オン」(ジャック・ブラックのカヴァーで)はキターっ!という感じ(『アメリカン・グラフティ』のエンディングに、ビーチ・ボーイズの「オール・サマー・ロング」イントロがキタときみたいな!)。

 

ローラが動いてはじめて物語が進み始めるところにも注目だ。心したい。

ニック・ホーンビィの原作もすごくいいんだよなぁ。

決めました。今年はニック・ホーンビィ、漁ってみよう!

ごきげんさんで

2015年1月 2日 (金)

あけましておめでとうございます。

クリスマス、年末、元旦と、節目節目によって「気」って変わるものだなぁと、
今年はしみじみと感じることができました。二日になると不思議に、元旦の気は薄らいでいきます(当たり前だけど)

見えるものも見えないものも大切に、
1年を慈しみながら暮らしたいと思います。見えないものにはとくに注意を傾けて過ごしてみます。
どんなに微細なものなのかを、日々のなかで静かに観察していきたいです。

2015
年の目標は、笑顔でいること。
たしか5年くらい前にも同じ目標を掲げて、その年私は、口角を上げるために
割り箸をくわえて仕事していたような気がします。
それとは少し違って、私が笑っていることで、なにが変わっていくのか、変わらないのかに今は興味があります。
私は宇宙になにを出しているのか、できればいいものを出したいけど、いいものとしていちばん先に思い浮かぶのが笑顔です。
だから。

祈りと祈りのはざまにある毎日を
心して歩ませていただこうと思います。

からだと心とたましいに感謝して、きちんと仕事を片付けながら、
一期一会に思いを馳せて、楽しく。

今年もよろしくお願いします。

ダウン症の天才書家 金澤翔子×百段階段 ~共に生きる~ レポート

2014年11月22日 (土)

目黒雅叙園(東京・目黒)の東京都有形文化財・百段階段で 2014年11月21日(金)から
「ダウン症の天才書家 金澤翔子×百段階段 ~共に生きる~」が始まりました。
一般公開に先駆けて、直前にプレス発表会があり、参加したのでレポートします。

【要点】
ダウン症として生を受け、現在は書家として活躍する金澤翔子さん。
展覧会は、翔子さんの書と
彼女の母・泰子さん(翔子さんの書の師でもある書家)の日記から抜粋した文章とが、
文化財百段階段の空間に展示されます。


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【漁樵(ぎょしょう)の間】 記者発表の模様。
右・金澤翔子さん(29歳)と左・母の泰子さん。
翔子さんは目黒生まれ。生まれた土地というご縁で、今回の展覧会の話となったそうです。
仲良し母娘ですが、泰子さんは翔子さんの書の師。
師弟関係では、たいへん厳しそうなことが、展示から窺えました。
翔子さんのお父さんは翔子さんが14歳のときに他界。
生前、 それは楽しそうに書を書く子どもの翔子さんを見て
「二十歳になったら個展を開いてあげたいね」と、泰子さんと話していたそうです。

翔子さんが二十歳になったとき、その言葉は現実となり、
銀座で個展を開きました。
泰子さんは「一回限り」と思っていたそうですが、
その書は人の胸を打ち これがきっかけになり、翔子さんは世に羽ばたくことになりました。
来年の30歳には、初のニューヨーク個展が開かれるそうですよ。


書はもちろんですが、文化財とのコラボレーションも大きなテーマです。
これが素晴らしかったです。今までたくさん拝見してきましたが
今回が、百段階段の美しさがいちばん際立っていたかもしれません。
翔子さんの書はまるで宇宙のようで、周りの装飾と決して争わない。
それでいて素晴らしい世界観をつくってあり、見事でした。

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【草丘(そうきゅう)の間】
左が10歳の頃に書いた(展示文よりそう思われます)般若心経。
ここから奇跡が始まるのかもしれません。 右が二十歳に書いた般若心経。
胸を打たれるような般若心経でした。私も久しぶりに写経しよう……。
草丘が、いつもと少し違って見えたなぁ。



Photo_2 【星光(せいこう)の間】
ちょっとしたところが、とても可愛らしくて、拝見しているとしみじみ幸せになってきます。


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【清方(きよかた)の間】 空間とのバランスが見事です。

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ここに「平清盛」ありました。私、あの大河ドラマが大好きでした。


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【頂上の間】
従来の展覧会といちばん異なるのがここかも。空間の美しさがことのほか際立ちます。


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【エントランスホール】 大迫力。カッコイイです。


12月28日(日)まで。10時~18時(最終入館17時半)
暖房なしだと思いますから、厚着してどうぞ。

https://www.megurogajoen.co.jp/event/kanazawashouko/index.html/

渋谷・松濤「TRUNK」プレスプレビューレポート

2014年11月20日 (木)
ウエディングの素敵な会場コーディネートを手がけるスタイリスト、
長谷川裕子さんに誘っていただいて、
T&Gの新しい会場「TRUNK」(渋谷・松濤)のプレスプレビューにお邪魔してきましたので
レポートします。

ざっくり言うと
◎場所は、渋谷の東急百貨店本店の隣り
◎一軒まるごと貸し切れる(パーティ会場予定は1階で、通りに面していて、お開きが楽しみ)
◎プランナーとは別に「デザイナー」が初回打合せから同席し、要望をヒアリング
 カップルに合わせた空間コーディネートを「プレゼント」してくれる!
◎天井からデコレーションするような、キュートなコーディネートも期待できるらしい
ホテルなら70人700万円くらいになりそうな装飾いっぱいのパーティを
 400万円くらいで提供することになるらしい
◎ウエディングだけではない。ホームパーティで部屋借りもOK
撮影スタジオとしても貸し出し
◎ナチュラルぽい空間。「白亜の一軒家でウエディングをくくるのは古い

いろんな意味で、新しい試みです。
さすがT&Gですね。
内覧会といっても、ウエディングの会場らしくはなく、空間全体の魅力を見せるプレゼンテーションでした。

フロアガイド。3階受付。パーティは1階。
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3階はウエディングでは受付になるらしいです。今日は軽いお食事を
おもてなししていただきました。ディスプレイがかわいい。
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デザイナーがデコレーションをいろいろ「プレゼント」してくれるわけですが
アトリエも公開されていてかわいいです。
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5階は打合せスペースです。あえてバラバラのテーブルだったりして。
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親族控え室に相当するスペースには奥に和室も登場(左)。
ブライズルームは「映画みたいなワンシーンが撮影できるように」ですって(右)
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チャペルでは本日、アーティストの方がディスプレイ中。
チャペルとしてもシンプルで好きだな(ここにチェアが並ぶわけです)。
木の香りが心地よい空間でした。
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ものすごく可愛かったのがこちらのコーディネート。
たとえばお子さんの誕生日パーティなんかにも、借りることができるんだそうです。
マーサスチュワートばりのコーディネートのお誕生日会……。
たしか、中田英寿さんのスタイリストさんがこのコーディネートを提案されたと伺ったので
祐真朋樹さんコーディネートってことですかね?……かわいい!
奥には大きなクマさんがいますよ。
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1階のパーティスペース(……といっても、一軒を自在に使えそうですが)
デコレーション自在なように天井にはさまざまな工夫が。
今日はオーガニックマルシェが催されていました。
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扉がばーんと開いて、渋谷の街中へお開きって、なんだかワクワクします。
演劇みたいで(テラヤマの「田園に死す」を思い出します)。


T&Gさんといえば、ザ・リッツ カールトン東京との
コラボレーションプランが印象的なわけですが
「今のウエディングを、白亜の一軒家、ヨーロピアン、エレガント、大人かわいい……
そうしたキーワードではくくれないんじゃないか」という
ドラスティックな提案が、たいへん興味深かったです。

なかなか刺激的です。
TRUNK
http://www.tgn.co.jp/hall/tokyo/shoto/



お手玉

2014年11月12日 (水)
九州の母から宅配便が届いて、中にお手玉が入っていた。
「とくべつにお気に入りのかわいいのをおくります。
仕事がゆきづまったときにはお手玉でもしないとだめですよ」
みたいな走り書きといっしょに。
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ちょっと使い古しているお手玉(少し穴が開いている)。
触感が、昔のお手玉とは違うな……。中身が大きいみたい。
昔々はお手玉を、野原の草の実で作ったよなぁ。なんだったんだろう……
と、調べたら、数珠玉というそうだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%82%BA%E3%83%80%E3%83%9E
数珠玉がないときは、小豆で作ったけれど、
「贅沢だ」と母が言ってたっけ。
母が作った、サーモンピンクのチェックのお手玉とか、
人形のミカちゃんのドレスと一緒の模様のお手玉とかは私のお気に入りで、
今でも色や触感をよく覚えている。

母に電話してお礼を言うと、「3つくらい軽くできんとつまらんよ」と言われた。


久しぶりにやってみると、母の歌っていた歌が口をついて出る。
「いちれつらんぱん はれつして さっさとにげるはロシアのへい♪」
(そのあとが歌えないんだけど……)
母は、歌いながら、3つも4つもお手玉を高々と上げていたっけな。
お手玉もおはじきもとても上手だった。

今もきっと上手だ。
お年寄りとの集いのときも、幼稚園へ出かけて子どもたちと遊ぶときも
お手玉は大活躍なんだそうだ。


私も原稿が煮詰まったらやってみようかしら。
まずは、片手で2つから、リハビリをはじめてみることにしよう。

蚊取り線香が「未来技術遺産」

2014年7月31日 (木)
蚊取り線香が「未来技術遺産」に登録されているという。2013年のこと。
なんだそれ?
知らなかったので調べてみると
蚊取り線香というよりも「金鳥の蚊取り線香」が該当しているようだ。
産業技術史資料情報センター
http://sts.kahaku.go.jp/material/

調べていて驚いたのは、「金鳥」が社名じゃなかったこと。
「大日本除虫菊株式会社」が正式名称だった。ほぼ半世紀生きてきて、初めて知る事実。
しかも本社が大阪!? 
ぜんぜん知らなくてごめんなさい。だからあのCFなのか! 

ウィキペディアを開けてみた。「大日本除虫菊株式会社」がだーんとある。
インパクトたっぷりなCFは電通関西支社、
蚊取り線香は一線を画して格調高く?で、こちらは博報堂関西支社 なんだそうだ。

「金鳥」とは鶏を指しており(たしかに、あのニワトリマークはお馴染みだ)
「鶏口となるも牛後となるなかれ」に由来する……ふむふむ。

「概要」の最後。
(引用)
企業スローガンは、長年に渡り、「昔も今も、品質一番」だったが、2014年春より、新たに「これでいいのか? KINCHO」に変わっている。(引用終わり)
というところで噴いた。
この名コピーも代理店制作だったりするんですかね。


ちなみに大日本除虫菊株式会社が所属する
日本家庭用殺虫剤工業会で毎年年のはじめに行われている虫慰霊祭……。
http://sacchuzai.jp/topix.html
シュールだけど、たいへん日本ぽい気もする。



ほんとうは、除虫菊を使った本当の蚊取り線香を探しに行ったんだけど
最終的には金鳥の蚊取り線香にさらわれてしまいました。

でも、探していたもの、ナチュラルハウスで見つけましたよ。これこれ。
除虫菊でつくってあるそう。
通販できるんですねぇ。便利な世の中。
「かえる印のナチュラルかとり線香」
http://www.binchoutan.com/kaeru/senko/
ずいぶん体にやさしそうな蚊取り線香……。


除虫菊は雲南で育てているそうです。
雲南省か。ハチミツ取材に行きました。
麗江はもう一度行きたい場所(遠い目)。

とく ほどく なおす

2014年7月31日 (木)
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シャープペンの芯が切れたので替えようとしたら
うまくノッキングできなくなってしまった。
え~、困った、と思って解体したけど、なぜかうまくはまらずに
大変困った。
なぜだろう。中が壊れているわけじゃないのに。

15分くらい、いろいろやって、「???」を重ねていたら
「!」
違うサイズの芯を入れていた。ごめんなさい(←シャープペン)。
0. 5に0.7を入れてたら、そりゃ出ないわな。
入れ直したらちゃんと普通にノッキングできるようになった。ほっ。

手先はまったく器用ではないし
特別根気があるわけでもないけど
壊れたシャープペンはほぼ自分で直す。
小学校に上がる前、はじめて買ってもらった白雪姫のシャープペン(0.9だったな、たしか)を
今でもよく覚えている。大好きだった。
芯が詰まると父にとってもらったが、その頃から。
「シャープペンは悪くないんだ。自分が悪いだけなんだな」と思うようになった。
なので、今もシャープペン直すのはわりと好き。
時間があればずっとやっていたくなるくらい好き。

同じようにもつれたネックレスやら紐やら解くのが好き。
あれも、解というか、あるべき姿が先にあって、そこに向かってただやるべきことを自分でやれば解けるところが好き。

少し違うけど、コピーの紙詰まりも、私は同じ範疇に分類する。
悪いのはこちらで、コピー機は悪くない。
ただ、もつれた紐 ←シャープペン ←コピー機 で難易度は高いか。
こちらが不器用でもなんでも、ただ誠実に進んでいけさえすれば解ける。
絶対的な正解みたいなもの目指してただ進めばいつか赦しがくる。
物との邂逅。


そんなことが凝縮された特別な時間なわけです。

お参りで会ったおじいさん

2014年7月30日 (水)
わけあって月曜日朝のお参りに行けなかったので
今日、火曜日の朝に高円寺の氷川神社に参詣した。
お参りが終わって振り向いたら、
少し離れたところにおじいさんが立っていて
私のお参りが済むのを待っていらっしゃるようだった。

拝殿の前の階段を降り、こちらへやってくるおじいさんに
「お先しました」と挨拶をした。
ら、
「神様、いらっしゃった?」と私に向かっておっしゃる。
急に訊かれて驚いたけど、きっとそういうことがわかる方なんだなと思って
「はい、たぶんおいでになるようでしたけど」と応えたら
「暑すぎて避暑にお越しかと思ったよ」とおじいさんがニコッと笑う。

スサノウさんにお参りのあと、
私は境内にある気象神社(八意思兼神・ヤゴコロオオモイカネノミコト)と
お稲荷さんにご挨拶。
のんびり帰ろうと思っていたら大銀杏でカラスの子どもが啼いているのを
おもしろくて見上げていた。
すると向こうからおじいさんがやってきた。満面の笑み。

すれ違うときに、「あなた、どうして鳥居があるか、わかる?」
と尋ねられた。またいきなりなご質問……。
「はい、ここから先は聖域ということでエネルギー的にお札をたてているというか……結界ですよね(もごもご)」
「そうだけど。そうだけどさ、この神様だよ! こちらの神様!」
「え?(きょろきょろ) あー、そうか、八意思兼神だからですね!
天岩戸開きのときに、しめ縄張るようにご指示された方だから!」
「そう、鳥居はこの神様がつくったものなの。天岩戸開きのときに縄張ったりしたでしょ。
それから長啼き鳥を2羽鳴かせたのね。その長啼き鳥を載せる台をつくったわけ。
それが鳥居」
「へえええええ! なるほど。鳥居はそこからですか。長啼き鳥。へえええ!」

おじいさんがにこにこしていらっしゃるし、
おもしろい話を聞かせていただいたし、なんだか朝からお得な気分。
「今日は暑くありそうですから、お水召し上がってお気を付けて」
なんて話をしながらお別れした。

少し不思議だったのは、そのおじいさんが
詩人としてハタチの私を見つけてくれた、当時の編集者の面影に
とても似ていることだった。だもんでちょっぴり神妙な気持ちになりました。

そういえば、ここで以前にも不思議な人に会ったのを思い出した。
昔、「父だ!」と思った人がいたんだよな(父は20年以上前に亡くなっている)。
それでものすごく幸せな気持ちになったんだ。
やはり同じ、八意思兼神にお参りした帰りのことだった。

Kセンに会える!?

2014年4月29日 (火)

3年前のブログで、「スピリチュアル体験アーカイブ」というのをやったんだけど

 http://zerohachimaru.cocolog-nifty.com/news/2011/07/post-3998.html

ここで書かせていただいたお世話になった担任のKセンのことで、
おふたりからコメントをいただいてびっくりしました。
どちらも私の見ず知らずの方です。
Kセンのキーワードで、反応する方がいらっしゃることに(だって40年前だし)。
Kセン、すごい。

昨日そのうちのおひとりから連絡がきて
この5月にKセンにお会いになるとのこと。
ハガキを出してお手当をお願いしてみたら、
「生徒が困っているならすぐにやる」と速攻でお返事がきたそうで。
お手当が現役でいらっしゃることにも驚きました。
Kセン、80才。
仙台で某お寺さんの総代を務めていらっしゃると風の噂に聞いていましたが
さらにコメントをくださった方から、
「宗教活動のかたわらで今もお手当を実践されている」と教えていただきました。

40年の間使い続けて、どんなエネルギーになっているんでしょう。すごすぎる。
私もぜひお目にかかり、あのエネルギーに触れてみたい……。
私のエネルギー体験の原点(ついでに伝授くださーい!)。

校了したら仙台行きを密かに考え始める今日この頃です。
いや、待て。その前に……飛ばしてみるか。

「つばめ」「花のお国の汽車ぽっぽ」

2014年4月16日 (水)

ツバメの姿を見たとちらほら聞こえてくる。
ツバメといえば思い出すのが、幼稚園で習った5月の歌。
もう40年以上も前のこと。

 ツバメにのって 飛んで飛んであそぼ
 五月の大空を 飛んで飛んであそぼ
 はい スイスイスイ はい スイスイスイ
   ──「つばめ」──


そのひと月前の4月。
初めて幼稚園で習った歌は、アネモネの歌だった。キンダーブックだったのかな。
副読本のはじめの見開きに出ていた。

 アネモネ駅から汽車ぽっぽ
 サクラソウのなか走ってく
 ポポポポポポポポ シュー ポポポー 
 ──「花のお国の汽車ぽっぽ」──


残念だった気持ちが鮮明に蘇る。
幼稚園で初めて……1年保育だったから5才でこの歌を習ってこの歌を習ったときのこと。
音階が中途半端な気がしたのと、歌詞が中途半端なのと、短すぎるのと。
「子どもだからってナメとんなよ!」と、思った。
(その頃、ママさんコーラスについていって、「ドナドナ」を初めて聞いて号泣してたし、「みんなの歌」だって好きだし、幼稚園で習った歌が食い足りなかったんだと思う)


それでも5月の「つばめ」はのびやかな感じが好きだったのだが
6月に至っては……

 ぶーらんこケムシが1・2・3
 藤棚の下で1・2・3
 かーぜに吹かれて1・2・3
 ──「ぶらんこ毛虫」──



_| ̄|○  なんだか切なかったなぁ。
「童謡」にも届かないような、短い短い歌の数々……。完結すればええっちゅうもんやない。

6月で月のお歌の記憶が途絶えるのは、7月からは猛烈なはしかにかかって、
夏休みも始まるしで、3日くらいしか登園できなかったから。
病んでいるとき、枕元の「家庭の医学」を眺めるのが大好きだった。
意味なんてわからなくても、見ているだけで、ワクワク。

鏡の前で乳がんを自己検診する女性とか、
「性」のページの2羽のインコちゃん(イメージカット)とか、
モノクロ写真だったけど、眺めているの、好きだったなぁ。

ツバメにのって、そんな記憶がぶわぶわとあぶり出される季節。

地震予知が常識になる

2014年4月 7日 (月)

まだ電話の時代から天気予報が大好きで
「177」にはたいへんお世話になった。
音声が切り替わる(予報が変わる)時間を見計らって、一日何回か電話していたこともあるし
遠くに仕事に行くときは現地のお天気もよく聞いたものだ。

今も天気予報は大好きだけど、使うツールは
「177」からネットに変わった。。
料金不要でいつでもお天気が見られるなんて、楽しい&便利な限りで
一日5回は眺めている。

同じように、地震情報もよくチェックするようになって3年経つ。
はじめは気象庁のサイトを見ていたけど、最近はもっぱらツイッターで見る。
海外分の動きも読めるから、こちらのほうが私には使いやすい。
地球規模の揺れを見ていると、それに太陽フレアのことも考え合わせると
「宇宙の中で呼吸する地球」みたいなものを想像してせつなくなる。

でも地震情報は、「予報」じゃなくて「結果」だし
天気予報のように未来を予測するのではない。
だから「予測」のための地震予測のメルマガなどをいろいろ読むけど
読み続けていて思うのは
やっぱり地震の予知って相当難しいということ。
「収束」とか言われても、発振のタイミングやエリアはやはりおぼつかない。
いつ、どこで、どのくらいの規模で、という三拍子で地震の予測ができたら
本当にすごいことなんだろう。

しかし思えば、天気予報だって一般化したのは近代のこと。
江戸や平安の人は天気予報なんてご存じないわけで
お天気自体が驚異だったこともたくさんったんじゃないかしら……
と、大河ドラマを見ながら思っていた。

となると、近い将来、今の気象情報並みに、地震が予測できる日も来るのかもしれないな。
地震予報自体が、たいへんポピュラーなものになって
「明日の午後15時から1時間の間で、東京では震度3程度の地震が予測されますのでご注意ください」
なんてことが普通に言えるようになったらすごいな。


できることが当たり前になった世界もきっとあるんだ。
みたいなことを考えるとワクワクしちゃうなぁ。

人生で最高の視力かもしれない、今

2014年3月26日 (水)

たとえどんなに視力がよくても、あるものをすべて見られるわけでは決してなかろうから
ちゃんと見えることに対して執着しない。
クリアでなくても、ただぼんやり眺めているのはキライじゃない。
とくに高円寺に戻ってきて、ベランダから西の空が気持ちよく開けて見えるので
時間がありさえすればぼーっと眺めている。「UFO来ないかなぁ」、なんて。

「お年頃」なので、相応に手元は見づらくなっていると思うけど
訪れ方は緩やかなのがありがたい。
もともと視力はかなり悪い。駅の表示板なんかも、間近に行かないと見えなかった。
コンタクトレンズを入れて両眼で0.7を切るくらい。

もっと矯正視力を出すこともできるはずだけど
「PC画面を見るのにいちばん見やすいところで合わせてください」とお願いして久しい。
「ホントにいいんですね。遠くは見えませんよ?」と言われるけど、構わない。
見えないものはあっさりあきらめる。ある、と、誰かが教えてくれるからいいんだ。
そのかわり、画面を20時間見ていても疲れないのがいい。
校正紙を見るのに、飽きることがあっても、疲れたりはしないのがいい。
そこは譲れないところ。


ぼんやり遠くを眺めることが効を奏したのか、
この間使い捨てコンタクトレンズを買いに行ったときに視力をはかってもらったら
ものすごくよく見えるのにびっくりした。
視力を聞いてみたら、両眼で1.2以上出ていて、さらに驚いた。
「老眼が進むと視力がよくなるとか?」と聞いけど、そんなことはないそうだ。


かくして私は今、人生でいちばん視力がよくなってる、48歳。
子どものときから「遠くを見なさい!」とドヤされてきたけれど
ホントだったのか、あれ!? と、密かに驚いている。

花粉症 クシャミの止め方

2014年3月18日 (火)

打合せのときに鼻水が止まらなくなって
いよいよ今年は花粉症デビューかとあきらめて
「鼻ポン」を買って用意ましたが
ギリギリのところで押しとどまっている模様。

朝起きてベランダに出たときなんかは
つーっと鼻水出ることもありますが
わりとすぐに止まっています。なんでかしら。

滝のように止まらない鼻水を体験しつつ
「なったものはしょうがないからまっ、いいか。
あとは初体験のこれを楽しむ余裕を持とう……」と悠長に構えてみたものの
やれることはやっておこうと思って、
アシドフィルス菌を密林で購入しました。
こちら。アメリカっぽい~。海外直送品でアメリカからヤマト運輸で届きました。
  ↓ ↓ ↓
http://www.amazon.co.jp/NOW%E7%A4%BE-NOW475-%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%89%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%B9%EF%BC%86%E3%83%93%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%BA%E3%82%B9%E8%8F%8C-80%E5%84%84-%EF%BC%91%EF%BC%92%EF%BC%90%E3%82%AB%E3%83%97%E3%82%BB%E3%83%AB-%E6%B5%B7%E5%A4%96%E7%9B%B4%E9%80%81%E5%93%81/dp/B0013OSKN6/ref=sr_1_1?s=hpc&ie=UTF8&qid=1395127990&sr=1-1&keywords=%E3%82%A2%E3%82%B7%E3%83%89%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%82%B9%E8%8F%8C


アシドフィルス菌は乳酸菌の一種です。
もう十年以上前にサプリメント&エイジングの取材をしたときに
「これから“来る!”サプリは?」と質問して、ご専門で研究していらっしゃる先生に教えていただいたものです。

2週間朝晩2錠飲んでいます。
お通じがふつうにつくようになって腸内環境整ったせいなのか、
花粉症も初期だからなのか、とにかく滝のような鼻水は収束。
相性いいみたいなのでしばらく続けてみます。
浮気してごめんよ、L-カゼイシロタ株
(吉祥寺に引っ越してから、ヤクルト姐さんとタイミングが合わなかった)。

もうひとつ、たいへん重要なことに気が付きました。
クシャミが出そうなとき、思いきり鼻から息を吸い込むと……
クシャミが止まります。

私だけかな。

鼻もぞもぞしてたまらないときに、ハッ、ハッときたときに
だまされたと思って試してみてください。

私はくしゃみが止まりますが、それがいいことなのかどうかはわかりませんので
自己責任でお願いします。
くしゃみを征服できる優越感だけは満点です。


……もぞもぞするってことは、花粉なのか?
やはり紙一重なのか?

オシャカ様のセットリスト 1985年12月8日 

2014年3月17日 (月)

週末、意を決して
押し入れのいちばん奥にしまいこんだ「古すぎて捨てられない箱」を開けたら
1985年のオシャカ様のセットリストが出てきました。
   ↓ ↓ ↓
20140315_181652_2



ガムテープでべたべた。
もう一枚くっついているセットリスト。
ん? だれだろう。
  ↓ ↓ ↓
20140315_181704

「サルベージじゃない?」 「そうだ! たしかに!!」
ペラさん、かっこよかったなぁ。
ぼんやり思い出しました、オシャカ様とサルベージ、夢の競演でしたわ。


同じ箱に入っていた日記を確かめたらたしかに「1985年の12月8日」。
この日、「オダブツ」が初めておひろめされた日だったみたいです。
と、日記には書いてありました。
たぶん天王寺のチキン・ポテト……かな?

オシャカ様もオシャカも、大好きだった。……だった?
今、デモテープを聴いても、もっすごいいです。 ←現在形


 
2013年夏の小路寮入寮30年同窓会のオシャカ再結成演奏こちら。
「6月24日の激しい雨」
  ↓ ↓ ↓
http://www.youtube.com/watch?v=p6YvolOvcdQ

またやらないかな。



「古すぎて捨てられない箱」は草稿関係は整理、処分しました。
セットリストと日記はもう一度箱に入れてなおしました。

夢にはふつうに田頭さんが出てきました。
なんかうれしそうでした。

 

地震観測の参考ツイッターなど

2014年3月14日 (金)

瀬戸内にいる人たち、岡山、広島、そして九州の人、
夜更けは大きな揺れ、怖かったでしょうね。

いつものように朝一番でツイッターの地震マップを眺めていてフリーズ。
「【M6.3】KYUSYU,JAPAN 【最大震度5強】」の文字。深夜2時となってます。
慌ててニュースを検索すると、母の暮らす大分も「震度5強」が出ていました。
すぐ電話したものの案の定つながらず、
しつこくかけていたらようやくつながって、胸をなで下ろしました。
「震度5強」はビビるわ。


10日前くらい前のこと。母へ電話で
「関東と同じくらいに、九州は揺れやすくなっているから気をつけて。
どかんと来てもおかしくない。
1週間分の備蓄はしといたほうがいいよ」と話していたところでした。

地震をぴたりと言い当てられる人はいないし
(たぶん。ぼんやり言い当てる人はわりと多いと思う)
研究予測サイトが、揺れるとうれしそうな感じを受け取るのは、少し苦手です。
それでも気になって、いつもチェックしているツイートが以下です。
いつも見ていると、地震そのものが地球規模(宇宙規模?)の運動だということを納得し
無常観を覚えたりします。

・地震マップ……起きたものしか分からないけど、地球規模で見られるので
  活動的な場所が潜在的に認識できるようになります。

・宇宙天気ニュース……フレアの状況がわかります。
  3月13日07:34にXクラス直前のフレア(M9.3)が観測されていました。
  黒点の状況もよく解説してくれます。

・麒麟地震研究所……ただ、観測機1~4(かな?)がどの場所に
  連動しているのかわからないし
  肝心なところは有料サイト誘導なのが難。

それぞれ名前で検索したら、アカウントが出ると思います。
そのほか、体感系のみなさんの予測ツイートも拝読しています。
「行徳データ」とか、「赤いアルプス」とか、しばしば教えていただきます。

ツイッターではありませんが
ほぼ毎日、「生かせいのち地震と防災日報」のメルマガが届きます。
状況を冷静に分析されているところが気に入っています。
このメルマガで、大隅半島あたりはこのところずっとマークされていたと記憶しています。
(今回の伊予灘とは少し離れているけど、延長線ともいえるのでしょう)
ご興味のある方はどうぞ。ときどき長くて読むのがたいへんですが
「百ぺん読めば、意、自ずから通ず」と言うしね。

  ↓ ↓ ↓
http://archive.mag2.com/M0075326/index.html


一年ほど前に高知大学の地震を研究していらっしゃる先生とお話しする機会があって
「千葉沖はどうして今もこんなに毎日揺れているんですか?」と素朴な疑問を伺ってみたら
「“地層がこわれちゃった”くらいに考えるといいと思いますよ」と教えてくださいました。

壊れている!
……揺れている理由が、私にもわかりました。


うちは夫婦とも実家が九州です。どちらの実家も暢気というか、
地理的に離れているせいか
地震にも放射能にも切迫感がありません。TVの情報だけだから仕方ないとは思うけど。
「まだ本震が危ないから備えてね」と電話で話す私に、
お返事はたいへんいいのだけれど、たぶん聞き流してしまう母に、
5年保存水と保存食を密林から発送しました。

かしわめし追憶

2014年3月14日 (金)

吉祥寺アトレの週替わりのおいしいもの市「コトイチ」に
また大分の鶏めしがやってきた。
「とり天 鶏國」http://www.toritenkeikoku.com/

大分でとり天が有名らしいというのを知ったのは
5年前くらいのことだ。それまで認識がなかった。
帰省したときに「とり天って有名なんですか?」とタクシーの運転手さんにきいたら
「そうねー。駅のそばのあの店とかこの店とか、人気みたいねー」
とおっしゃっていた。同様に鶏めしも人気らしい。

もう20年前になるかな、父がまだ存命で北九州の折尾の病院に入院していたとき
大分~折尾を通っていたのだが
母が折尾駅の駅弁「かしわめし」が好きだと言ってよく買っていた。
母が子どもの頃から大好きだったそうだから、
かれこれ75年くらい前にはあったことになる。
……探してみたらあった。
http://tochikuken.co.jp/
これこれ。三色で斜めになってるヤツ。
だもんだから、大分で鶏めしといわれても、はじめピンとこなかったんだよな。


そんなことを、お昼に大分の鶏めし食べながら考えていた。
そういえば、子どものころ、ばら寿司のときにおかずはなかった。
ふつうにそういうものだと思っていた。
ご飯におかずが混ざっているんだから、おかずはいらない、って。
かしわめしだって同じだ。
ところが大きくなって、ふつうはおかずもあるものだと知って愕然とした。
……うちが貧しかっただけなのか? おかーさーん!!

大人になって、人と暮らすようになって
ばら寿司にご飯がいるなら、シチューのときにはお味噌汁もいるんだろうと、
気を利かせたつもりが
「シチューにお味噌汁はいらない。汁物がかぶっている」と指摘されて、びっくりの二乗。

子どもの頃、食卓にシチューが出たことはなかったから
知らなかったんだよねぇ。

思い出してトクしたこと 1

2014年3月13日 (木)

なにか大きなことがあると、前にやってたことをすぐ忘れたりする。
大きなことって……たぶんたいしたことじゃありません。
ふつうに仕事が忙しくなったり、人にわ~~っとお目にかかったり
心にしみる本を読んだり、そんな程度です。
つまり心が動くと前に必死だったこともあっさり忘れるんですね。
そんなに悪いことではないと思っています。必要なことはまた巡ってくるし、きっと。

それにしてもいろんなことを忘れます。
それまで一所懸命に拝読していたブログを読むのを忘れたり、
SNS読みにいくのを忘れたり。
アポイントメントは、入れたらすぐ手帳に書き残すので粗相はありませんが
少し前は積み立てしていたのを忘れていました。

久しぶりに通帳記入しにいって……久しぶりって、年単位です。
定期的に引き落としされている謎の名目があったので
とっさに「これは怪しい、事件か!?」と思いました。
銀行で案内をしていらっしゃる女性に
「つかぬことを伺いますが……、これ、お心当たりありませんか?」と訊いたところ
「お客様、ご記憶がないのですか? たいへん。それ、積み立て預金の名前です。
忘れていらっしゃるくらいなら、結構貯まっていると思いますよ? すぐにご確認を」

お金が減るなあ……と、しょんぼりしていたのだけど、
まさか自分が自動積み立てしていたとは!!
思い起こせばそういえば一度、遠い昔、気持ちをあらためて、「がんばるぞー!」と始めたことがあったっけ。
おっしゃるとおり調べてみると結構貯まっていて、
それを使って引越しすることができたのが1年前のこと。たいへんありがたいことです。

以来気持ちをあらためて、記帳はちゃんとする
クレジットカードの明細もちゃんと目を通す、ことを心がけるようになりました。
それで先月は「なんでマカフィーから引き落としされてるのよ!!」も発見したし
(電話して取り返せました、ほっ。こわいなぁ、もう)
今月はNHKの引き落としが二重でされているのを発見しました。
たいへんトクした気分です。この積み重ねが大事。


こうした心がけを忘れないようにしなきゃね。
何かあるとすぐに忘れちゃうんだから。

富士山

2014年3月11日 (火)

事務所を吉祥寺に引っ越して一番よかったのは
富士山が身近になったことかもしれない。
朝、高円寺から吉祥寺へ向かう中央線の窓から
天気がいいと左前方に富士山が大きく見える。
冬の間はことにきれいだった。

関西にいるときはよくわからなかったけれど
間近に富士山を見ていると、
桜の姫神様、木花咲耶姫命の山であるのがよくわかる。
清々しく凛としたたたずまい。
富士山には「美しい」という形容詞こそふさわしい。

あの山の頂から
「花よ開け!」と姫神様が号令をかけると
どんどん桜が咲き誇り、野山に春を呼び起こす。
人々はそれを合図にタネを蒔き、
またいのちの営みを繰り返す……。

そんなことをうっとり思いながら
中央線の窓から富士山を望み、憧れている。

古すぎて捨てられないもの

2014年3月10日 (月)

転勤族育ちなせいか、元来の引越好きで、
ゆえに荷物は比較的少ない。
『ティファニーで朝食を』のホリーみたいに、トランクひとつの荷物なら素敵だけど
現実にはそうもいかない。
でも、まあ、家具も少ない。
学生時代、うちへ遊びに来た友人に
「部屋の四隅が見えている部屋ってあんまりないと思う」と言われたのが
最大の褒め言葉だと思っている。

それでも時間の経過とともに溜め込むものってある。
「古すぎて捨てられないもの」というダンボールがそれ。
学生時代からの引越のたびに、そう明記したダンボールがひとつあって
中身は幼稚園以来のアルバムとか卒業アルバムとか、思春期に書きつけたものいろいろ。
今も押し入れの片隅でやすらかな寝息を立てている。

この間、ふと押し入れの奥に例のダンボールの寝姿を発見してハッとした。
「もしも私が突然死んだら、残された人は困るよな、アレの処分」と気になりだした。
私しか処分しがたいものじゃないのか? そして処分してもだれも困らないもの。
ただの私のセンチメンタル。ときどきノスタルジー。
そうだ。春までに、それらを整理しよう。

目指せ、ホリー・ゴライトリー。

動く。

2014年2月 9日 (日)

シャーッ、シャーッと外で音が聞こえる。
もしや? と思うとやっぱりそうで
朝8時前、男性が雪かきをしてくれている。
支度を終えて私が出かける頃には、高円寺駅前ロータリーは
駅までの歩道の全ての雪道に、幅1メートルのアスファルトが顔を出していて
安全に人が通れるようになっていた。
高円寺、すごいなー、と思った。

どなただろうか。今日は都内で、役所の方が雪かきしてくださっているのをよく見かけたけど
今朝の男性は私服だったし、そんな感じじゃなかった。
商店街の方だろうか。
そういえば昨日、雪がだんだんひどくなってきたときも
音がして、見ると、ヤッケを着た男性が2,3人で雪かきをしていた。
前日から、事務所は出勤者を出さないようにしておいたので私もうちにいた。
いつから始めたものやら、タイミングを計りかねていたので
今だ!とばかりに出ていって、一緒になって雪かきした。
「南ロータリーのタクシー乗り場を確保」って感じだ。
そのうちにビルから女性が応援に出てきてくれて、
ヒールなのに一緒に手伝ってくれた。気持ちがありがたいよなぁ。
ふぶく雪の中を黙々と5人くらいでかいていたけど、
男性たちはヤッケを着てフードもあって顔は見えなかった。

いろんな人がいろんなところで、持ち場を守ってくれていたのをひしひしと感じた。
街の暮らしは、たくさんの人の努力の上に成り立っているといっても過言ではないと思う。
徐行になりつつもなんとか走らせてくれたJRもすごかった。
街中には台数は減ったけれどタクシーだって走っていた。
スーパーもコンビニも、ドラッグストアまでちゃんと開けていてくれたし、
買いに行くとちゃんと物は売られていたし、
結婚式も行われていたし、
予定していたライブだって行われた。……バンドもハコも客もすごい。
災害級の大雪の中でも、街の機能が損なわれないことに深く感心した。
「それが仕事だから」? 
ただそれだけで保てることではないと思うな。


そういえば、先般の台風直撃の朝も、吉祥寺のアトレが朝から営業しているのに驚いて
(その日は朝からお遣い物を買いたかったので、すごく助かったのだ)
お店の女性に「すごいですね」と言ったら
「いつも通りジャストに開けるために、昨日は店の近くに泊まりました」と笑っていた。
支えてもらっているなと思った。


たとえなにかたいへんなことに見舞われても、怖じ気づかず動き続けること、
ブレることなく自分の持ち場を淡々と守ることって、大事だ。
止まらないかぎり、動くかぎり、営みは続く。
からだと同じだと思った。
動くということは生きるということなんだな。



↓雪のなかで阿波おどりの撮影をしてました。高円寺駅前。これもすごかった!

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検索魔

2014年1月13日 (月)

こんなに便利な世界に生きて、ありがたいことだとよく思います。
とくにインターネット。
私は検索魔です。

子どものころから辞書を引くのが好きでしたが、
今は辞書に代わって、
わからないことはなんでもかんでも、検索してみるのが大好きです。
通勤途中で検索、休憩しながらちょっと検索……。

検索って、こちらのキーワードの入力次第で
自分のほしい情報に近いものを、的確に取り出せるところがとくに好き。
ちょっとしたコツがわかるとさらに使いやすくなります。

わからないこと、体の不調、気がかり、裏とり(?)……とりあえず検索してみると
たいがいは、次の行動の指針がなにか出てきます。

出てこない場合は、こちらの検索の何かが間違っている、と。
いろいろ幅を狭めだながら続けていくと、あるときふっと道が開けます。
……たかが検索だけどね。おもしろいの。


それからインターネットのお買い物も便利です。
とくに買いたい物がそばにないとき、たいへん重宝します。
この1か月で購入したムフフなもの。

○大昔の中学の上履き
……愛用のベンサンがついにつぶれたので、代わりに。
   たしか8才上の兄の中学の上履きはこれだった。元祖ベンサンともいうか。
   ピンクとか紺のアレ。これは製造そのものが少なくて、探すのに苦労しました。
  

○セラミック板入りの餅焼き網
……昔は石綿が入ってた焼き網。餅を焼くのに探しましたが、
   商品が見あたらず困りました。
   何軒もまわったけど、ない。ネットなら一発!

○20㎝の人体模型ミニチュア
……骨格標本が身近にあると、体の調整がラクでいいです。
   事務所には等身大の骨格模型を置いてますが
   デスク上にあって、ふと眺められたらいいな~と思い、
   たぶんこれはあとひとつ購入すると思います。


本の購入も助かります。
アマゾンだと、発注から到着まで24時間かからないものもあり
資料が欲しいときに大助かりします。

個人的に欲しい本を見つけたら、ぽぽいと「欲しい物リスト」に入れておいて
1週間経ってもまだ欲しいときは購入。
(これは小松易さんのメルマガで、衝動買い防止のコツで得た秘訣。
「お買い物カゴ」「欲しい物リスト」の上手な使い方)


ネットも便利だけど、配送・運搬技術発達の恩恵でもありますね。
ありがたいことです。

眠るまでの間に聞こえること・見えるもの

2014年1月13日 (月)

明確に意識したのは十代の終わり。
大阪での学生時代、下宿で眠っていると、寝入りばなに私を呼ぶ声が聞こえます。
「まりちゃーん」
かなり遠くからのこともあれば、耳元で言われることもあります。

声はとても親密で、両親だと感じることも多く(このときは九州でふたりとも健在)
祖母のこともあったし、
とにかくなにか大きなものに守られているような気がして
その声が聞こえると私はすっと眠りに入っていけるので
眠りの国からの「お迎え」だと、勝手に思っていました。
不思議だと思ったことすらありませんでした。

お迎えがくるのはしょっちゅうでしたが、年を重ねるにつれ
聞こえてくることが変わってきました。
・私の名前ではない。
・名前ではなく言葉が聞こえる。
・両親の声でもない。
・もはや親密という感じでもないが、悪意ではない。

眠ろうとしているときにそれは突然聞こえてくるので、
眠りの「お迎え」であることに変わりはありません。
でもたまに「気をつけて」「注意しないとおおごとになる」とか、警告めいたことを言われることも。
めちゃめちゃ気になっていると、数日後、該当案件が起こり、
「あ、このことか、注意していけばいいのね」みたいな展開に……。

声の主は女性のことも男性のこともあるし、同じじゃないし
だれが、どんな意図をもって話すのかは不明。
私にコントロールできることでもありません。
ただ、「今日は聞こえないかなぁ」と思いながら眠ることもしばしば。
聞こえないかな……と思っていたら、すでにもう聞こえ始めていたり、いろいろです。

耳元でいきなり大声を出されることもあり、そんなときは飛び起きます。
「もうやめて! 大きな音は苦手っていっているでしょう!」と声にクレームつけたりして。

ネットで検索すると、同様の方は少なからずいらっしゃるみたいです。
お世話になっている方にふとこのことを話してみたら、
その方も似たようなことがあるそうで
「どこかにチューニングがあって、話し声が聞こえて来るみたいな感じ」と表現していらっしゃいました。
なんだか似ています。


大きな音は苦手と書きましたが、げんなりすることが……。
ごくたまに、大爆発が聞こえて、爆発の閃光すら見えることがあるのです。
突然のことだから単純にびっくりするし、心臓ばくばくになるし、これは困ります。
ネットで検索すると、これは症状としてあるそうです。

頭内爆発音症候群
http://rocketnews24.com/2009/09/27/%E3%81%82%E3%81%AA%E3%81%9F%E3%81%AF%E5%A4%A7%E4%B8%88%E5%A4%AB%EF%BC%9F-%E3%80%8E%E9%A0%AD%E5%86%85%E7%88%86%E7%99%BA%E9%9F%B3%E7%97%87%E5%80%99%E7%BE%A4%E3%80%8F%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%83%BB%E3%83%BB/

いや、ストレスありませんから。毎日充分楽しいし。
なんでもストレス呼ばわりして、イタい人にしないでください。


ここ3年くらいでは人の顔も見えるようになってきました。
顔といっても、コンピューターシステムのCFのCGみたいに
ひとつの顔がどんどんいろんな顔に変化していくようなやつ。
なんだろうなーと思いながら眺めています(もちろん目は閉じている)。


以前は、昔は寝入りばなに、「そっちに行ったらだめ!」というのがありました。
悪夢方面のような気がするというか、サイケデリックすぎて恐怖を覚えるというか。
それで「人の顔系」が始まりそうなときは、目を開けて覚醒するなどしていました。
最近はどうでもよくなってそのままサイケデリックなのを見つめていたら
人の顔がどんどん変わって百面相みたいになっていくのがおもしろい……。
コワイコワイと思って避けていたその先に
こういうおもしろいことがあるんだな、と思う今日この頃。
しばらくは楽しんでみようと思います。


眠りがらみで怖かったことをひとつ。
夢の中のこと。

当時住んでいた家のドアがバンと開いて
ドタドタと魑魅魍魎の百鬼夜行が部屋に入ってきて、
そのままドヤドヤと通り過ぎて行きました。

目が醒めてもあまりに怖かったので、すぐ引っ越したということがあります。

いなくてもいるということ

2014年1月12日 (日)

宵の口、ふらりと入った中野の路地にあるタイ料理店。
店には初老の日本人のご主人がおひとりだけ。
客は私たちのほかにはいませんでした。

「座ってください」と通されたテーブルの横の壁に
タイ人らしき女性の写真がたくさん貼られていました。

いろんな年代のタイの女性たちで、どれもすてきな笑顔で笑っています。
ん、待てよ。
たぶん、どの女性も同じ人です。
いちばん上に「HAPPY」と手書きの文字があるポラロイド写真は
60才くらいに見えました。
どの写真もとてもしあわせそうなんだけど
「HAPPY」と書かれたその写真の笑顔だけは、ちょっと力なく見えました。
たぶん、もうご病気だったんじゃないのかな……。

このタイ人の女性はご主人の奥さんで
きっと亡くなっていらっしゃるんだろうなと思いました。


料理はどれもおいしくて、お行儀がよくて親しみのある味でした。
とくに生春巻き。
卵焼きと海老とイカが巻いてあって、はじめての取り合わせでした。
ゴマだれでいただく家庭的な味わいです。とてもおいしい。
奥さんのとっておきレシピが今もこの店で息づいている感じです。
というか、奥さん、ここにいるよね。

お腹もいっぱい、たいへんしあわせな気分になりました。
「どのお料理もおいしいです!」と伝えたら、「それはよかった」とご主人もうれしそう。
連れが席を立ったとき、ご主人に
「この写真の女性が奥様ですか?」と伺ったら
「そう。5年前に亡くなったの」とおっしゃいました。
「大丈夫、ここにちゃんとおいでですよ」と申し上げたら
「うん、9年一緒に店をやっていたからね」とご主人。少しうれしそうに見えました。

「すごくおいしいおすすめの料理があるんだ。手羽先を甘辛く煮たやつなんだけど」
パッタイいただいたあとでしたが、いただきました。
きっと奥さんご自慢の料理ですもの。

すでにお腹いっぱいでも、ぺろっと平らげてしまうほど
おいしい手羽先でした(「山ちゃん」仕込みで、手羽先食べるのはお手のもの♪)。
いただけてラッキーでした。
次いったら、きっと先に頼もう!


奥さんもそれはうれしそうでした。

Suica ANAカード

2014年1月 5日 (日)

不在通知にようやく連絡をつけて、年始早々書留が届き、
開封すると新しいクレジットカードが入っていた。
SuicaとANAといっしょになったヤツ。
なんだか新年から験がいい。

なにやら説明書がいろいろついている。
見ると「Suicaの残金を確認してから古いカードを処分せよ」と書いてあった。


え? このクレジットカード、Suicaとして機能しているんだっけ? そうなの??


そんな記憶もないんだが
言われたとおり、駅で券売機で確認したら、チャージが980円分も残っていた。
超ラッキー!
ものすごくラッキーなんだが、
私の記憶はどこでどんなふうに抜け落ちていくのかが、ちょっぴり気にならないでもない。
チャージが残っているということは、Suica機能を認識して
自分で入れたわけだよなぁ。しかも「980円」て、使っている感じの金額だし。

……ま、あまり気にしませんけど。

というわけで、手持ちのSuicaが増えて
暮らしがまたひとつ便利になりました♡
今度はSuica機能を忘れないようにしたいと思います。

神々の不思議

2014年1月 4日 (土)

NHKで伊勢と出雲の遷宮の番組を見ていた。
お祀りの様子が映されると胸がたかぶる。
思わずTVの前で正座してしまった。伊勢と出雲のゆかりは深く、謎は多い。

ところで、我が家の神棚は五社造り。
おふだをお祀りするようになって、まだ十年は経たない。
はじめは見よう見まねで、ネットでお祀りの仕方を検索しながらやっていた。

お祀りするお札がいくつもあるときは、重ねてよいと多く書いてあったが
その通りやると、私の場合はどうもよろしくないようだったので、並べてお祀りすることにした。
こういうことは自分の感じる流儀でいいんじゃないかと思って、感じたままでやった。
晴れて神棚を購入し、はじめは教わった通りに扉を閉めていたけれど
これも私の場合はよろしくないようだったので、今、お社の扉はすべて開け放っている。
「よろしくない」というのは、ただそんな気がする、言われているように勝手に感じるだけのこと。
(※感じ方には個人差があります)

新年を迎えるにあたり、お札の多くも新しくお迎えする。
ご縁をいただいてお祀りしているのは、
 天照大神(伊勢神宮)
 高円寺氷川神社大神(氏神様で、素戔嗚尊[すさのおのみこと])
 藤崎八旛大神(産土神様で、応仁天皇[誉田別尊 ほんたわけのみこと]、
           住吉大神、神功皇后[息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと)]
 大国主命(出雲大社)
 箱根大神(瓊瓊杵尊[ににぎのみこと] 木花咲耶姫命[このはなさくやひめのみこと] 
        彦火火出見尊[ひこほほでみのみこと])
 九頭龍大神
 天照大神、月読命、素戔嗚尊(神明宮 八方除でお世話になっている)

※九頭龍大神と神明宮のお札は、ご祈祷も兼ねているのでお社から出してお祀り


はじめ、悩んだ。
天照大神と大国主命は?
天照大神と素戔嗚尊は??
素戔嗚尊と九頭龍大神は???

神々はおおらかだとは聞いている。しかし、話が込み入っているし。うーん。
しかし、異議申し立てはどちら様からもなかったようなので、いっしょにお祀りしている次第。

それにしても、同じ天照大神でも
伊勢神宮と神明宮の大神様は、ずいぶんタッチが違う(※感じ方には個人差があります)。
ちなみに、神明宮は、「天照大神の荒魂である」とわざわざ断ってあるところが、なんかスゴイ。
八幡様でも、武蔵野八幡宮と、鷺宮八幡宮と、宇佐神宮と、鳩森八幡宮でも、かなり違う気がする。
(もっとも祭神が一柱のところも二柱のところも三柱のところもある)

総じて考えたときの私の超仮説は
そもそもの土地のエネルギーみたいなものがあって、今の神様の名前を戴いたのが後なんじゃないかな。
とにもかくにもはじめにパワー(エネルギー)ありきなんじゃないか、というところに落ち着く。
あるいは、日々、そして連綿と、お参りする人々の気によるものも大きいのかもしれないけども。

そして、これらの神々と時空の神(?)とは、位相がまた違うようだしな。
まあ、わからないことだらけ、不思議なことだらけだ。
謎が多いほど、おもしろいことも多くなるわけで。
今年ものんびり追いたいと思います。

2014年元日

2014年1月 1日 (水)

あけましておめでとうございます。

元日と新月が重なる、いつにも増して霊験あらたかに感じる1月1日です。
流れる時間は変わらないのに、古来、人々は暦の始まりを大切にしてきました。
暦が変わって、1月1日になるとそれだけで、なんだか少しあらたまった気がします。
人の心持ちが変わるせいでしょうかね。
昨日までと街の気ががらっと変わったように感じます。おもしろいです。

元日の午後遅くから、氏神さんの高円寺氷川神社にお参りに。
一段と賑わっていて、うれしゅうございました。
そのあとで、八方除の九重参りのご祈祷を、元日からやってくださるというので
阿佐ヶ谷の神明宮へ。着いたときには暗くなりはじめていました。

神明宮では、昇殿参拝のあとで御垣内参拝させていただけるのですが
御垣内にはお社が3社。
天照大神(アマテラスオオミカミ)、月読命(ツクヨミノミコト)、素戔嗚尊(スサノオノミコト)の
三貴子がお祀りされています。
かがり火の焚かれた中でさせていただく御垣内参拝が、非常に厳かで身が引き締まりました。

さて恒例の、今年の目標。
今年は、行動、動くことを意識してみようと思います。
思って感じるだけじゃなくて、その先でとる行動に意識を向けてみよう。
……たとえば、感謝を、あらわすことが上手にできるように。

それで、愉快に、楽しく、花を摘みながら、スキップしていこう、今年も。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

ポール・ロス

2013年12月 8日 (日)

「ポール・ロス」なる言葉があるんだそうだ。
わかるな。

私はヘビーなポールファンではない。
ビートルズで最初にいいなと思うのはジョンだった。
「でも、君の好きな曲は全部ポールだよ」と指摘されて、「え?」と思った。
次に好きになったのはジョージだった。ソロも含めてジョージの曲はいつも好き。
だけど、そんななにもかもを飛び越えて
耳に届くポールの曲はいつでもコンスタントに、ゴキゲンにしてくれる。

先日のポール・マッカートニーのライブは圧倒的だった。
気が付いたら涙があふれていて困った。
映像にもかなりヤラれた。
ビジョンに大写しになるポールは、まるで目の前で私のために歌ってくれているように見えて
たいへん素敵だった。

ポールはいつだって楽しそうだ。
新譜に触れると唖然とする。
彼のしなやかなこと。新しいことにワクワクし続ける子どもみたいな感性と、挑戦の仕方に。
それがいつでも楽しそうでたまらないことに。
ストイックな感じじゃなくて、「え、楽しいですけど、なにか?」という感じで。
それがたまらなく素敵で、あんな大人をお手本にできる我々の年代は、なんて素敵なんだろうと思う。

ポールはいつでも陽気に見える。
ライブでもなにもかもがとても楽しくてたまらない風に見えた。
底抜けに「ごきげんさん、でーす!」という感じ。

ライブのあとで『ザ・ビートルズ・アンソロジー』を見返していたら、
ポールは昔からちっとも変わらなかった(もちろん「Let It Be」あたりのブルーを除いて)。
私が気付いていないだけだった。
余談だけど、アンソロジーの中で、ポールが瞑想の効能について語るくだりがあって興味深かった。
以前見ていたときは、そこはすっ飛ばしていて、初めて触れるようだった。
昔の恋愛を大人になって眺めているような奇妙な気分がした。
ようやく近くまで来ることができたわよ!

何度も言うけど、ポールのライブは圧倒的だった。
71歳で、水を飲まず、2時間45分のステージって、なんなのだろう。
ちっとも苦しそうじゃなくて、終始楽しくてたまらない感じ。
それがこちらにもひしひしと伝わってきて、
それでいて時折、彼が今ひとりなことが、ものすごくせつなくなる。
そして、生きて歌い続ける伝説は、比類なきものになっていく。
たったひとりなのに、ストーンズの5人でやるライブの存在感を、ひょいと超えちゃった感じだった(自分比です。ストーンズ好きの人、すみません)。
東京ドームのライブ、DVDにならないかしら。日本版があればいいのに!
とにかく、わけのわからない、魔法にかかったみたいな、壮大な3時間だった。


そのせいか。
ストーンズが来日するというのに、ふつうな私がいる。
今まで全部行ったのに。初回なんて真冬に2晩並んだのに。
スポ日の記事を読んでいたら、だんだん醒めてきちゃった。
お家芸の派手なステージで、お金もたくさんかかるのはわかる。
だけど、不良のための不良の音楽だったはずなのに
お金持ちが楽しむばかりのエンタテイメントになっちゃうのが、少々不満なのだ。
狭いライブハウスで窒息しそうになりながら見たいわよ。
と、そんなことでは大御所は見られなくなってしまうから、言ってられませんけどね。

ディランは、ライブハウスで格好よろしかった。会場はディランコスプレのオヤジ多数だったけど。
チケットとれなくて、大阪まで0泊3日だったけど(つまりは往復車中泊)、それでも。

12月はエルビス・コステロが待っている。ワクワク……。

……映画が底抜けに素敵だった、ジョージの
『リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド』、やっぱりDVDで買おうかなぁ。

ご無沙汰しておりました

2013年10月 9日 (水)

しばらく書いていない自覚はあったものの、
え、6月以来更新していなかったのか。
申し訳ないな……ブログに。ごめんなさい。空ばっかり見てました。
もう秋ですが、アサガオもハイビスカスも元気です。

5月に自宅を高円寺に戻して、
8月に事務所を吉祥寺に移して、
夏から秋にかけて、お手伝いしていた書籍が三冊発行されております。
役に立つ素晴らしいお話ばかりです。多くの方に四でいただけるとうれしいです。

『「不思議な世界の力」を借りて幸せになる』松原照子さん(東邦出版刊)
http://www.amazon.co.jp/%E3%80%8C%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AA%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%8A%9B%E3%80%8D%E3%82%92%E5%80%9F%E3%82%8A%E3%81%A6%E3%80%81%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B-%E6%9D%BE%E5%8E%9F-%E7%85%A7%E5%AD%90/dp/4809411486/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1381315419&sr=1-1&keywords=%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0%E3%81%AA%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%8A%9B%E3%82%92%E5%80%9F%E3%82%8A%E3%81%A6%E5%B9%B8%E3%81%9B%E3%81%AB%E3%81%AA%E3%82%8B


『世界一シンプルな驚異の実現法「ワン・コマンド」』アサラ・ラブジョイさん(VOICE刊)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%96%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A4%E3%81%AE%E3%80%81%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%97%E3%83%AB%E3%81%AA%E9%A9%9A%E7%95%B0%E3%81%AE%E5%AE%9F%E7%8F%BE%E6%B3%95%E3%80%8C%E3%83%AF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%89%E3%80%8D-%E3%82%A2%E3%82%B5%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%96%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%82%A4/dp/4899763964/ref=cm_cr_pr_product_top


『人生逆転! ココロの切りかえテクニック スーパーマインドセット』若月佑輝郎さん(VOICE刊)
http://www.amazon.co.jp/%E4%BA%BA%E7%94%9F%E9%80%86%E8%BB%A2-%E3%82%B3%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%81%AE%E5%88%87%E3%82%8A%E3%81%8B%E3%81%88%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF-%E3%82%B9%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%BB%E3%83%83%E3%83%88-%E8%8B%A5%E6%9C%88%E4%BD%91%E8%BC%9D%E9%83%8E/dp/4899763891



ぼんやり空を見上げていたら
ブルーフィールド内視現象というのをつくるのが上手になった。
もういつだって、光の粒が見えるぞ!
 ※ウィキペディアより
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89%E5%86%85%E8%A6%96%E7%8F%BE%E8%B1%A1


夜は夜で、光が降り注ぐようなのが視えるけど、あれはなんだろうな。
……夜空の見過ぎですけどね。

高円寺駅

2013年6月21日 (金)

諸般の事情で、2011年の12月に高円寺の街を引っ越しすことになったとき
高円寺駅を歩きながら
「あのさ、私本当に引っ越しちゃうんだけど、いいの?」
と、駅に言ったら、駅は黙っていた。
……そんなもんだよなぁ、まあ。
と思って、火星に引っ越した。

2013年の5月19日に、わが町・高円寺に戻ってきた。
新居は高円寺駅間近で、ホームがよく見える。

「戻ってきたよ。どうもありがとう」と言ったら
駅はちょっと笑ったみたいだった。

火星路線最後の日

2013年5月15日 (水)

十日ほど前のこと。
取材に行く途中で、賃貸の審査に入った不動産会社から連絡が入ってあたふた受け答えし、Suica定期券を電車に忘れてしまいました。

と、気がついたのは、ロング取材が終わってからのこと。
Suica定期券が拾得されたら電話がかかってくるはずとたかをくくり、待っていたけれど、待てど暮らせど電話がないので、こりゃだめだったかと半分諦めモード。
だけど、あのSuica定期券とパスケースとの縁が切れる気はしなくて、しばらくしてからJRに電話をしてみたところ、
ちゃんと足跡を辿ることができました。

新宿駅に届いていたけれど(そんなに近くにいたのか!)、期限が来て東京駅経由、警視庁遺失物センターにいったとのことで、遺失物センターの問合せ先などを教えてくださいました。

たらい回しは、ちょうど月の双子座ボイドのときだったので、想定内です。
たらい回しでもなんでも、あればいいのです。

で、遺失物センターに問合せると、すぐにみつかりましたので、翌日引き取りに行きました。

窓口で番号を伝えると、ものの10分で現れました。
長く使い込んだ定期券のパスケース。収容所暮らしに、少し疲弊したように見えました。


…使われず、ただの「もの」としてあると、だんだんすさんできます、「もの」って。

10日ぶりだかの再会。
こんなに長い間放っておいて、ただただ申し訳ない。どんなに心細かったことだろうと思います(定期が)。

再び手にすることができて、とてもうれしかったです。

改札に入ろうとしたら、自動改札機にはじかれて入れませんでした。
落としたのときのまま、定期券の時は止まっていたのです。
しみじみと感謝して、駅員さんに使えるようにしてもらいました。


そのとき定期券の日付をあらためて見たら「5月17日まで」。


その日は、引越しで、火星路線に最後に乗る日付だったのです。
静かに驚きました。

偶然といえばただの偶然。
私はこういうの、すごくうれしく思います。
はじめからちゃあんとわかっていたんだねえ、決まっていたんだねえ、と、定期券をスリスリしました。


そんなわけで、その週末にえいっ、やっ!とお引っ越し。
5月20日月曜日からは高円寺路線です。


拾って届けてくださった親切などちら様、どうもありがとうございました。

花吹雪

2013年3月29日 (金)

女子三人で某ホテルへプレス発表会に伺いました。
空き時間にチャペルを拝見しに。
ソメイヨシノが見事に咲き誇り、風に花吹雪が舞っていました。
それを見たスタッフYが、おもむろに、風に舞う花びらを
手のひらでキャッチしようとしています。
なんどもなんども。彼女がくるくる舞っているようです。

「地面につく前に花びらをキャッチできたら、しあわせになるんです。
今年はまだキャッチできていないので、今のうちに!」 と、Y。

それ、なにかの言い伝えなの? と聞いたら、
「わたしの」と言いました。

なんだかとても素敵な景色でしたよ。
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品川プリンスホテル・ホワイトチャペル前の桜

その如月の望月のころ

2013年3月26日 (火)

「願わくば 花の下にて 春死なん その如月の 望月のころ」

大好きな句。
旅と桜の歌人・西行法師の、あまりに有名な句です。
西行はこの歌を発表した10年後に、その歌のとおり、
「如月の望月の頃」、大阪の南河内にある弘川寺で亡くなります。73才でした。
桜を愛し、きっと桜にも愛された人でした。

あした、3月27日は、旧暦の「如月の望月」です。
今年はこの時期に、満開の桜を見ることができます。うれしいな。

花を見ながら、どうぞ桜の歌人に思いを馳せてみてください。

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新井薬師の桜です。

サ神と桜

2013年3月24日 (日)

日本の暦が最初につくられたのは、飛鳥時代の604年だそうです。
案外新しいです。
日本で稲作がいつから始まったかというと
いまのところ、朝寝鼻貝塚(岡山県)で見つかった栽培種の稲の細胞化石、というのが古そうです。
約6000年前、縄文時代後期にあたるとのこと。

暦もなしに、稲をつくるのはたいへんです。いつ、モミを蒔くのか……。
そう。そこで活躍していたのが桜だと思われます。
ウィキペディアをのぞくと、「ムカシヤマザクラ」(素敵な名前!)の化石が見つかっており
日本では少なくとも数百年前から桜が自生していたと推察されています。

暦のない太古の人々は、
桜の花が咲くのを合図に、苗代をつくり、モミをまきはじめたと思われます。
農耕民族にとって、春の訪れ、モミの蒔き時を伝える桜が、いかに大切なものだったかは
容易に想像がつきます。
命をつくる稲作を支える木に咲く花。
桜に神が宿ると思うのはとても自然なことでしょう。
その桜に宿る「神様」は、私たちがよく知る、記紀以前の神様です。

その昔、「サ神」さんと呼ばれる山の神様がいらっしゃり、
そのサ神さんが宿るくら(くら=座、神座=かむくら、といいますよね)が
「さくら」である、といわれます。
サ神さんは、稲作と深い関わりがあるようで、
稲作の大切なことばに、「さ」がつく言葉が多く残っています。
皐月(さつき)はサ神さんに田んぼに降りていただく月。
早乙女(さおとめ)が早苗(さなえ)を植え、田植えに励むのです。
サ神さん信仰の片鱗を垣間見るような気がしませんか。


今日の桜は、サ神さんを思いながら眺めました。
太古の人々も私たちと同じように、桜を特別な思いで眺めていたのかもしれませんね。

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サ神様の話は、西岡秀雄著『なぜ、日本人は桜の下で酒を飲みたくなるのか?』 に詳しいです。
木花咲耶姫命(このはなさくやひめ)は、山の神様の大本締め、大山祇神(おおやまづみのかみ)の娘なんですよね。

「さくら」の語源と「櫻」の字源

2013年3月23日 (土)

桜の語源を調べるといくつか出てきます。
ホント、インターネットって便利。大きく分けるとこんな感じかな。

1 木花咲耶姫命(コノハナサクヤヒメ)のサクヤがサクラに転化したもの。ロマンチックです。
2 咲く+ら(「ら」は接尾語) の転化。
3 咲く+うら(麗)の転化説。美しく咲く、という意味。
4 「サ神」ともいわれる田の神様が宿っていることを指したもの(クラは「座」と考えられ、神様の座、依り代 的に考えられるということです)。


個人的には「4」にたいへん肩入れしています(全体で見ればマイノリティみたいだけど)。
サ神さん、萌え~です。
そして、明日あたりは、サの神さまについてちゃんと書いてみよう。

さて、桜は、旧漢字では「櫻」と書きます。
大昔、貝は財産を指したそうですから
 ※中国では、貝殻をお金がわりにしていた時代がありましたから、
  財産をあらわす漢字に「貝」がつくものが多いです。
  ただ日本では「貝をお金がわりに……」という資料はみあたりません。
  古代中国でお金がわりにした宝貝(子安貝)が、日本では装飾品になっていたようです。
その貝がふたつもついて(財産度、高い! つまり稲作と深く関係するのか!?)、
しかも女がついているし、やはり木花咲耶姫命と深く関わるのか……
なんて期待(?)が高まりますが、
「櫻」だって中国生まれの漢字ですからそれはありません。残念。

手元の『漢語林』で「櫻」を調べると、
──音符「嬰」(オウ)は、首飾りをめぐらすの意。首飾りのような実をつける、ゆすらうめの意味を表す──と出てきます。
ちなみに「ゆすらうめ」って、日本に入ってきたのは江戸中期らしいです。


白川静先生ならさらに恐ろしいことをおっしゃるでしょうかね。

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2012年の熊野での桜。

火星の桜

2013年3月21日 (木)

昨日は仕事が一段落したところで、火星の近所を桜さんぽしました。
「きっとあそこ、咲いてるね」というところに行き、そこをスタートに、
きれいきれいと言いながら、桜が見えるほうへ歩いていきます。

いろんなお宅に、公園に、学校に、たくさんの桜があるものです。
みんな桜が大好きなんだなー。
なかでも、中学校のぐるりを囲むソメイヨシノが圧巻で、満喫しながら歩きました。
樹齢50年は軽く越えるような立派な木も、それは元気に花をつけていました。

とはいえ、まだ三分咲きくらいが多くて、きっと週末もきれいなんじゃないかな。
三分も五分も満開も散りはじめに花吹雪…すべてがきれいなのが桜です。

今日は品川のプリンスホテル横のさくら坂の桜がきれいで、
グランドプリンスホテル高輪の日本庭園には
咲き誇るソメイヨシノの前にある「満開です」の看板に愛を感じました。

きれいきれいと言いながら、みなさんが花を見上げ、写真を撮っている姿が大好きです。
みんな、桜が大好きなんだなー。
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「桜の樹の下には」

2013年3月20日 (水)

桜にまつわる作品で、2番目に好きなのは
梶井基次郎の「桜の樹の下には」。
 青空文庫より http://www.aozora.gr.jp/cards/000074/files/427_19793.html
 ※短いから3分で読めます。暗~いし、ちょっとキショいですからね。


十代の終わりから二十代前半、梶井基次郎が大好きで、なかでもこれが一番好き。
短編というより、私には散文詩。高校時分に読んで衝撃でした。美しくて。
この透視性にはとても影響を受けたように思います。


夜、人気のないどこまでも続く桜並木を歩くと、妖艶さにぞっとすることがあります。
見上げるとポップコーンみたいにぽんぽん浮かぶ白い花々。
ひそひそとささやき声が聞こえてくるようです。ときどき、うふふふふ、と笑います。


花々の現実離れした美しさと圧倒的な生命力。
その中で人ひとりの存在のなんと小さなこと。
夜中の桜は、この世のものではないように思える瞬間があるのです。

桜の精の濡れ衣

2013年3月19日 (火)

母は少しカンの強い人で、私が幼いときから
やれ「あのとき火の玉が…」「虫の知らせが…」なんて話を普通にする人だ。

その母が、昨日書いた桜の木の家に住んでいるとき、ずっと具合が悪かった。
三年間で二回手術をした。
もとより更年期だったこともあると思う。
あるときニコニコして手招きするので「なあに?」ときいたら、
「マリは弟か妹、欲しくなあい?」と訊かれた。……おかあさん、残念!

その家に暮らしている間、じつは母の具合がずっと悪かったのだが、
次の家の舞鶴(京都府)に引っ越したらケロッと治った。

「おかあさん、すっかり元気になってよかったね」と言ったら、
「実はね、マリが恐がるから話せなかったことがある」と、母。

「あの家はなんだか少し、変だったよ。
とくにマリの部屋。
お母さんはあそこに昼寝で五分横たわっただけでも、金縛りにあってたの。
百発百中だよ。恐ろしかった」
…どうりであまり来なかったよな。私が部屋を変えたら来たくせに。

少し背筋が寒くなった。
ちなみに、私はそこで毎晩寝ていたにも関わらず、金縛りなんてあったためしがない。
家になにかあるときは、長い時間家にいる主婦に障りがいくというけれど…。
「大きな木が覆い被さっているのは家相もよくないと言うし、木の精が怒ってたのかな」なんてことも言っていた。

もちろん断じてそれはない。濡れ衣もいいところ。
木が家を重いと感じていたなら、もっと木に近い部屋で何かが起ころうもんだし。
桜はいつだって私に親切だったし。
もっと別の理由があったはずだ(練兵場の跡地らしかったし)。
確かに多少陰気な感じのする家ではあった。

まあ、以来おかげさまで母はとても元気で、
八十才にして西に東に「人様のお役に立てるなら」と言いながら駆け回っている。

私はいまだに金縛りにあったためしがない。
おそらく、これからもね。
「もう! びっくりさせないで!!」と、怒鳴ることはある。

桜の精

2013年3月18日 (月)

小学校5年生のときに引っ越していった小倉の家に、
とても大きな桜の木がありました。
思えば私の桜が好きなのは、
あの木への特別な気持ちから始まったのかもしれません。

家に覆い被さるくらい繁っていたソメイヨシノ。
枝からブランコをさげることができたくらいだから、
当時で樹齢40年くらいあったのだと思います。
その木が大好きでした。

おねだりしてブランコをつけてもらったものの、
実際にはほとんど使いませんでした。木が気の毒で。

夏になるとものすごい蝉時雨で
夕方になると地中からようやく抜け出して、幼虫から成虫になるセミがいくつもおりました。

声はすれどもセミを探せない私に、
「ほら」「ほら」「あそこにも」と、父が指差すほうをみると
いとも簡単にセミが見つかるのには、子ども心におどろきでした。

六年生の夏休みが終わる8月31日の晩、
もう二度とこんなにすてきな夏は来ないことが悲しくて
布団のなかでギャン泣き、もとい、さめざめと泣きました。

夏のひとときのキラキラが、それはやさしく美しく、
その輝きから抜け出して他人のように秋を歩きだすのが、たまらなく悲しかった。
そして自分は大きくなっていく。
この夏には二度と会えないことがせつなくてせつなくて。


翌朝、目をはらして始業式に行きました。
学校の友達との楽しい日々に、せつなさはちぎれ飛んでいきました。


そんな女の子を、桜はどんな思いで見守ってくれていたのかしらと思います。

あのとき、木の精がいるのを静かに感じていました。


大きくなって、かつて住んでいたその家を見に行ったら、
伐られてしまって、桜はもうそこにはいませんでした。

でも、きっとずっと覚えてるな。
せつなかったこと。
桜の精と暮らした日々の輝き。

桜のゆめ

2013年3月17日 (日)

今年もまた桜の季節がやってきます。
先週いそいそと、一筆箋を桜バージョンに衣替えしました。

咲いている間、できれば毎日でも花を見たいと思います。
今年はどれくらい見られるかしら。
年に一度、桜の季節がきます。
110才くらいまで生きるとして、さくさく動いて桜を見る機動力が持てるのは
あと50回くらいなんじゃないかしら。
と思うと、今年会える桜のことを、いろいろ考えます。
さまざま出かけるのもいいし、でも身近な桜とたくさん話すのもいいし。

ずっと思い描いている夢があります。
ひとつは、吉野桜を一か月間眺め続けること。できれば「桜花壇」がいいんだけど。
ずっとお山にこもってね。金峯山寺(きんぷせんじ)の蔵王堂に毎日お参りするんです。
金峯山寺は、わたくしのヒーロー、役行者が開いたお寺です。
蔵王権現を感得した役行者が、桜の木に蔵王権現を桜の木に刻んだことから、
桜がご神木とされてます。
 *吉野は奈良県にあります。
   吉野から熊野の山々が、古くからある日本の山岳信仰の聖地のひとつ。
   熊野の那智の瀧を見下ろす青岸渡寺も、役行者開基のお寺。
   役行者は修験道の開祖です。

吉野の桜は、山桜。日本にむかしむかしからある桜です。
花は桜、桜は吉野の山桜。

今、さまざまな場所にたくさんある染井吉野は、
江戸の染井の植木屋さんが、吉野桜をイメージして品種改良してつくったといわれます。
宝くじの売り上げで、いろいろなところに植えられるのが染井吉野です。
染井吉野の寿命は60年ほどといわれますが(これも状況が変わってきている模様。弘前公園の例もあるし)、
山桜は千年生きるものもあります。それでいて、環境の悪化にはとてもデリケートです。
山桜は花といっしょに、赤みをおびた葉も出るところが特徴的です。
独特なやさしいたたずまいをいています。


そうそう、2つめの夢は、桜前線にあわせて、日本中を旅することです。
沖縄の寒緋桜から、弘前公園の染井吉野まで、各地の桜をずっと旅したい。
桜のことだけ感じながら、考えながら、ずーっと。


いつかできるような気がしますよ。
そのために生まれてきたような気もするな。

食の好みと前世と

2013年3月16日 (土)

人の性格は、育ってきた環境によるものが大きいというのが定説ですが
もって生まれたものもあるといいます。
わかるような気がします。
たとえば食べ物の好みにしてもそう。生まれもっての「好き」があります。

私は玉子が大好きですが、海苔とチーズが好きでたまりません。
どうして好きかというと、もちろんおいしいからですが
なぜそれをおいしいと思うのかについては、よくわかりません。
食べてこんなにしあわせな気持ちになる理由がわからないし、飽きないのも不思議です。

育てられた環境というよりむしろ、
はじめに食べたときから、おそらくは先天的にすでに好きなわけです。
大げさにいうと、食べるとからだ全体が喜ぶ感じがすることがあります。
好きの向こうのこの感覚がどこからくるかのか、よくわかりません。

そうだ、海苔食べながら瞑想したら、前世まで遡れるんじゃないか。
なんてったって、海苔はヤマトタケルの時代から
チーズは「蘇」として奈良時代から、あるそうですからね。
そんな記憶と自分の好みがリンクしていると考えると、ちょっとロマンチックです。

玉子への執着

2013年3月15日 (金)

玉子が好き。なぜだろう。
毎日食べても飽きることがない。「キミは完璧だ」と思う。

今まで何万回に近く目玉焼きを食べているだろうに
何度目でも愛おしく思うのはなぜ。どうして慣れないの。
黄味がつぶれてしまうと、ものすごく残念に思うのはなぜ。
何度食卓にのぼってもごちそうに思えるのはなぜ。
きっと五年後だってわたしの愛は変わらない。

毎日のようにきつねうどんに入っている玉子を見て
好きだな、きれいだなと思って、やっぱり今日も最後まで食べずに
フィナーレにちゅるんと飲み込む。
あの、ノドで黄味をつぶす感じがたまらない。
その行為を、今まで何千回やったというのだ。飽きない。

玉子かけご飯は玉子かけご飯で、これまたパーフェクトと
思ってしまうのはなぜなの。
どうして飽きないの。
何度見ても、どうしてゆで卵をかわいいと感じてしまうの。
しかもどうしてあんなにおいしいの。

親子丼より玉丼よっ!


玉子は私を裏切らないなぁ。
執着かしら。玉子に。前世になにがあったのかしら、私たち。
ただの巳年のせいかしら。

春へとすすむ

2013年3月14日 (木)

ついこの間、年越しとお正月でワクワクして、
七草粥だ、鏡開きだと楽しんで、
豆をまいたらチョコレートでひと盛り上がりしてもうひなまつり。
春一番を迎えたら、今度は待ちに待った桜の季節の到来で……。

その間には何度かの新月と満月があって、
日の出の角度が日に日に変わり、昼間が少しずつ長くなっていく。

季節のある国で、豊かな自然と暦とともに暮らすことの豊饒。
手を伸ばさずとも、気が付けばここにある豊かな世界。

めぐる季節の美しさとたのしさをたっぷり受け取り、
味わいながら、
日々の営みを重ねようと思うのです。

笑って歩く

2013年3月11日 (月)

高校2年生のときだったか、
金魚すくいのプラスチックの水槽を眺めていたときのこと。
死んだ金魚が2尾浮いていて
その下を何事もないような様子で、たくさんの金魚が泳いでいました。

少し不思議な光景でした。
私も、私たちも、このようなのかもしれないと思いました。
私たちの生きる下には、とても多くの人々の屍があり
その上を私たちは、何事もないような顔で生きている。

十代の半ばに、それは残酷で、寂しいことでありました。
けれど、今思うことは少し違います。
私たちは、あの命を受け継いで生きる自分を知っている。
遠くから面々と続くいのちに支えられていることを知っています。

それは縦にも横にも、血がつながっている・いないにかかわらず
思いとして、集合的に、つながっているものだと感じます。
そのバトンを受け取った責任と感謝
それを胸に、できればいつも笑って歩きたいと思うのです。

眠る前に聞こえる声

2013年3月10日 (日)

眠るときに、「声」が聞こえる方、いらっしゃいますか?

私が眠る直前に、人の声が聞こえはじめたのは、ひとり暮らしの二十歳の頃か。
遠くで私を呼ぶ声がする。声の主は、故郷で暮らす母であり、父であり(当時は存命)、
「まりー」とか「まりちゃーん」とか、呼ばれるのだ。
とても親密な感じで、その声が聞こえると私は深く眠れるので
自分の中では「(夢への)お迎え」と思っていた。

それがいつの頃からか、知らない人の声になっちゃった。
最近はみずしらずの方ばかり。親密かどうかはよくわからないけど、悪い感じはまったくない。
男性、女性、いろいろだ。
毎晩続くこともあれば、1週間もご無沙汰なこともある。
突然耳元で大きく聞こえて、こちらが驚いて「わっ!」と驚くこともある。

最近は「気をつけて」と言われるのが二度続いた(気をつけていたら助かったことは実際にあった)。
少し前に「気をつけないと事故になる」と聞こえたときには、声も深刻だったので、ずいぶん気をつけた(ので、大事にならなかったと信じてる)。
つい先日は、言葉ではなく、とてもきれいな音だけ聞こえてきた。
「七福神かどなたか、いたはります?」という感じ。
声を探しているうちに、深い眠りにおちていくのは変わらない。
毎晩、今日はくるかなと楽しみにしている。

厳密にいうと、さわさわさわさわと、たくさん聞こえる場所があって
私自身がそれにアクセスできるかどうか(するのかどうか)に近いかもしれない。
実際には、声の場が先にあって、入眠時に私はそこにたどりつくことができる。
そこから自分がなにをすくいとるかどうかという、こちらの問題のような……。
さらに今週気がついたのは、「ああ、耳じゃないんだ」ということだった。
どうやら頭の中にダイレクトに響いてくるらしい。
多かれ少なかれ、聞こえてくるのは、自分に関係のあることなんじゃなかろうか(希望的予測)。


なんだろう、集合無意識とアクセスできているなら、
これほどうれしいことはないんですけど!

視力矯正クロニクル

2013年3月 9日 (土)

お年頃で、近くのものはいろいろと見づらくなっているようです。
しかしありがたいことに、周囲の友人たちと比べても、進みはゆるやかです。
あんなに視力が低かったのにな。
もしかして、いつもゆるめの矯正で、遠くを見ることをあきらめていたのが幸いしたのかもしれません。
過矯正は老眼になりやすいとか、なんとか。
なにが幸いするか、わかりませんね。自分の視力矯正クロニクルをまとめてみました。

視力が低いのは子どもの頃からずっとです。
片目だけでものを見ると、右と左で世界がぜんぜん違うのが面白かった。
小さな子どもですから、みんなそうなんだろうと思って過ごしていました。
小学校に入って初めての視力検査で「右1.5」「左0.1」と言われて驚きました。
「視力」という概念の存在。さらに世界が違って見えるのは自分の視力のせいと知ったときの驚愕。
私は1才になるかならないかで、目におできができて軽い手術をしたそうです。
「あのときの手術のせいだわ」と、母は苦々しげによく言いました。
その理由が本当かどうかはわかりませんが、眼鏡屋さんで矯正していただくときに
「左目はなにか事故ですか?」と訊かれることがあります。

それでもさほど不自由はありません。はじめからいいわけではないから
「もっと」という欲求を強く持ちませんでした。
小学生のときも教室で前のほうの席にさえしていただければ、眼鏡もかけずにすみました。
周りの大人の人は、「眼鏡をかけて矯正しないと、よい方の目が引っ張られて悪くなるよ」と呪文をかけましたが
果たしてそのとおりになっていきました。
いいほうの視力がどんどん悪くなり、もともと低いほうを下回るようになったのです。


眼鏡をかけたのは中学に入ってから。
作るのにとても時間がかかってげんなりしました。今でもあの検査は苦手です。
「これとこれ、どっちが見えますか?」と言われて、どっちも見えないし、大差ないし、どうでもいいということを
なんだか申し訳なくて言えなくて、適当に答えるものだから、どんどん時間がかかります。
つまるところ、もともと低い視力のほうは強度の乱視+近視。しかも矯正視力はあまり出ません。
一部始終を見守っていた母が、終わったあとに言いました。
「見え方がズレてるから、あなたはへんな男の子ばかり好きになるのね」って。
ごっつ失礼です。

大学生になって、初めてコンタクトをつけて(ハードです)、あまりの痛さに驚きましたが
花も盛りの時節がら、購入。
翌朝つけたものの、痛い。涙ポロポロです。
ガマンしましたが、だんだん痛みが激しくなって、目も赤くなって、
せっかくのデートが台無しになりそうなので先に眼科に行ったら
レンズが割れていたことが判明。ぎゃふん。
乾燥甚だしく、しよっちゅう落としてもいたので(ご飯食べていてご飯に落ちたりする)
ハードは早々にあきらめましたが、ソフトレンズも何度か失敗を重ねて、眼鏡に逆戻り。
この頃で、裸眼視力は右0.02以下、左0.03くらいでした。

そんな毎日を変えたのは1日使い捨てコンタクトレンズの登場です。
不器用で面倒くさがりの私に、こんな便利なものはありません。
ただ、乱視矯正を諦めなければ、ワンデイは使えません。
即断で諦めました。
どうせ左目は矯正視力が出ない。そしてわたしは右目でものを見る。
この法則がわかっていたので、途中からレンズの片目入れをやりはじめました。
右目のみ矯正、左は裸眼で普通に生活していました。
そしてときどき眼鏡を使う(両眼矯正)。

見え方に不自由はありませんでしたが、たまに猛烈な頭痛に襲われるようになりました。
もともと頭痛持ちですが、まったく質が違います。
金槌で思いきり殴られたような痛みがくるのです。
歩いていても突然それはやってきて、くると痛みにしゃがみ込み、頭を押さえていました。
動けないし、吐き気がするし、その場で痛み止めを飲むけど効かないし、死ぬの!?と思いながら
頭を抱え込んだまま、遠のくのを待っている……。
そのときに、無意識に眼鏡を外していることに気がつきました。
これ……か?
もしかして、コンタクトレンズを片目づけしたり、眼鏡をかけたり、くるくる変わるのに
私の目とか頭はついていかれへんてことかも???
時をほぼ同じくして、職場の同僚から、
「あんた、左目が動かなくなってるで」と言われ(たぶん右目でしかものを見なくなっていた)
怖くなって片目レンズをやめ、眼鏡に切り替えました。

不思議なことに、それでその金槌頭痛はぴたりとこなくなりました。
左目は動くようになったのかどうかは、私はよくわかりませんが。
思うに、眼鏡をかけたりかけなかったり、レンズを片目だったり両眼だったり、
そのたびに違うバランスで筋肉を動かして調整するのが、目の負担だったんじゃないでしょうか。それが金槌頭痛という暴挙にでた、と。
目からくる頭痛、あなどれません。
年齢を重ねるにつれ、昨日できたことが今日はムリになることもあります。
ようやく二十代の半ばで、目の主張に気がつきました。


もう長い間、私の視力はパソコンの画面を見るのに合わせて矯正しています。
もちろんちゃんと両眼入れて、ワンデイです。
両眼で0.6くらい見えています。
遠く……向こうにある駅の表示などは読めませんが、不自由ではありません。

近年お年頃で、近くのものへのピントが合いずらくなったりしていますが
日々変わるピントを確認しながら、目の都合に合わせて自分の動作を変えるのを、少し面白いと感じています。
文字以外は見えなくても放置することが多いです。
お皿やらご飯やらはとけて見えないことも多いです。あるのはわかるけど。
自分の書く文字はよく見えません。でも、昔から目を閉じて書く練習していたので、平気。
階段降りるのは今に始まったことでなく、ずっと苦手。足下を見たら踏み外すので(乱視特有かな?)
できるだけ見ずに降りるように心がけます。あの感覚は少し不思議です。
階段は感覚で降りています。
段差見ながら降りられる人っているのかしらと思うけど。

それでも、老眼の進みが少々遅いのは、
もしかするといつもゆるい矯正だったせいかもしれません。
ずっと手元に焦点を合わせて、遠くを見ることは放棄してきました。
眼鏡屋さんに、「遠くは見えませんよ? いいですね?」と、いつも念押しされますが、
「構いません」と答えてきました。
仕事がら、原稿や校正紙読むのにラクなのが、なにより大事です。

今、見えるしあわせを噛みしめています。
ずっと視力が低かったし、周囲の大人も呪文をかけるし、「いつか自分はまったく見えなくなる」という恐怖が、幼い頃からぼんやりとあったのです。
なのに今、レンズのお世話になるとこんなに見えていることが、とてもしあわせ。
光の世界があることがとてもうれしいです。
見えないものが増えたとしても、見える世界を大切にしよう。
そして、たとえ私には見えなくても、
そこにある世界をちゃんと感じているようにしたいと思います。

睡眠不足と記憶障害

2013年3月 8日 (金)

若年性アルツハイマーの疑いあり、と言われて、
脳波の精密検査を受けてから、もうかれこれ3年ほど経つかしら。

記憶がどんどん抜けていく。
時間の感覚が、5分の感覚がわからず、不安でたまらない。
電話で話をしている相手がだれだかわからなくなる。
ちょうど沖縄の出張前で、時間の感覚がわからないから飛行機に乗れない
朝起きられなくて怖いと半泣きになっていたら
社長が「それなら朝からタクシーで空港に行け。
たとえ寝坊してもタクシーが起こしてくれる」と言うので(やさしいんだか、鬼なんだか)
お言葉に甘えて自宅から羽田まで早朝タクシーを使った。
新大阪まで往復しておつりがくるくらいのお金がかかった。

飛行機の待ち時間は地獄のようで、わたしはたぶん10秒おきに時計を眺めて
乗り過ごさないかどうかドキドキしていた。
こんなに神経質になっているのに、やっぱり遅れるのだ……。
沖縄のホテルでの取材だったが、先様の話す言葉がうまく理解できないので
とにかくメモをとりまくっていた。かなりへんなメモ。
部屋に戻ってから、メモと資料を見ながらその日のレポートを、A4で3枚くらいはびっちり書いた。
不安だったので書きまくった。
いつもなら頭の中にどんどん貯めるのだけど(20件はいつも貯めていた)、もはやそれができない。
かなりきつい体感だった。私、どうなるんだろう?

東京に戻ってから大学病院の脳神経科(だったっけ?)を受診。
CTを撮影すると、「たしかに脳に萎縮が見られるようだ」。
アルツハイマー用の検査をするも結果はボロボロ。
「これを10秒見てください。はい、中になにが入っていましたか?」
と言われても、そんなのわかるか状態。
数字を覚えろといわれても、まったくわからない。計算は壊滅状態。
唯一、言葉……「ねこ」「さくら」「でんしゃ」は覚えられた。
医師はとても親切で、「脳の権威を紹介しますから、そこで精密検査してください」と紹介所を書いてくれた。

事務所に戻ってから、これはスタッフにもフォローしてもらわないとまずいと思い
みんなに様子を話した。「というわけで、みんな、少しフォローを頼むよ」
すると、Sがひと言、「マリさん、ちゃんと寝てみたらどうですか? マリさん眠らないじゃないですか」
なんだかぴーんときて、「そうだ、眠ってみよう」と素直に思った。
それまでの仕事の仕方で、睡眠3時間スタイルが続いていたし
しかも布団で寝ないし(家に帰ってお膳で仕事をして、そのままずるっとそこで眠って起きて活動していた)、休みもないし、
3時間も眠らないようなこともしょっちゅうやっていた。


あのとき、6時間、いや7時間睡眠を、しかも布団で横になってやってみた。
すると、みるみるうちに記憶が回復して、2,3日ですっかり元通りになってしまったのだ。
これには驚いた。なんだ? ただの睡眠不足だったのか?
眠るだけで記憶できるようになるのか?
それから毎日気をつけるようにした。
極力布団で、ちゃんと眠るように心がけて5年が経つ。
もう記憶障害なんてヤだものね。


ひと月後、脳の権威のもとで精密検査は受けたときは、すっかり元通りに戻っていた。
権威は、「なにも異常ありませんけど?」と、MRIの結果を見て少しフキゲンに言った。
そりゃそうだろう。アルツハイマーテストも、ほぼパーフェクトにできたし(しかも前とツールがいっしょだった)、
傍目に私は健康そうだったと思う。
「あの、睡眠不足で記憶に障害が出ることって、あるんでしょうか?」と訊いてみた。
「当たり前です。人の記憶は、眠って定着するようにできている」と、権威がフキゲンに教えてくれた。


眠らないと記憶は定着しないらしい。
それまで3時間とか1時間半とかでふつうに暮らせていたのに、
突然同じことができなくなる。
つまり、年をとり、肉体が衰えるって、こういうことなんだろうと思った。
自分の「老い」を悟った瞬間だった。心臓が先に止まらなくて幸いなことだったと思う。
それなら私も、肉体にあわせてレベルアップしていかなきゃ。
眠らないともたない、肉体のパフォーマンスと呼吸をあわせるように、
肉体をいたわって、慈しみながら、大事にして暮らさないとな。
以降、できるだけ4時間半は眠るようにするし、眠れるときはちゃんと6時間以上眠るようにしている。
おかげさまで記憶は定着したままで、以降深刻なトラブルはない。


眠るって大事。眠る間にいろいろなものを、からだは静かに修復するんだと思う。
たぶん、眠る時間は深い深いしあわせを紡ぐ時間なんだよなぁ。
本当は成長ホルモン(←この名前よくないよなぁ)の出る、夜10時~深夜2時に
眠れたらと思うけど、それは少々ムリがあるので実現していない。
とにもかくにも、睡眠不足をあなどってはいけません。
「そんなに眠る時間がないわよ、もダメ」(ほんとに死んじゃいます。仲のいい友人に、睡眠不足で、文字通り死にかけたのがふたりいます)。
肉体の声に耳を傾けて、その声を聴く。
うまく気づいてあげることがなによりだいじだと思います。

発想の転換

2013年3月 7日 (木)

子ども時分の思い出話です。

小学6年生の学級会で、どうしたら自習の時間に静かになるかという議題になりました。


月並みな意見が色々出たあとで、
「まあ、やってもあんまり効果ないよね強制力ないし…今までも何度も話したもんね」
となったところで、
誰かが言ったこと。

「ねー、みんなで大騒ぎになっとうときに、一瞬静かになるやん。

わかるやん?

そしたら、ぜったいしゃべらんことにせん?」
目からうろこの意見だったが、ちょっと刺激的でおもしろそう。
「したことないけ、やってみよやー」ということになった。


で、やってみた。

いつもの通り、大騒ぎの自習中に、ふとそのシーンとした時間がやって来て。

…大成功だったんだよな。

「きた!!」 と思った瞬間に、笑い出しそうだったけど、みんなこらえて静かにして、チャイムが鳴るまでやり過ごせました。


ふと思い出した、子どもの頃の発想の転換成功例。

今思い出したってことはよ。
なにかに活用できるんじゃないかしらん?

白ちゃんへの罪悪感

2013年3月 5日 (火)

猫のサカリは、春一番より早い。
1月のまだ寒い頃から互いに呼びあう声が聞こえてくると、そろそろ春だなと思う。

春一番も過ぎて、サカリもいったんは落ち着いたはずなのに 。
最近また白の雄猫・白ちゃんがナーナー鳴きはじめた。
ふたたび雌猫を探している模様。
きみ、1月に首尾よくやったんちゃうんか?
デート現場はみたで。


あんまりナーナーやってるので、つい、出来心で(ま、ときどきやっちゃうんだけど)、猫声で二階から応えてみた。
…私、猫とか、羊とか、少しカラスとか犬とかの鳴き声やるのが得意です。

すると、白ちゃんがにわかに色めきたって鳴き始めた。「にゃおうー(どこ? どこにおんの?)」
「ナーン(ここよーん)」と遊んでいたけれど、
白ちゃんがあまり真剣なのでなんだか申し訳ない気分になり、種明かしした。
二階から顔を出して、にんげんのことばで「ごめんごめん、わたしやねん」といったのだが、
じっとしばらく私を見て、「お前ちゃうねん」と、たしかに言った白ちゃんは、
ふたたび鳴きながら(つまり声の主の別嬪を探しながら)、歩いていってしまった。

やれやれ、と思っていると、しばらくしてうちの庭にやってきて、「にゃおう」と、探してる。
白ちゃん、なんかせつない気持ちになってきて、申し訳ないことしたなと反省することしきり。


じつは昨晩も、姫を探して、鳴く白ちゃん。そして今朝も…。

白ちゃんは声の主に恋をしてしまったのかもしれない…もしかして。
ごめんなさい。

その仕事は、愉快かしんどいか

2012年9月23日 (日)

新宿駅の小田急とJRの連絡改札で少々鈍くさいことをして、自動改札機を通れず
JR南口の有人改札にまわりました。

日曜夜の新宿駅は結構混んでいて、JRの駅員さんは対応に追われていました。
私たちより前に並んでいたのは、外国人女性。
地図を示しながら、「新宿三丁目に電車で行きたい」と、駅員さんに行ってます。
「歩いたほうが早いですよ。目の前の道路を左へ直進、大きい交差点を左へ、まっすぐ……」
言葉がなかなか通じないのがなかなかまどろっこしい感じです。

わたしたちの番かしら、と思いきや、その前に小さなお客さんがいるのが目に留まりました。
カウンターの下から、5才くらいの男の子が、「おもちゃを落とした」と駅員さんに訴えています。
駅員さんが「どこ? どこで落としたの?」と尋ねると。
「わからない。落とした。落とした……」と連呼しています。
おーい、この子の親御さん、や~い!! と、そのまま男の子は誰かに呼ばれて駆けていきました。

かと思うと、三十代男性に向かって
「お客さん、入札記録から2時間経っています。何をしてたんですか?」という駅員さん。
「ええと、忘れ物を取りにいってました(しどろもどろ)」みたいなやりとりをしていたり。

私の番がきて「小田急の連絡改札で、改札機入れたのに通れなくて……(もごもご)」
パパッとSuicaの処理をして、
「はい、ふつうに入っていただけます」と通してくれました。

この間、ものの5分足らずの出来事です。
まるでお祭り騒ぎの有人改札。さまざまな人生のスクランブル交差点となって、ドラマが展開するようでした。

見ているだけで、駅員さんのご苦労がしみじみとわかりました。
もしも自分ならこの仕事をどうとらえるだろうと、ふと思いました。
果てがないほど山積みになった規則性のないSOSから要求される、迅速な処理。
息つく暇もなく訪れる、大なり小なりの厄介な問題。
たまには「態度が悪い」と怒鳴ってくるようなスペシャル厄介なお客さんもいるかもしれません。

そんな時間を、忙しい、厄介、すり減っちゃう、しんどい、辟易すると感じるのか
縁の下で人の人生を支える喜びを見いだせるのか、そして人の性を愛おしいと思うのか、
同じ状況、仕事でも、こちらの感じ方・考え方次第で、いかようにも展開が変わるものだと思いました。
どこにフォーカスするのか、とても大事です。

難儀な仕事でも、おもしろさに上手にフォーカスしながら、愉しんでできればいいなぁ
そんなことを考えた日曜日の夜。
明日は月曜、ウェルカムワーキングウィークです。

怪談

2012年8月18日 (土)

怪談が好きだ。
編集ということを生業にするようになって以来
本でも雑誌でも映画でも音楽でも
製作側のことが頭をかすめるので、100%は楽しめないことが多い。
……150%くらい楽しんじゃったりするから。

というのは置いておいて、怪談・奇談が好きだ。
子ども時分はコワイコワイと逃げまどっていたくせして、大人になって好きになった。
いい年をした大人が、だれかの制作物なのに、そんなことも気にせず、
読後までコワイコワイコワイとこわがっているのがうれしくて。
「うわー、わたし、マジでこわがってるよ!」と自分で思うのが、好き。
想像力増進型なのだ。
今日日そこまで浸れるエンタメがあるだろうか(なんちゃって)。

『新耳袋』とか好きだったなぁ。
よくできてるよ、しびれるー!! でもどっかで聞いた気がするんだが……と思ったら
著者の木原浩勝さん・中山市朗さんはご両名とも大阪芸大(映像)の卒業生だったと知って合点がいった。
芸大のある南河内という場所は、怪談・奇談には事欠かない場所だったし、自分が絡むこともときどきあった。

わたしはチキンで、けっこうな恐がりだ。
見えないものの存在は感じる反面、「私を脅かすな!」と、激しくバリヤを張っている。
物心ついた頃「わたしは、一生、見たくないっ!!」と、強烈に思ったのを覚えている。
脅かされるのはとてもキライなのだ。突如の爆音ときてれつな映像は御免被る。
都会の駅のホームも、かなりハラハラして歩いている。
「私はなにもできませんし、みえません、ごめん!」と念じつつ歩く。そこにチューニングするの、ヤだ。

夜、お経を詠んでいて、すーっとドアが開いたりするのもヤだ。
「もう~、頼みますよぉ」と言いながら、泪目で締めに行く。
「受け取ったぞよ」は、もう少し繊細なやり方で伝えてほしいと思う。万葉の恋文的な。
それが読み取れるくらいは修行しますから、と思ったり。

夏の終わりに、ラフカディオ・ハーンでも読みますかね。


うう、出雲に行きたくなってきた。

見えない聞こえないお年頃に思うこと

2012年8月 8日 (水)

どうか自分の昨日のパフォーマンスと比べたり、人様の何かと比べたりして、
今日の自分のからだを責めないであげてほしいと思います。
からだとちゃんと仲良くできれば、いじめなければ、自分のからだの声をきくことができれば
ほんとうはきっともっとみんな元気になれるんじゃないないかなと思います。
かくいうわたしもずっと、からだの理解者ではありませんでした。
でもね、ここ2年くらいで、人が変わってからだも変わった。すっかり元気になりました。
今の自分のからだを感じ、見てあげられる、
会話ができるようになったからかなと思っています。

自分がだれかに褒められたいのと同じくらいは、からだはわたしに褒められたい。
わたしが、褒めてあげるのがいちばん大事だという気がしています。
…気づくのに45年かかったわ。
もっと早くに気がつけば気がつくほど、いいことがいっぱいあると思います。
今わたしは見えない聞こえないお年頃ですが、
以前にも増して自由になった感覚とからだを感じています。



1歳になったばかりのときの目の手術が原因といわれ、子どものときから視力が悪かった。
子どもには「見づらい」「見えない」という概念がないので、世界はそんなものでみんなそうだと思っていた。
片目を閉じると世界が揺らぐ感じ。
小学校に上がって視力検査をして、右目が1.5で、左目は0.1ないくらいと知る。
ああ、自分の目が悪かったんだと初めて知った。
初めて視力検査をした帰り道、「これが見えない」ということなのか、みんなじゃないんだ……と
片目をとじとじ帰ったことを覚えている。

しかも矯正視力が出なかった。
なにかが決定的にだめみたいで、レンズをつけても視力が出ない。
眼鏡店では長―い時間検眼されて辟易した。話のわかる方は「なにか事故ですか?」とおっしゃった。
本人は慣れているので平気だったが、親がたいそう気にした。
娘がいつか視力を失うことを恐れ、非常に姿勢をとやかく言った。

親の不安が伝染したんだろう
「いつか見えなくなる」というぼんやりとした不安はいつもともにあった。
視力を失ったら指圧師になろうと思っていたので、わたしは今でも少し指圧が上手。
もっとも、コツがどうというより、押してほしいところがなんとなくわかるのと、
指の力が強いので重宝がられるだけだけど。

母は聴覚が弱かったし、見る、聞く、しゃべる機能のなにかを損なう漠然とした恐怖が
成長過程でいつもあった。
人魚姫が好きだったのと喋るのが苦手なせいで、ひとつ失うならば喋るのを失うのがいいです神様、
視力は最後までもっていたいです……と思う子どもだった。



そんなことを今朝思い出したのは、わたしはきっともう失わないだろうと思ったからだ。
ありがたいことだ。
相対的にとらえるとだめなんだろうけど、それなりに見えて聞こえることが、このごろ愛おしくてたまらない。
視力は相変わらず悪いし、コンタクトレンズを入れて両眼で0.7はない。
お年頃のせいで毎日少しずつ着実に昨日よりも今日は見えなくなる。
でもPC打てる、ものが書けるから、充分。
マシンの文字はワンタッチで級数アップできるし、おかげさまで画面を見るのをキツイと思うことはない。
聴覚は少し前に低音性難聴といわれた。疲れると聞こえない。
残念なことにライブ行くと3日くらい聴力が戻らないので、耳栓して聞いてることが多い。
けど気にしない。ライブハウスの空気吸っていられるだけでいいや。

相対的には、日々少しずつ損なわれているかもしれない。
でも日々少しずつ、昨日見えなかったものにふと気がついて、世界が豊かになっていく。
気づいた瞬間に見えるものがあるんだよ。
お年頃で少しずつかすむ世界が、負け惜しみじゃなくてきれいに感じるんだよな。
今しかできない見え方が美しいんだよな。
昨日の見え方を望まないの。わたしは進化しているから、世界はどんどん変わるの。


何度も開腹してつきあってきた腫瘍とか、そんなからだの持病もそんな感じ。
たぶんわたしは、もうからだのどこも責めないなぁ。
「今まで責めていてごめん」と心底思ったから、たぶん婦人科の持病とも邂逅したと思う。
だから治ったと思っている。たぶんもう開腹しない。
孤独だった臓器に、感謝を添えて思う限りやさしくしてあげようと思う。
するとほんとうに人が変わったように体調がよくなって2年経つ。
たぶんわたし、もう大丈夫だもんなぁ。

夢のお迎え

2012年7月29日 (日)

気づいたときに不思議話をまとめておこうかと思う。
思い出したときに、ぽつりぽつり。

子どもの頃からわたしはたいへん寝付きが悪かった。
眠るときに音楽を流そうものなら、聞き込んでしまい、そのままアルバム2枚、3枚……
聞き続けることも少なくなかった。
それが眠れるときの規則性に、十代の終わり頃だかに気がついた。
お迎えが来てくれることに気づいたのだ。

ひとつは、夢のお迎え。昨夜見た見た夢のしっぽがふっと思い浮かぶようになると、もうすぐ。
起きている間はかけらも覚えていないのに、昨夜の夢の顛末がリアルに蘇ってくるのだ。
ちょうど大河ドラマのいちばん頭に、先週のストーリーをおさらいするような感じ。
あるいはわたしが夢のほうに走っていくと、夢のしっぽが見えて、それをつかむことができたみたいな。
するとそのまま夢の世界に旅立つことができる。ここから後戻りをすることはまずない。
たいへんな安堵感に包まれて眠りに落ちる。

夢の始まりは、壊れかけたTVの真逆な感じ。
砂の嵐の中にジジッ、ジジッ、と、徐々に映像が現れてくるようなのに似ている。
普段はそんなふうに、夕べの夢が迎えに来るのだけど
たまに違うもの……いけない夢がくることがあって、さわりだけ(ジジッ、ジジッ)と来たところで
「そっちはだめ!」と、全力で正気に戻るように努める、覚醒する。
その先はたいへんな悪夢なのだ。ジジッジジッと、見るに耐えない魑魅魍魎なんだもの。
チャンネル間違えるとそうなる感じなんだよな。


もうひとつの、大事なお迎えがある。これはひとり暮らしを始めた十代の終わりくらいに気づいたことで
寝入りバナに、耳元で呼ばれるのだ。「マリ!」とか「マリちゃん」とか、「おーい」とか。
あまりに急に大きな声で呼ばれるので、びっくりして目が覚めることもあるくらい
(そんなときは、きょとんとして、ああ、アレだと思うとすぐに眠る)。
親の声が多かった。たとえだれの声とはわからなくても、たいへん親近感があるというか、家族的というか、わたしのことを好きな人の声だというのが直感でわかる。
ただ、この頃は少し様子が変わってきて、知らない人の声が増えている。
まったく知らない声で「ねえ、ちょっと!」みたいなときもある(あるいはわたしの名前をしらないのかもしれない)。
でもその声が聞こえると、ああお迎えだ、夢の国に行くんだ……むにゃむにゃ……ぐぅ、ということになる。



自分を振り返ると、眠れないのは単に、体力がありすぎてのこと。
1日30時間くらいで平気な体力がわたしにはあったのだと思う。
だから眠れない子どもは寝かせなければいい。好きなだけ本を読ませればいい。
もっともこの頃は、「眠れない」とはほど遠い毎日。
「さあ眠ろう」という前に眠り落ちてしまうのが、しあわせな悩みです。

うちの神祀り

2012年7月27日 (金)

核家族なので、伝統的な神祀りを知らない。
ばあちゃんちは、ずいぶん立派な仏壇はあったけれど、たしか神棚はなかったように思う。
仏壇のお道具がかわいらしくて大好きだった。

うちの母は少し変わっていて
神棚をつくらず、お札も置かず、しかし信心していてものすごく好き勝手な神祀りをしている。
……家中あちこち(はオーバーか、2,3か所)、母の好きな場所に、神祀りの場所がある。
そこで母は手は合わせるものの、本格的にお参りするのは、別の広々した場所でのびのびとやっている(夜目撃すると、かなりびっくりするんだが)。
宗派は……ない。完全オリジナル。
一方、私の家には神棚がある。「神棚しつらえたの」と言うと母は「いいねー」と言う。
「お母さんは神棚つくらないの?」と聞いたら
「うん、べつにいらない。なくてもちゃんとお参りできるから」と、要領を得ない応え。まあ、決まりや形にとらわれない人だしね。

この間神祀りについて母娘で話していたときのこと。
わたしがしている月初めの四方拝の話になって
「月はじめは、家の四方にお酒をまいてお参りするんだよね」とわたしが言ったら
   ※みそかの夜に、八方権現(ハッポウゴンゲン)さんと
     大屋毘古(オオヤビコ)の神様にお参りする
「あらいいわね。ま、お母さんは毎日八方拝だけどね」と少し自慢げに言われた。
そのころわたしに八方拝の知識がなかったので「なんで八方なのよ」と聞いたら
「わかんないよ、そんなの。そのほうがいいの!」と母。
母は、自発的に拝み始めた人なので、まあ、いろいろあるんでしょう。
おそらくだれかに教わった拝み方じゃないと思うんだよなぁ。
しかし時を経るにつれ、八方拝なる正統の拝み方がちゃんとあると知り、少し不思議な気分だ。母、何者!?

自分ちの神祀りも、相当勝手なような気がする。
ひとつはお札の数。多いんだよな。たぶん、お札だけでも神棚に十柱いらっしゃるか。
(ご縁のある神々、ご挨拶させていただく神様はたぶんその倍ほどになる)
神社庁のサイトには「複数のお札は重ねる」と書いてあったけれど
それをするとものすごく嫌がられるので、極力重ねない。
いや、入らないから重ねるけれど、神棚で宝塚立ちなさっているような、そんな状態(すみません)。
あと、神棚はお祀りするときトビラ開けたらだめなはずなんだが
扉を閉めるとどうにもごきげんがよろしくないので(神棚しつらえたときにいろいろやってみたのだ)、失礼ながら開けています。ごめんなさい。

うちの祀り方は、ずいぶんフランクなんじゃなないかなと思うけども。
だって神様が「重ねるな、しめるな」おっしゃるのに! とわたしは勝手に思っています。

仏壇も……フランク。なんちゃって仏壇。
お仏壇屋さんで「お仏像は1仏だけ」と言われけど、結局3仏あるな。
十代の終わりごろか、般若心経を詠んでいたら「浮遊霊が頼って寄ってくる」と言われたことがあり、恐くてドン引きしたことがある。
そんな話を母にすると一喝された。
「迷ってるものは気の毒なんだから、あなたが上にあげてあげなさい! そのくらいの力はあるから大丈夫っ! そのくらいできなくてどうするの!」だそうです。
いつも母は強い。スパルタです。別に「上げ方」を教えてくれるわけではないし。
ただ、ああそうですかと思うと、別に恐くもなくなって今に至る。
読経の森に迷い込んだことはあっても、浮遊しているなにかに悪さはされたためしがない。


ちなみに、般若心経をあげていると、霊が喜ぶというのはまんざらウソではないと思うのは
先日夜詠んでいたら、隣にいた夫が
「死んだオヤジが、『こっちで聞くとこれがよかっちゃんね』と言って、お経に合わせて踊ってる……」と言う。


たしかに、そういうものなのかも知れないけど。うむ。
踊っているのか、お父さぁん……。

ゴキが人を助ける!?

2012年7月16日 (月)

犬と育つ乳児は病気に強いというニュースが9日だったか。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2888706/9232654
ものすごくおおざっぱに言うと、「無菌状態でいるよりも、適当に菌と共存すると、人間強くなりますよ」ということになるか。

先日知り合った方のお嬢さんが通っていた幼稚園は「超スパルタ」(母親談)だったそうで
どんなに病気でも欠席してはいけなかったそう。
風邪はもちろん、水疱瘡やらおたふく風邪でも病欠厳禁。
「菌はみんなで共有しましょう」なんだそうだ。
さらには「お弁当を残してはいけない」というお約束もあって
「たとえ落としても食べなくちゃだめ」と、徹底していたそうだ。
砂の上にミートボールを落としても、子どもは食べなくちゃいけない。
だから母は、おかずを作るのにいろいろ考えて難儀していたということだった。
お子さんは今小学生の中学年だが、ものすごく元気でたくましいということだった。

そして今日はゴキの脳の成分が細菌に打ち克つらしいというニュース。
http://www.qlifepro.com/news/20120716/from-the-brain-of-the-cockroach-escherichia-coli-after-exposure-a-promising-antibiotics.html

ゴキ、ね。そんな秘密があるとは知らなかった。
ゴキは好きではないが、ナメほど苦手ではない(ナメはDNA的に苦手。たぶんあのネガティブな感じがだめ)。
かたつむり化粧水がえらい話題になったけど、ゴキが同様の製品になる日が来るのか?
不老長寿の珍味、ゴキの脳丸薬とか。
そういえば韓国の街角で、虫のスナックが屋台で売られてたっけな(少し似てたぞ)。
素朴な疑問で、生きてるゴキはいったいどれほどのバイ菌を運んでいるんだろう。
身のまわりにある(キッチンにある)もので、いちばんバイ菌がついてるのって、いったいどれなんだろう。
で、どのくらいのバイ菌量になったらこちらの症状が出るのか、それとこちらの免疫力の関係は???

と、謎の発生には枚挙にいとまがないので、また今度。チャオ。

「今ここ」とミサイル兄弟

2012年7月15日 (日)

昨晩はミサイル兄弟の15周年記念ライブだった。
15年な長いんだろうか、短いんだろうか。

「お嬢さんと結婚させてください」
「ふん。あんた、なにしている人?」
「はい。ロックンロールバンドやってます」
……というときの親の反応。
それから「へえ、それで食えてるわけ?」と聞かれたときの、少し残念な感じ。
そういうことを考えると、インディーズでロックンロールをやるのはたいへん、と思う。

インディーズは、逆年功序列だから、年々逆風強くなるいっぽうなのもつらい。
だからこそ、30歳くらいで売れていないとき(=10年くらいやって売れないとき)、
みんなこれから未来の人生を想像して、あるいは今までの自分を振り返って、
生き方を修正したりすることが多いように見受けられる。
ほかに適性が見つかったり、やりたいことが見つかった人は、うまく足を洗えるだろうし。
それもいいんだ。
気づいた瞬間に、気づいたようにクリエイトしていけるのが人生のいいところ(*^_^*)

スピリチュアルの世界では「今ここ」を満足に感じることの重要性がいわれるけど
ミサイル兄弟のメンバーを見ていると、全員が「今ここ」しかない。
「今ここ」で「ロックやる、ロールやる」、ただ、それの連続。
そもそも「続けよう」とか、未来に向けた熱い気持ちもビジョンも、だれからも聞かないし、
過去を振り返っで悩んでいるのも知らない。
ただ魂のおもむくとおり、
主義主張は「ロックンロール以外は全部ウソ」で、やりたいことやってますという感じ。
……徹頭徹尾「今ここ」であることは、社会的には無計画に見えるのかもしれない。

メンバーの平均年齢が48歳。
「いい加減、ふつうに仕事しなさいよ」なんて、もはや誰にも言わせない。
わたしは横で見ているだけなので、「今ここ」だけじゃありません。
「次は20周年やりたい♡」とか
「オシャカとミサイル兄弟とスマイル兄弟と、生きてるうちにワンステージでぜんぶ見たい」とか、未来にいろいろな野望もあるわけです。
でも毎回ステージ見て、「最高!」と思えるのはものすごくしあわせ。
人生で3本の指に入るバンドですから(ほかはRCとムーンライダーズね)。

15年が長いか短いかは、やっぱりわからない。

2011年のライブ映像(赤つなぎは15年間同じものを使用)
『銀のヘルメット』『ゼンンブカンチガイ』
http://www.youtube.com/watch?v=v564bQzngJQ

火星銀座

2012年7月10日 (火)

終電に乗り過ごし、深タク帰り。
「都立火星」までと言うと、「お、火星銀座?」とおっしゃる。
火星銀座??? 初めて聞いた。へえ。
「うん、そう言うんだよ」と運転手さん。

「じつは実家が近くでさ。だからあんまり通りたくないのよ。
実家にさ、別れた女房がいるんだよね」

──え? 別れたのに? ずいぶん仲良しですね、もと嫁と親御さん。
「うん、オレなんかよりずっと仲良くてさ。
だからオレ、離婚してもどこにも行くトコなくてさ」

──ははははは。
「ははははは」

なんだかふたりとも笑いが止まらなくなってしまって笑っている間にうちについた。

ぶつける人、切り傷が多い人

2012年7月 1日 (日)

先日、スタッフ庄司が撮影でご一緒したフォトグラファーさんが、
カンが強くていらっしゃるそうで
「内山さんは、手足なんかをいろいろなところへぶつけることが多いと思いますよ」とおっしゃったという。
たしかにその通りだ。わたしは手足をどこかにぶつけることがとても多く、青あざだらけ。
子どものときから、外科関連で病院に行くときも、95%は打撲と突き指だった(突き指もまあ、ぶつけてそうなることに代わりはない)。
今も。青タンだけが人生だ(うそ)。
わりと激しくぶつけてはいるが、ありがたいことに骨を折ったことはない。

そういえば学校に上がる前から、おでこを見せるの厳禁で育った。
「マリは、前髪を上げても分けてもだめ」と母に言われ、たしかに頭をよく打った。
頭が大きくて思いので、たいてい転ぶときは頭からいくし、ほんのちょっとしたところから
バランスを崩してよく落ちて、たんこぶを作った。
たまに陥没するほど打ったけど、切れたことはない。

気になって周りを見てみると、
どちらかというと打ち身が多い人、切ること(流血、火傷を含む)が多い人、折る人、事故の多い人、に分かれるように思う。
外科的アクシデントについてはあまり考察していなかったけど、
それぞれのゾーンが意味することはやっぱりなにかありそうだな。
ほら、病気をよく見つける人はいるでしょ、風邪引きやすいとかも。
打ったり切ったりも同じで、怪我にもそういう分類ゾーンみたいわけで傾向解析できそう。
小学4年生あたりでカウントして統計取ってみて、性格の傾向と合わせたら、なにか出るぞ、きっと。

動きを丁寧にすれば打たずにすむのか……と思うけど
もうアラフィフというのに、手足頭、まだよくぶつける。
早い話が、まだ、わたしは自分の肉体に慣れてない気もする。
運転する車の車幅がわからないに等しいから、端っこをよくぶつける。
自分では不可抗力と思っている。

言ってるそばからさっきも、敷居に左足の薬指を思いきりぶつけて、気絶するかと思うほど痛かった……。

南河内万歳一座「夕陽ヶ丘まぼろし営業所」

2012年6月28日 (木)

*この文章にはお芝居の結末も含まれるので、観る予定のある方は、観てから読んでください。

2013年は劇団結成満30年周年記念だそうです。
南河内万歳一座は1980年に大阪芸大の在学中に旗揚げ公演。
1年の休団を経て、新作「夕陽ヶ丘まぼろし営業所」をひっさげて、復活しました。

「夕陽ヶ丘まぼろし営業所」は、まだ観ていない人にはぜひおすすめしたい作品です。
万歳史上、世紀に残る名作で、観るべしの作品。「唇に聴いてみる」を超えた!と思いました。
「唇に聴いてみる」のアンサーソングならぬアンサー芝居じゃないでしょうか。

夕陽のシーン、群衆劇、アングラ演劇を彷彿とする台詞まわし、肉体派、シンプルで最強の舞台装置、泣ける音楽……どこを斬っても金太郎飴さながらの、「ザ・万歳」のお芝居です。
各アイテムが複雑に絡み合いながら展開します。
そこに内藤さんの描く物語が合体して織り成す模様が素晴らしく、その完成ぶりに、
「唇を超えた!」と思ったのです。観ながら泣けてくるところも、“唇超え”でした。

「唇」にわたしがこだわるのは、自分の構成成分の五分の一が
「唇に聴いてみる」なんじゃないかと思うほど好きな作品だからです。とてもせつない作品でした(86年の改訂版をオレンジルームで、89年「唇に聴いてみるの作り方」をOMSで観ました。で、86年から万歳に傾倒したというわけです)。
胸の中でちろちろと燃え続けているなにかが、そのまま呼応してくるようなそんな感じ。
「唇」を観た後にせつなくてたまらなくて泣いたのなら(実際立ち上がれないほど号泣した、当時)
今度の「夕陽ヶ丘」は、うれしくてたまらず泣くのです。

あの日の少年は、せつなさを抱えたまま大人になりました。
ときにせつなさにうちひしがれることもありましたが、しかしなにひとつ捨てることなく、あきらめることもなく、とにかく歩き続けたのです。
あれから何年過ぎたでしょう。見た目は年をとりましたが、心は少年のまま。
そのみずみずしさをなにひとつそこなうことなく、静かに強くなっていました。
今少年は、すべての歩みをふりかえって、まあこんなもんだし、悪くないと笑うことができます。
いったん笑った後で、…おやまあ、彼はまた歩きはじめましたよ。そんな印象です。

年を重ねること、生きること、かならずしも思った通りの年齢の重ね方でなかったにしろ
そもそも思った通りってなんだよ、思ったイメージ、そんなもんホントにあったっけ?
……それを、夏を待つイメージと重ねながら、物語は進んでいきます。
ふと気がつくと思いもかけないところを歩いていて、そのときようやく初めて「ここどこ?」に気づく。
「ここ」に違和感を持つものの、そもそも行きたい夏はなんだったのか、ほんとうはイメージすらできていなかった事実をつきつけながらも、
歩くしかないじゃない、今ありき! では、まいりましょう!!  みたいにたたみかけてきます。


たとえ見た目の醜さをはらんだとしても、年齢を重ねる事象に対して、全肯定。
「生きる以上は諦めるな、今からでも、描く夢があるならば、一歩一歩つみかさねるのだ」
と、スネに傷持つ、「カラスの姐さん」を通して描き出します。
カラスの姐さんの終盤「だけど……手伝いたかったね!」の台詞まわし、笑いにかえてあったけども
あれは「唇」の運動会の玉入れで玉を数えたあとの「勝ちたかったね!」のパロディでしょう。


一方で、飛行機の機内の模様を格差社会にたとえたり、目に見えないものを怖がる集団を描き出したり、
センチメンタルが横糸なら、縦糸はシュールな社会批判(分析?)、これも、内藤さんのお芝居の真髄ともいえる見事な構成でした。
劇場の外界に広がる「今、ここにある問題」について的確に描かれていたように思います。
縦糸と横糸のバランスがよくて、それがとても心地よくて。ぴたっとキマった感じがしました。


南河内万歳一座、そして内藤裕敬さんの「第二章、はじまり、はじまり~」と、のろしがあがったようでした。
内藤さんの強さとやさしさに、勇気づけられます。確かな今があるから、余計に。
こんなに素敵な先達がいるなら、わたしも元気に歩いていけます! そんな感じでうれしかった。

ところでうちに帰ってから、ヒロイン不在に気がつきました。
いつの間に、せつなさの質が変わっているのかもしれませんね。そんなお年頃なのかも。

南河内万歳一座 http://www.banzai1za.jp/


*余談*
同じ芸大出身者として、自分もそうだし、周りをみていても思うこと。
自分から発露するものを作る、作り続けていくのは、ときにものすごくキツイこともあります。
社会的な風当たりもあれば、その作業自体がキツイことでもあるし、
でも、それをしなければ、私たちは生きられない。
それはただの思いこみかもしれなくても、
「これがないと生きられない」と思いこめちゃう自分たちのことはキライではありません。
これ幸いと足を洗った人もいれば、違う道を歩んでしあわせを手にした人もいる。
続けたくても続けられなかった人もいるし、運良く続けられた人もいる。
甲乙つけられるものではない。ただ、「今、ここ」があるだけ。
それにしても30年も続けていられるのは、とてもしあわせなことです、ありがとう
と思うのでした。
万歳にも自分にも、続けている周りの人たちみんなにいえることじゃないのかな。

大成功と大失敗のはざまで

2012年6月12日 (火)

気分転換にドトールで原稿を書いていた。
隣に居合わせたのは初老の男性で、携帯電話で、「たった今ホテルを買った」と少し興奮気味に話をしていた。
従業員ごと、箱も運営権も買ったそうで、「今日のうちに金庫を押さえるべし!」みたいなことを電話で指示していた。
不動産売買をやっていらっしゃる方のようだった(ホテルは、リーズナブルのビジネスホテルみたいでしたよ、念のため)。
非常にうれしそうでいらっしゃったし、羽振りのいい話なので、よろしいなぁと思ってみていた。


ホテル購入男性の次に座った男性は、年の頃はわたしより下か。
求職中だった。マスコミ狙い。
履歴書やら求人情報を入れたクリアファイルが、5センチ厚さになっていた。
やおら携帯で電話をかけはじめ、「人事担当お願いします」と言ったかと思うと、
「なぜ自分はだめだったのか」を延々と尋ね始めた。
しばらく10分は席で電話していたけれど、立ち上がって店内をうろうろして
充分いっちゃってるヒトになって、なぜ自分は不合格だったのかを問い詰めていた。
電話は20分ほど続いて終わった。落ち着いたかなと思うと今度は
「合否結果は20日でも、もうそろそろわかっているでしょ。わたしは合格か、不合格か」という恐ろしい電話をかけ始めた。
もちろん、その電話をかけた時点で、どんなに成績優秀でも不合格になるだろう。
少なくとも、「ウィズ・ザ・ビートルズ」のジャケットみたいな、
ハーフ・シャドウの証明写真を貼った履歴書では無理なんだぞ。絶対に。
採用側がいちばん避けたい人になってるぞ、あなた。
そのやり方と考え方を捨てない以上、前に進めないぞ!
でも、こわかったので、それはお伝えしなかった。わたしチキンですから。


外応だと思って店を出た。
ちょうどそんな原稿を書いていたから。
負のスパイラルに絡め取られた人と、成功をとんとん続けている人と。
たいした差はない(現実、3分差で同じ場所に座っているのだ)。
しかし日本海溝より深い差がある。そういうことなんだ。

わたしだけじゃない、これを読んでくださっているあなたも、人である以上
自分の意図だけで、どちらにも進むことができる。
日々の選択が、未来を作っていく。
呼んだ未来(エネルギー的に呼応した未来)だけがやってくる。

見える人にはクリアに見える「当たり前」なことが
見えない人にはまったく見えない。


この混沌とした世界が、わたしのいる愛おしい世界だ。
お前はそれでなにをするの? それを突きつけられているらしい。

天井裏にあるもの

2012年1月 9日 (月)

1か月前に引き続き、パソコンの配線をふたたびお願いしたので、
今朝も工事の方が我が家の天井裏に入ってくださった。
二度も大がかりの工事をするのは申し訳ないのだけど、
事情がかわったからしようがない。同じ工事の担当者だった。

見えないから、天井裏なんて普段意識したこともなかったのだけど
工事中、横からこわごわのぞくと、あまりにちゃんと広いのに驚く。
うちのすみずみまで天井裏からいけるのだもの(←工事の人談)、驚く。
意識したこともないのに、これだけ立派に状況があることに、びっくり。
人が生きることに、なんだか似ている。

問題は、自分はどこを見るかと決めることではないのかしら。
そして同時に、自分の目に映る(知っている)以外の世界があるということを、
認識しておくことなんじゃないかしら。
意識せずに、人は選んでいる。信じている(=決めつけている)。
なんてことを天井裏を通じて思っていた。象徴的な気がして。

天井裏になにかが棲んでいて、いつもわたしの暮らしをのぞいている……
という妄想はやんわりある。家鳴りだって多いしな。
思わず工事の人におずおずと、「天井裏、変わりありませんでした?」と訊いてみる。
「大丈夫、なにもいません。1か月前と変わりません」とお兄さんが笑って応えてくれた。

大晦日によせて

2011年12月31日 (土)

「新年も大晦日も、いつもと同じ時間が流れているだけなのに
それが特別なものみたいにしているのなんてばっかみたい」

16才の大晦日の夜。帰省した四国の実家でそんなふうに思った。
「なんで、大晦日だお正月だと騒ぐのかな。いつもと同じ時間に変わりないのに」

その大晦日の深夜ラジオでは、新曲ほやほやの「赤いスイトピー」が流れていたっけな。
反抗したい盛りで、早々にお茶の間を切り上げ、部屋でラジオを聞いていた。

聞きながらハッとした。親だってわかってる。いや、わたしよりずっとよく知ってる。
いつもと変わらない時の流れを、大晦日だ、新年だとやるのはきっと生きる智慧なのだ。

ばかばかしいなんて素振りも見せず、ちゃんと年越しそば食べて年越しして、正月の挨拶をするのは、
長い時間を超えるということの難しさと智慧を、身をもって子どもに教えているのか。

思い至ってようやく、正月を正月たらしめん親に感謝。自分も積極的に乗ることにした。
なにせ反抗期だったので、自分で納得しないと落ち着かなかった。


思えばそこにありありと現れるのは、サンタクロースの夢も、新年のありがたさも、
神仏の不思議も、同じに違いない。ないと思えば永遠にない。

大晦日は更けてゆく。だれの屋根にもひとしく時が降り積もる。
どうぞみなさま、よいお年をお迎えください。

さよなら、ムーンライダース

2011年12月17日 (土)

今日は自分の行く最後のライダースのライブになるので(たぶん)、チケットを買って以来なんだか緊張している。
いつもの12月のライブとは違うんだな。
ほんとに最後なのかな。マジで?
大人だから、言ってみただけで、ほとぼりさめたら「なーんちゃって!」なんて戻らないかな。
ぜんぜん構わないのにな。

「物は壊れ人は死ぬ、そういうわけさハニー」とか、「Who's Gonna Die First」?とか、さんざ言われてたから、いちばんお別れが近いバンドのような気もしていた。
でももう、好きになって26年になる。メンバーも変わらなかった。
わたしの部屋の上に住んでいた仲良しの女の子が、彼氏に触発されて聴いていたのを耳にして、大好きになった。二十歳だった(その彼氏のバンドが「ソフト]といって、ライダースの前座をやったと思う)。
最初は、当時の新譜の「DON'T TRUST OVER THIRTY 」だったな。
ムーンライダースが解散する。ほんとに? まだ信じられない。言うてるだけちゃうのん?

わたしのからだの五分の一くらいは、ムーンライダースの音楽でできている。
いちばん泣いた音楽はなんだろうと振り返ると、圧倒的にムーンライダースだ。
スタイリッシュだし、都会的だと思うけれど、
それ以上にわたしにとっては心の芯に触れてくる曲だった。
なんど号泣したか。そしてそのまま何度眠られなくなったか。朝、目を腫らせて困ったことか。
そしてひとりで部屋の中、いちばん踊ったのもムーンライダース。

たくさん教えてくれた。人を好きになることのどうしようもなさや、せつなさ、
時の流れの非情といとおしさ、
うつろいゆくものの美しさ、大人になる子ども、年を取るということ、
思いと食い違う外側だとか、死にゆくものの思い、喪失感、消えてしまいたい気持ち、覚悟、覚醒、トリップ、そんなの、みんなみんな、
青い悩みや悲しみは、すっぽりムーンライダースの音楽に入ってしまう。
ムーンライダースの曲越しに、父を思いやることができた。
そして、こんなにヒリヒリの人たちがわたしより年を重ねているのだから、
わたしだってきっと生きていけるに違いない。この人たちが生きているなら、絶対!
そんなふうにも思っていた。
わたしの、前に進む力だったな。そしてすっぽり包み込んでくれる包容力とやさしさ。
最終的には全肯定なところも大好きだった。大げさでなく、生きる力だった一時期もある。

新譜はきちんと対峙しないと聴けないからと
2枚、封を切っていない新譜が飾ったままだ(おいおい)。
できれば死ぬまでこのまま飾っておきたい気分だよ。

永遠に最高にクールなバンド。わたしのなりたい大人たち。
ありがと、ムーンライダース。またね。

映画「奇跡」鑑賞メモ

2011年6月12日 (日)

九州新幹線を題材にした映画だと聞いていたので、それだけで充分興味があった。
九州新幹線は2011年3月12日に、博多~鹿児島中央間が全線開通。本州への乗り入れも始まった。
しかしその晴れやかな日は、あの東日本大震災の翌日だったのだ。
震災を考慮し記念式典はすべて中止。CFはお蔵入りとなってしまった。
しかし、震災の騒動のなか、SNSでまわってきたCFが感動的で、号泣しちゃったっけ。

映画「奇跡」は、なにもかもよかった。
平凡な日々、普通な人々への、素敵な応援歌だと思った。
日々の暮らし、へなちょこなあれこれだって、全肯定してくれるような優しさ。
過ごした時間はすべて人の糧になっていくのだという感じ。それがたまらなく優しいのだ。
子どもたちは成長していく。
憧れた昨日は戻らないけれど、新しい明日は少し素敵になっていることもあるのよ、
それが生きるということで、そのこと自体が奇跡なんじゃないか。
そういうことを淡々と描いた映画だった。
決してドラマチックじゃなくて、全編通じて抑え気味なところもいい。
子供が国語の授業で読む、谷川俊太郎の「生きる」がまた、いい味出してた。

九州人なので、映像の九州独特の田舎の景色にはかなりぐっとくる。
「かるかん」(鹿児島銘菓)なんていわれても、九州以外の人にはピンとこないんじゃないかな。
それから自分がインディーズのバンドマンの妻というのも多分にある。
描かれた世界が、自分にとっての日常にとても近いからかもしれない。
インディーズバンドの父を持つ兄弟が
弟「“インディーズ”ってなに?」
兄「ようわからん。ちょっと売れてないってことなんじゃないか」
という会話も、かなりツボで笑いが止まらなくなった。

たくさん笑って、号泣しながら見たけど(ヤな涙ではないです)、しかし待てよ。
たくさんの人に「おすすめ!」といえるかどうかはちょっと別かもしれない。
単にわたしのツボなのかも。
映画「アイデン&ティティ」が大好きだったのだけど、わたしのなかの系列は、一緒なんだよなぁ。

とにかくすべてがいい景色だった。
「アイデン&ティティ」が好きな人は、きっと好きだと思います。

「奇跡」公式サイト ※音が出ます。
http://kiseki.gaga.ne.jp/


九州新幹線のCF  これ見るとやっぱり何度でも泣けちゃう。

http://www.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU

地震ブログいろいろ

2011年4月23日 (土)

大地震のときはイルカやクジラだって、感応するんだもの、
やがて来る地震に感応するヒトがいても、ちっとも不思議じゃありません。
身のまわりにも、耳鳴りや体感で、地震の気配を感じるという方がいます。
リスペクトしつつ、積極的に情報享受(自分の耳鳴りは四六時で、まったくアテになりません)。
うらやましい限りのアンテナです。

さて、地震の予知や予測に熱心な方がいて、ブログで発表してくださってます。
体感のみならず、宏観や電磁波を用いたり、スピ系から科学的なものまでさまざま。
来るとわかると気構えができているので、備えることができます。
「もしも揺れたら咄嗟にどう逃げるか」を頭の隅で考えることができて、ちょっと余裕……
これがいちばんのメリットです。
日々揺れているのですから、ただ怯えて過ごすのはもったいないし、さりとて警戒はすべきだし。

というわけで、以下は
わたしがよく読む楽しい地震ブログの数々です。
PCで見ているので、携帯でうまく見られなかったらごめんなさい。

イオンの不思議生活 
http://newmainasuionx.blog43.fc2.com/
⇒FCブログの不思議カテゴリーの人気投票で1位とか2位とか。ゆえに最近つながりにくいときも。
普通の主婦で多感なイオンさんが、地龍さんやマグマさんの声に耳を傾けつつ、体感で予測します。
地震予測もさることながら、不思議系お話がめっぽうおもしろいです。
「備えることが大事。計測も大事。でも、日々の暮らしがなにより大事」のスタンスに大いに共感。
ツイッターでも時折つぶやいていらっしゃいます。


不思議生活
http://littleumi.blog.so-net.ne.jp/
⇒主婦のカズさんが、体感と宏観で地震を予測。雲の位置も見極めていらっしゃるようです。
下のみゆ吉さんのブログで教えていただいた方。


地震予知になってるかな~
http://ameblo.jp/miyukichikun/entrylist.html
⇒ご自身も被災された、岩手在住のみゆ吉さんが体感で予測。この方も主婦。
ツイッターで、「この人のがあたってるようだ」というツイを見てから、拝読しています。


かんたん地震予知ブログ
http://zisinyochi.blog.so-net.ne.jp/
⇒「ひょんなことから地震予知方法を発見」されたそうです。
“計測器が振り切れた”などの表記があるので、電磁波測定なんでしょうかね。筆者は男性かしら。


大地震警報・前兆緊急アラート【有料・緊急時のみ開放】
http://kobayashiasao.blog65.fc2.com/
⇒ご存じ、小林朝夫さんの有料ブログ(ひと月980円かな)。
有料ブログカテゴリーで1位。つながりにくいので、あきらめずにアクセスしてください。
地震予測のための電磁波計測数値がわかりやすく、助かります(しかし単位がわからない。80/100の単位、なに? とにかくこの数値がきたら「構えろ!」なのはわかった)。
地震と放射能の二段構なので煽られるのなんの(^_^;)
恐がりの方には決しておすすめできませんので念のため。


みなさんが「警戒!」「注意して」とおっしゃるタイミングがあまりずれないのが不思議です。
近い将来天気予報で各地の天気とともに、「電磁波値」と「放射能値」を、
日々発表してくれるようになるといいのにな、と思います。

ねこの耳!

2010年10月13日 (水)

釣り上げたら…シュモクザメ 諫早沖、父と小3びっくり
 長崎県諫早市多良見町沖の大村湾で11日、体長約1メートルのシュモクザメの子どもを地元の建設業今田拓郎さん(27)と小3の長男葵君(8)が釣り上げた。
 T字形をした独特の頭の形から名前がついたシュモクザメ。高級魚を食い荒らすこともある。県によると、閉鎖性の高い同湾での捕獲はまれで、父子は「ぞっとした」。
 
群れる習性があるが、「海水浴シーズンも終わり、大騒ぎをしなくても……」と市の担当者。獲物は湯引きにするためにさばかれ、冷凍庫で静かに眠っている。 /2010年10月13日(水)
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獲物のシュモクザメ=長崎県諫早市多良見町

最後の「冷凍庫で静かに眠ってる」のくだりも気に入ったけれど、
この写真! 左端の猫にご注目ください。
耳が後ろで、凝視しながら引いてる感じ! いいですねぇ。
朝から携帯に目が釘付けだったのでした。

日々の動物ばなし4つ

2010年9月16日 (木)

子ザルとウリ坊、きょうも一緒 京都・福知山市動物園
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ウリ坊によじのぼる子ザルのみわちゃん=福知山市動物園、原写す
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ウリ坊にしっかりとしがみつく子ザルのみわちゃん=福知山市動物園、原写す


 子ザルの「みわちゃん」が子どものイノシシに抱きつき、仲良く散歩する姿が京都府福知山市の市動物園で人気を集めている。ともに生後4カ月の雄で、親と離ればなれになって園にやってきた。二本松俊邦園長は「みわちゃんは、ぬくもりを求めているのでしょう」と見守っている。
 福知山市三和(みわ)町の山中で6月、ニホンザルの母と死に別れた子ザルを市民が見つけ、同園が保護して「みわ」と名付けた。ウリ坊も6月、同市内の山道で親とはぐれ、園にやってきた。8月、みわちゃんの「夜泣き」が続くのを職員が見かね、「仲良くしてくれたら」と寝床にウリ坊を連れてきた。みわちゃんは思わぬ「家族」に喜び、さっそく甘えて抱きついた。ウリ坊は初めはうっとうしそうな様子だったという。
 しかし、めげないみわちゃんの思いが通じたのか、数日後には夜になると寄り添って眠る関係に。いまではウリ坊が穴を掘って遊んでいると、みわちゃんが追いかけて背中にジャンプする。10分以上くっつかれても、ウリ坊が嫌がることはなくなった。二本松園長は「まっすぐな思いに、ウリ坊も情がわいてきたのかも」とほほ笑む。
 でも、みわちゃんが1歳になる来春ごろには、親離れをする習性から「ウリ坊離れ」もするとみられる。仲良しぶりが見られるのもそう長くはないようだ。(原知恵子)


先日ツイートで上がっていたすごくかわいいシリーズの続きだけども
やっぱりかわいくてたまらないので思わずアップ。
みなさまどうぞ癒されてくださいませ。

ところで今日は、日本で盲導犬第一号を育てた塩屋賢一さんの訃報に触れた。
御年88歳。
わたしの生まれるずっと以前、1950年から盲導犬育成に取り組まれていたのだそう。

また、この13日には、日本で初めてチンパンジーの人工飼育に成功した、
神戸市立王子動物園の元飼育員・亀井一成(かめい・いっせい)さんが80歳でご逝去。

おふたりの訃報に触れ、胸が熱くなった。
ご功労に思いを馳せ、ご冥福をお祈りいたします。


最近は人家に出没するという噛みつきサルのことが気がかりでならない。
彼(彼女?)はぬいぐるみを抱きしめている姿を何度か目撃され、
捕獲用の罠の仕掛けられた檻の奥には今、ぬいぐるみが置かれている。
遠いところに逃げてくれたらいいのにな。

おしなべてあたたかく見送りたい

2010年9月13日 (月)

「自死への偏見なくせ」 遺族招き思い聴く 仙台・慈恩寺
 毎年3万人以上が亡くなる自殺の問題を宗教者として受けとめようと、宮城教区浄土宗青年会(47人)が先日、仙台市宮城野区榴岡の慈恩寺で、自死遺族を招いて当事者の思いを聴いた。
 講師は、宮城県内で活動する自助グループ「藍(あい)の会」の代表・田中幸子さん(61)。
 全国自死遺族連絡会(東北などの29グループ)の世話人も務める田中さんは「肉親の死と悲嘆のさなかにかかわるお寺こそ、自死に対する偏見をなくして」と訴えた。
 「浮かばれませんよ。自殺なんだし」と一周忌の墓参で住職に言われたり、自殺を過ちと戒めるような意味の戒名を付けられたり―といった体験に、各地の遺族が傷ついているという。別な戒名を頼んだら、また料金を求められた例もあった。
 自殺者のための特別な祈りの会なども遺族は望まず、「自死も『普通の死』であると受けとめ、普通に接してもらうと、遺族の気持ちも楽になる」と田中さんは語った。
 自殺への偏見や差別、遺族の社会的不利益をなくすための「二次被害者保護法」制定の署名運動に、同連絡会が取り組んでいる現状も紹介した。
 参加者からは「『これから死にたい』といった悩みの電話が寄せられたら、どう対処したらいいのか」「どんな関係機関につないだらいいか」といった質問が出た。
 青年会会長の樋口法生さん(40)=慈恩寺住職=は「当事者の訴えを初めて聴いた仲間も多い。現実にわれわれが何をできるか、真剣に議論していきたい」と話している。2010年9月12日(日)Kol net

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若手僧侶に自死遺族の思いを語る田中さん=仙台市宮城野区の慈恩寺

「浮かばれませんよ」とか、戒めの戒名とか、言語道断で驚くばかり。
かたや、こうした問題に立ち向かい、行動を起こす僧侶がいらっしゃることをとてもうれしく思う。

決して対岸の火事ではなかろう。
人の痛みに対して鈍感だったり、慣れてしまったり、想像力の欠如しちゃうと、
こういうびっくりなことは日常的に起きちゃうのかもしれない(葬祭シーンに限らずね)。
想像力って大事。
思いがけないことで、明日はわたしがびっくりな僧侶のほうになってしまわないように
気をつけよう。


人を送るときは、等しく、あたたかく送って差し上げたいものよ。

ボス、すべてうまくいっている

2010年8月21日 (土)

服役中ボスへ、サッカー番組使いメッセージ 伊マフィア
 
【ローマ=南島信也】イタリアの国営テレビRAIの人気サッカー番組が、刑務所に服役しているマフィアのボスらへのメッセージをひそかに伝達するために利用されていたことが検察官の証言によって明らかになった。日本でも暴力団幹部がテレビ中継に映る大相撲の土俵下の席で観戦して服役中の仲間を励ましていたが、洋の東西を問わず犯罪組織が考えることは似ているようだ。
 ANSA通信が伝えた。マフィア捜査班の前主任検事で、現在はアンコーナ地検トップのエンツォ・マクリー氏が5月、伊議会の反マフィア委員会で証言し、今月20日、その議事録が開示された。
 毎週日曜日にセリエAの試合を生中継し、解説者や有名人らがスタジオからコメントするRAIの番組「クエリ・ケ・イル・カルチョ」で、画面下にテロップで流れる視聴者からのメッセージの中にボスへのものが含まれていた。
 例えば「パオロ、万事うまくいっている」という一見シンプルなメッセージだが、暗号化されているため、当事者以外は気づかないという。マクリー氏は「ありきたりな内容の中に、実は重要なことが隠されている」と語っている。
 この方法で服役中のボスにメッセージを送っていたのは、シチリア州を拠点とするイタリアの4大マフィアの一つ、コーザ・ノストラで、ボスが服役している刑務所は警備が非常に厳しく、外部から物を受け取ったり買ったりすることが一切許されていないことが背景にあるという。/2010年8月21日(土)asahi.com


『ゴッドファーザー』を地でいってるみたいで、つい「かっこいい……」と思ってしまった。
現代のお話なんだよなぁ。
イメージでは瞬時に、デニーロとか、アル・パチーノとか、マーロン・ブランドに変わっちゃうからなぁ。

永遠の少年

2010年8月15日 (日)

アマチュア天文家、新種の天体発見 プロと連名で発表へ

 九州のアマチュア天文家が見つけた新星が、強い放射線を出す新種の天体であることを、京都大・広島大などの研究グループが確かめた。13日付の米科学誌サイエンスに、アマとプロ、連名で発表する。研究者は「連携がうまくいった。日本のアマのレベルは高い」と話す。
 福岡県久留米市の西山浩一さん(72)と佐賀県みやき町の椛島(かばしま)冨士夫さん(70)が3月11日午前4時ごろに天体望遠鏡で撮影した画像で、はくちょう座のデネブの近くに見えるV407という星が異常に明るくなっていることに気づいた。
 2人は京都大花山天文台の前原裕之教務補佐員に電子メールで連絡し、広島大などが日米欧で共同開発した観測衛星のデータを調べ、普通の光の100億倍のエネルギーを持つガンマ線を出している新星だとわかった。
 これまで、強いガンマ線を出す天体は超巨大ブラックホールなどわずかしか知られておらず、新星は出さないとされていた。
 西山さんと椛島さんは九州の天文同好会の高校生会員だったころから半世紀以上の知り合い。4年前、みやき町に観測所を自前でつくり、2人で新星探しを始めた。最近3年間で53個を見つけ、世界の半分を占めるという。
 最新機器を持つプロに対抗できる秘密は観測時間にある。日没から夜明けまで夏は8時間、冬は12時間、晴れている限り盆も正月も関係なく毎日2人で観測。望遠鏡で撮影した画像を、パソコンで過去の画像と比較して、新発見があればすぐに報告する。
 「プロの研究者に感謝される喜びでやめられません」と西山さん。(鍛治信太郎)
     ◇
 〈新星〉 暗かった星が急激に明るさを増し、地上からは星が突然現れたように見えるため、この名がある。二つの近接した星の一方から出たガスがもう一方に降り積もり、ある限界になると表面で核爆発が起き、強く光る現象。 /2010年8月14日(土) asahi.com



なんだか少年を見ているような気がして、しばらくシビれていた記事だった。
少年性ってなんだろうな。
好きなものを追い求めて追い求めて、まるでご飯を食べるように、見返りも顧みず好きなものを追い求め続ける……そんな感じ。
女子にはたぶんない(あっても希薄だ)から、目の当たりにすると惚れるんだと思います。

少年性……こだわり、追求心、コレクター、これら、男性性じゃないかと思う今日この頃。
男性性ですからね、女性だってもってる人いると思います。男性ホルモンと同様に。
でも、元来は男性ならではの特性であるような気がしてなりません。


外側からは想像もつかないようなまるで十五や十六の少年少女たちを見るにつけ
人の成長(老い)というものの不思議について思います。
その不思議には確固とした理由があるのです、たぶん。生物学的にも哲学的にも納得できるみたいな。

年を経た人たちの十五や十六の少年少女の輝きを、見逃さずにいたいなぁ。
その美しさは、見ようとしなければ見つけられない、ごく個人的な美しさだからかもしれません。

老齢のなかに見る美しさに限らず、美しさについていうと
だれもが認める美しさにはあまり興味がなくて、自分でしか見つけられない美しさにこそ価値があるのです、自分がものを作る・書く原点かもしれません。
おそらく、その美しさを「きれい」と言うのだと思います。
あるものはそこにある。だから、それはものの見方の角度ひとつなのかもしれませんが
たくさんのきれいを静かに集めていたいのです。

お魚がすきです。お刺身はもーっとすきです。

2010年6月12日 (土)

カワハギ、気になるメタボ 低脂肪食で「長生き」目指せ
 低脂肪のダイエット食で元気なカワハギを養殖したい――。ブリやヒラメの養殖が盛んな大分県が、カワハギの養殖技術の開発を進めている。養殖物の方が肝(肝臓)が大きく、高値で取引されるというが、出荷までの生残率が低いのが悩みの種。同県はえさに含まれる脂肪のとりすぎが生存率を下げているとみて、「ダイエット食」の研究に力を入れる。
 カワハギは肝のほか、白身は「フグより美味」という人もいる。かつてはブリの養殖いけすの網の付着物を食べる「掃除役」として育てられていた。だが約1年間で出荷でき、高値で取引されるため、大分をはじめ愛媛、熊本県などでも養殖技術の開発を競い始めている。
 ただ、ほかの養殖魚に比べて病気への対処法など未知な部分が多い。死んでも原因がよくわからないこともある。
 大分県の農林水産研究指導センター水産研究部(旧水産試験場)は、成分の多くが脂肪で、重さが体重の15%以上にもなる肝に注目した。
 同県によると、カワハギと同じフグ目で養殖の歴史も長いトラフグでは、肝の重さが体重の15%を超えると体調不良になると言われている。このためカワハギも「食べ過ぎると肝機能に障害が出るのでは」と推測。ブリやマダイに使われる飼料より脂肪分を抑えた「ダイエット食」を与えることにした。
 水産研究部にあるいけすでは、脂肪とたんぱく質の割合を変えた数種類の飼料を与えて検証を進めている。体重に占める肝の重さの割合を15%以下に抑えて生残率を高めるとともに、成長のペースは落とさない「ベストのえさ」(適正飼料)を突き止める狙いだ。一方、肝の大きさは、養殖カワハギの「売り」でもあるため、出荷直前になって肝を大きくする手法の確立も目指すという。
 2009年度まで主任研究員としてカワハギの養殖技術研究に取り組んだ大石隆史・同県水産振興課主査は「養殖技術を確立し、生産者にも消費者にもカワハギの『うまみ』を味わってもらいたい」。(奥正光) /2010年6月12日(土) asahi.com

天然物のカワハギ=大分県佐伯市蒲江
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なんだか魚な一日だった。
Iさんの魚にまつわるつぶやきを読んで感心していたら、
新聞で未利用魚の話が出ていた。
商品にならない魚の話だけど、わたしも未利用魚はよく食べた。
大分の海は岸壁で釣り糸を垂れると、5センチくらいのサバやアジ……雑魚が思いきり釣れちゃう。
それを目当てに釣りにいって、ひと口刺身におろして、山のように食べてたなぁ。
そんなことを考えていたら、佐賀関あたりに行って、釣らなくてもいいから岸壁に寝ていたいなぁ……なんて。

そしてカワハギメタボのお話だ。
その佐賀関(大分)で、チヌ(石鯛)を釣っているつもりが、わりの型のいいカワハギが頻繁にかかった。
それはそれでうれしいので持って帰っておろして食べた@大分、二十代の終わり。
カワハギの皮をはぐのに細心の注意を払っているはずなのだが、気がつけば指を切って流血。
たぶん、尾びれや背びれで切っちゃうんだろうなぁ。
たしかにカワハギはおいしくて、ふぐよりもわたしはずっと好きだなぁ。
白身はカワハギとカレイがいちばん!
そんなことを思い出していたら、無性に鰯の手開きがやりたくなった。
あれは食べるより、開く過程がたまらないのだ。うふ。

山のようにお魚が食べたい。
刺盛りって、わたしには少なすぎるんだよなぁ。
「お腹いっぱいでもうお刺身食べられません……」なんて一度でいいから言ってみたい。
刺身は別腹。いつだって。

味覚音痴でないことを祈る

2010年6月 9日 (水)

時価4万円の神戸牛無料 ただし塩タレなし、試験あり
 
最高級牛肉「神戸ビーフ」はなぜおいしいのか――。神戸ビーフの素牛、但馬牛の種牛を管理している兵庫県立農林水産技術総合センター(加西市)はその答えを探ろうと、牛肉を実際に食べて味を採点する「食味評価員」を募集している。
 同センターは、昨年度から5年計画で神戸ビーフの脂肪酸組成などの「おいしさ成分」と、人が食べて感じるおいしさとの関連を調べる研究を進めている。
 同センターによると、評価員になると、全8回の調査で時価総額3万~4万円の神戸ビーフを無料で食べられる。ただし、タレや塩こしょうはないので途中から口の中が脂っぽくなるという。
 募集は20人前後だが、味覚に敏感でないと参加できない。甘味、苦味、酸味、塩味、うま味の五つの味が薄く付いた溶液と無味の蒸留水を識別するテストが29日に同センターであり、合格するとこの日から11月24日まで8回の食味評価に参加できる。
 食味評価では、神戸ビーフの最上級ロース肉(1回4千~5千円相当)や他県産の牛肉を焼き肉としゃぶしゃぶで食べ比べ、やわらかさや脂っこさ、風味、甘味などを8段階で採点する。
 応募は6月21日締め切り。問い合わせは同センター(0790・47・2427)へ。/2010年6月9日(水)asahi.com


脂っこいのは仕様がないでしょうよ……。

チョコレート50個食べて審査して熱を出して寝込んだ、『HERBIVO』のコンビニチョコ品評会をちょっと思い出した。
ものすごくきつい試食で、しまいには「さっぱりしてたらおいしい」という評価になってたなぁ(反省.。もう時効だ)。

だから味がない肉の評価はちょっと興味がある。
甘味、苦味、酸味、塩味、うま味の五つの味が薄く付いた溶液と無味の蒸留水を識別するテスト……っていうのには、かなり惹かれる。
わたし、相対的にはどのくらい、味覚がわかっているんだろう。
最近自分の味覚に懐疑的なのだ。

相対的な調理の違いで抱いた味覚への懐疑的な理由は、

1 だいたい、あまり味見をせずに料理を作る → できたとこ勝負!
2 調味料そのものの味見はほとんどしていない → こわい

1は、味噌汁やだし系のフィニッシュ以外、あんまりしない。
2は、子どもの頃味の素を舐めてヘコんで以来、塩と醤油以外の調味料はほとんど舐めない。
酒、味醂関連は、アレルギーがあるのでできないし(調理には使う。使ってとばす)、
知らない調味料の味も結構ある。ほんだしもラー油もこしょうもトーチもコンソメブイヨンも、そのまま舐めたことないもん。

料理って、みんなちゃんと味見しながら作るものなのか。
がらがらぽん! じゃないのか???


できれば味覚音痴であってほしくない……これは希望的観測。
自分の味覚の相対的な位置を知っておきたいよな、知りたくないような。

料理音痴って話じゃあないぞ。

はやぶさ

2010年6月 6日 (日)

小惑星探査機はやぶさ、帰還確実 軌道修正に成功
 小惑星探査機「はやぶさ」が地球に戻るための軌道修正に成功したことが5日に確認され、7年ぶりの帰還が確実になった。宇宙航空研究開発機構が確認した。13日深夜に帰還する予定。

 はやぶさは約50時間にわたってイオンエンジンを噴射し、豪州南部に向かう軌道に乗った。小惑星「イトカワ」表面の微粒子が入っているとみられるカプセルの回収が最後の課題になる。
 神奈川県相模原市にある宇宙機構の運用管制室で、5日午後1時44分に軌道修正が確認されると、プロジェクト責任者の川口淳一郎教授が関係者と笑顔で握手した。川口教授は記者会見で、「宇宙旅行の往復がはやぶさの大きな目標だった。感慨無量」と語った。

 はやぶさは2003年に打ち上げられ、05年にイトカワに着陸。燃料漏れなど数々のトラブルを乗り越え、帰還を目指していた。イトカワ表面の粒を入れた耐熱カプセルは大気圏突入前に分離され、パラシュートで着地する予定。はやぶさ本体は突入時の熱で燃え尽きる。/2010年6月6日(日) asahi.com

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地球を目指す「はやぶさ」の想像図=宇宙機構、池下章裕さん提供

Tky201006050126
「はやぶさ」のカプセル=宇宙機構提供



週末もつ鍋をつつきながら、Oさんに「はやぶさ」と聞いたときには、
「ああ、東北新幹線の新車輌だよね」と、ちんぷんかんぷんな受け答えをしてしまった。
だって知らなかったんだもん (>_<)
「オーストラリアの砂漠で落下するカプセルを探すのに、夢中な人たちがいるみたいだよ……」
衛星のほうのはやぶさの話を聞いて、じ~~~んときた。

一所懸命必死で七年の旅を乗り越えて、故郷にたどり着く前に本体は燃え尽きる。
カプセルだけを残して。
せつないんだよなぁ。つい擬人化して考えちゃう。


ところでJR東日本東北新幹線の新名称「はやぶさ」は、一般公募だった。
ええ、わたしも応募しましたけどね。落ちました。「めぐみ」で出しました。
速さと違ったアプローチで、あのやわらかなフォルムとみどりがイメージさせる
東北がもたらす豊かなものを連想させたかったんだけど……落ちた。
いのちとつながっていくようなそんなイメージ。それこそが東北じゃないのっ!
「よりによってバイク(←スズキ)の名前にするこたぁないじゃん」と思った。
いえ、完全負け惜しみですけど (^_^;)

机上の樹海

2010年6月 4日 (金)

ベスト電器は「iPad会議」 省紙化狙う
家電量販のベスト電器は3日、米アップルの新型情報端末「iPad(アイパッド)」を社内の会議に導入した。福岡市の本社であった会議では、紙の資料は姿を消し、分厚いファイルが山と積まれる風景が一変した。
 会議には小野浩司社長ら幹部8人が出席し、資料を収めたiPadを手に営業戦略を練った。8人で約400枚になる紙を節約し、社員の製本作業も不要になったという。
 社内の通信を使って必要な資料を画面に呼び出し、情報の管理にも役立てる。小野社長は「見やすいし動きも速い。これなら情報の管理も安心ですね」と話した。 /2010年6月3日(木) asahi.com

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ベスト電器本社では、社内会議にiPadを試験的に導入した=3日午前、福岡市博多区、山本壮一郎撮影


他社の会議に参加させていただくと、カルチャーショックを受けることが多い。
先般は、まだiPadこそ使っていないものの、ほぼペーパーレス、ホワイトボードレスの会議だった。
PCの画面をどんどん壁面に映し出す感じ。
IT弱者のわたしは強い刺激を受けた。楽しかった。


隣のGちゃんの席もわたしの席も、机上には果てしなく樹海が広がる。
自分がいかに紙のお世話になっていることか。
職業上仕方がないけれども、紙がなくちゃやっぱり暮らせない。
じつは原稿の最終推敲は、プリントアウトしたのじゃないとできない(……と思いこんでいるだけなのかなぁ)。
安い紙でも裏紙でもいいんです。その紙はどうか使わせて……と思うんだが。
ペーパーレスになっていくと机上の樹海も解消するのかしらん。

ちなみにDTPで一冊つくると、PCのデスクトップが樹海状態。

けがの功名

2010年6月 3日 (木)

ゆかりの人たちが見た「なるもんじゃない」首相の8カ月
 発言の軽さが国民の不信感を招き、命取りとなった鳩山由紀夫首相。しかし、じかに接した人たちの目には、思ったことを口にする裏表のなさが魅力と映っていた。政権内部、米国・沖縄……と立場の違う相手をまとめ切れず、疲れ切った末の退場劇。「もう少し長い目で見ないと、何も変わらない」と口々に惜しんだ。
 作曲家の三枝成彰さん(67)は4月26日、東京・虎ノ門のホテルで、鳩山首相と夕食を食べていた。
 「本当は話はついてたんだけどなぁ。おかしいなぁ」。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題に関し、首相がボソッとつぶやいたのが印象に残っている。「腹案」の鹿児島県徳之島や沖縄県で大規模な反対集会が相次いで催された頃だった。
 20年来の友人。自身が団長を務める六本木男声合唱団で、鳩山首相が歌声を披露したこともある。
 北海道で初めて会った時の印象は「政治家特有のギラギラ感がないな」。隠しごとなく思ったことを正直に話すところは、首相になっても変わらなかった。普天間問題では、そこで足もとをすくわれた、と感じる。「政治家はウソつきでないといけないのか」とすら思う。
 「決まったことを変えようと努力して、出来なかったからって、マスコミや国民からこんなに批判されないといけないのか。もう少し長い目で見ないと、誰も何も変えられないんじゃないか」と三枝さんは話した。
 作家の高橋源一郎さん(59)も同じ4月の11日、知人に招かれ東京・赤坂の中華料理店で首相と初めて会った。
 「総理大臣になって正直な感想は?」「なるもんじゃありませんね。ふふふ」。首相は冗談めかしたように答えたという。そんな質問をしたのは「国民は沖縄の基地は撤去しろというのに、国内では受け入れない。解がないのに解を出そうとして、迷走というイメージを持たれ大変だろう」と感じていたからだ。
この結末の責任を、首相個人に押しつけるのは、違うんじゃないかと思う。「国民は選挙するだけで、後は政治に丸投げ。今ある政権をより良くする努力はせず、評論家のように文句ばかり言うシステムに慣れてきた。このままだと、いくら人や政権を代えても、何も変わらない」
 鳩山首相と学習院初等科で同級生だった前高知県知事の橋本大二郎さん(63)は昨年10月、都内で開かれたスタンフォード大学留学経験者のパーティーでの鳩山首相のくたびれた様子が忘れられない。
 英語が苦にならないはずの鳩山首相が途中でスピーチを日本語に切り替えた。心配になって「あんまり無理するなよ」と声をかけると、首相は少しだけ笑みを浮かべて「無理なんて、できないもんね」と答えたという。
 理想主義者の鳩山首相らしくない発言。「連立政権の中の社民党の存在だったり、内閣で決まったことが小沢幹事長を中心とした党幹部に変えられたり、大変なんだろう」と推察した。「今考えると、あの時期から苦労していたんだろうと思う」。あえて苦言を呈するなら、大胆さと緻密(ちみつ)さが政治家の言葉には必要だが、首相になってからも緻密さを欠いていたと思う。
 「日本で一番残念に思っているのは私かもしれない」と話すのはチョーク製造会社・日本理化学工業の大山泰弘会長(77)だ。
 長年にわたって知的障害者を積極的に雇用してきた。昨年10月に川崎市高津区の工場を訪れた鳩山首相に「こういう風に障害者が幸せに働いていけるのが友愛社会の一つです」と言われ、同月の所信表明演説でも取り上げられた。「日ごろ閉じこもりがちな障害者が働くことの大切さを、鳩山さんが知らせてくれた」と感謝している。
 「せっかく障害者を含め、国民全体の幸せを考える政治の口火を切ってくれた。だからこそ、続けてほしかった」と突然の辞任を惜しんだ。 /2010年6月3日(木) asahi.com



いい記事だな。リベラルだ。
「発言の軽さ」。これにはわたしも腹を立てていた。
沖縄に対して想像以上の期待をさせる発言をしておいて、
「がんばりましたけどやっぱだめでした~」って地に落とすのは、
落とす以上に、沖縄の人たちを奈落の底に突き落とすような悪行に映った。

わたしが怒ったのはそこだけだ、たぶん。普天間の結論に対してではない。
沖縄にちゃんと謝ってよ!! みたいな思い。でもそれは自分のことをどこか棚にあげている。
「解がないのに解を出そうと迷走する……」
まさに、源一郎さんの言葉とわたしの気持ちは一緒だな。首相は気の毒だった。源一郎さん、うまいことおっしゃる。

首相辞任にはかなり驚いたし落胆したけど、大きく評価できる点がふたつ。
ひとつは普天間の件で、「辞めたからこその好印象」をつくりあげたこと(もちろん、沖縄的にはNOだ)。
もうひとつは小沢さんの道連れ。これについてはわたしが語る必要もなかろう。

前者について。
移転先を辺野古と明記したと発表されたときに、「なんだよ、40年前の成田空港建設と一緒じゃん(佐藤首相)」と、心底がっかりしたものだ。
地元(少数)不在のまま、公の利益のために少数へ不利益を押しつける発想が、非常に似ているような気がしたのだ。

実際には、すべてにバランスがとれる判断なんてないし、なにかが決まれば、だれかが不利益を被るのを多数側は見ないふりするだけだ。
ところが首相が辞任すると景色は違って見えてくる。
豪腕(=権力)が辺野古に押しつけたように見えたけど(で、それは国の常套手段だけど)、
豪腕でやったその人は「自分の政治生命と引き替えにしました」。
これって広義での「フェアとはいえないこともないかもしれませんよね」……そういう感じ。
建前上、少しフェアに見えなくもない。

名護市長が警鐘を鳴らしていたとおりで、
たぶん首相辞任をきっかけに辺野古案件はどんどん収束してしまうだろう。
これこそ最大の仕事といえなくもない。不甲斐なさの印象と引き替えに得るもののなんと大きなこと。
変わらず沖縄は煮え湯を飲まされる(大阪・橋下知事の発言には大いに同感)。
そんな感じだけど、少なくとも、成田空港建設時と同じ、国の横暴といった印象は払拭されたわけで。


それにしても日本の国民は首相に対して、惚れっぽく飽きやすく、愛がないこと限りない。
批判はまだいい。でもよく知りもしないで「支持する」「期待する」のはどうか。
さらに「支持率」とかいって、気分を数値にして発表するメディアもいかがなものか。
結果を出すのに、8か月じゃ短すぎる。ようやくよい兆しが見えてきた矢先なのに。
政治の苦労、進歩、内容について、国民のほうがあまりに無頓着なのでは。

沖縄に謝ってよ!!なんて、だれがどの口で言うの。
謝らなければいけないのはわたしも一緒だよなぁ。
と、沖縄のみなさんと話しながら思います。

寡黙な職人たちに会いたい

2010年6月 2日 (水)

夏の相棒、出番もうすぐ 蚊やり豚づくり最盛期 三重
 夏本番を前に、早くも三重県菰野町永井の萬古(ばんこ)焼メーカー「三鈴陶器(みすずとうき)」では、蚊取り線香を取り付ける「蚊やり豚」づくりが最盛期を迎えている。
 作業場では、従業員らが次々に陶器の豚の顔にうわぐすりを塗り、窯に入れて焼き上げていた。
 水色や黄色、花柄などカラフルなものもあるが、一番人気は定番の白地という。「安い中国産に負けないよう、顔をかわいらしくするなど工夫しています」と社長の熊本泰弘さん(43)。6月末までに約3千個をつくる予定だ。

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次々とうわぐすりを塗られ、焼いて仕上げられる蚊やり豚=5月13日午後、三重県菰野町永井の三鈴陶器、小川智撮影

「キンチョウの夏、日本の夏」は名コピー。
今年もそんな季節の到来か。

萬古焼は、土鍋の国内シェアの7割ほどを占める。
炻器(せっき)といって、陶器と磁器の中間にある陶磁器だ。

ええと、写真のブタは、まだ釉薬かかってません。よね?
炻器が特別なんじゃないですよね???

今とっても出西窯(しゅっさいがま・島根県)に行きたい気分。
用の美だけをひたすら追求する職人さんたちに無性に会いたい。
帰ったら出西窯のお皿にしよう。

夏の始まり

2010年6月 1日 (火)

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遠い昔。5月のセーラー服はそれはもう死ぬほど暑くて、
「我慢大会か!?」とツッコミを入れたくなるほどだった。
毎年6月1日に無事衣替えを終えると、蝉が脱皮したように涼しかったなぁ。
今年の6月1日のひんやりしていること。
過ごしやすくていいけれども。
週間天気には、1週間連続の晴れマーク。こんなのも久しぶりだ。
携帯画面のなかの暖色って、やさしくて好きだなぁ。

今年は百貨店の館内設定温度も2度上がるそうで。はて、各社の足並みは揃うだろうか。
どんな夏になるだろう。9月30日あたりを夢見る。

お茶の水のセブンイレブンではBGMにビーチボーイズのインストが流れていて
『ペット・サウンズ』が猛烈に聴きたくなった。
夏が終わって秋になってどんどん深まっていくみたいな寂しいアルバムだけど。
大好きだ。

安全太郎とかけて「幻想の世界に生きる」ととく。

2010年5月28日 (金)

道路工事見守り40年 腕振る「安全太郎」ロングセラー
 道路工事現場でおなじみの人型ロボット「安全太郎」が今年、誕生40年を迎えた。高速道路で働く作業員を守るために開発され、今も名古屋市で生産が続くロングセラーだ。40年間、ほぼ同じスタイルを貫き、「不惑」の言葉がよく似合う「男」は現場の厚い信頼を受け、手を振り続けている。
 中日本高速道路桑名保全・サービスセンター(三重県桑名市)は、愛知県西部から滋賀県東部にかけての新名神、東名阪道などを管理する。関東・中部と関西を結ぶ要衝だけに、毎晩のように事故の処理や道路の補修などの作業がある。通行規制の先頭に立つのは、いつも安全太郎だ。
 複数の場所で同時に工事をしたり、居眠り運転の車が突っ込んで壊されたりすることもあり、同センターの倉庫には10台余りの安全太郎が控えている。職員たちは「作業員の命を守ってくれる仲間であり、守り神でもある」と仕事ぶりをたたえる。
 特殊なウレタンを型に吹き付けてつくられ、身長185センチ、定価は1台78万円。手にはライトや旗を持ち、背中のスイッチを入れるとカタン、カタンと腕を上下する。車からはまず見えないが、顔は手描きで1台ずつ異なり、ズボンにしわもついているなど、意外に手がこんでいる。
 その姿も、単純な動きも、昔からほとんど変わっていない。ただ、どの車線にも対応できるように腕をどちらも動かせるタイプができたほか、環境に配慮して材質を変えるなどの改良もされている。
 安全太郎が生まれた1970年は大阪万博が開かれた年だ。前年に東名高速道路が全線開通しており、高速道路の時代が本格的に幕を開けた時期だった。
 日本道路公団(当時)は深刻な問題に直面していた。高速道路上の作業で、旗を振ってドライバーに注意を呼びかける作業員がはねられる事故が相次いだ。そこで公団が愛知県春日井市で道路設備業を営んでいた土居万里雄(まりお)さんに依頼し、生まれたのが安全太郎だった。
中日本高速に残る資料によると、当初は百貨店のマネキンを利用したが、格好が良すぎて現場の雰囲気に合わず、現在のややずんぐりした体形になったという。名前は当時の流行語「アッと驚く為五郎(ためごろう)」にちなんで「安全為五郎」と呼ばれていたが、記者発表が決まって急きょ「安全太郎」に改名されたという。
 開発者の土居さんは、愛媛県の農家出身。高度成長期にふるさとを出て事業を何度か起こし、2004年に70代で亡くなった。
 「人生最大のヒット作が安全太郎だった」と弟の土居博仲さん(69)=愛知県尾張旭市=は振り返る。「兄は器用だったけれどお人よしでね。商売は下手だった。安全太郎はすごくもうかったようだけど、最後は権利をすべて手放してしまった」と話す。
 現在、安全太郎の商標を持っているのは、名古屋市港区でLED表示器や制御盤を製造する会社「トクデンコスモ」。注文が来ない年はないといい、昨年は東日本高速道路盛岡管理事務所に2台納入するなどした。同事務所は安全太郎の制服をオレンジ色にしており、「ドライバーからの視認性が高い」と人気だそうだ。
 長年の激務で傷んだ安全太郎の修理依頼も多く、30台という年もある。「ドライバーは、人間に似ているものに一番目を引かれるらしい」と同社電装事業部の依田昌明課長は言う。「今はLED表示板が使われることも多いけれど、安全太郎は一瞬人間に見えて警戒させるから、今でも売れ続けているんじゃないか」
 同社には時折、「駐車場に置きたい」「子どもが欲しがっている」という一般のファンからの問い合わせも来るという。(山吉健太郎) /2010年5月25日(火)asahi.com


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中日本高速道路が所有する安全太郎。顔がそれぞれ違っている=三重県桑名市、桑名保全・サービスセンター


安全太郎というのか。……「フビンちゃん」だな。

「フビンちゃん」というのはちょっとマイブームなことばで、
いたいけなものへの愛を込めてこう呼んでいる。
ぬいぐるみとか、人形とか、ときには動物とか、
魂を感じるもので、一所懸命、見返りを求めずに笑顔を振りまき続けている小さなものの総称だ。
だから、安全太郎はフビンちゃんならぬ、ミスターフビン。

それにしても。安全太郎の値段だとか身長とか、いかにして生まれたかをあらためて知ると、感慨深い。
自分の暮らしを見回せば、出自を知らないものたちがいかに多いか。
トレーサビリティのシステムは構築されつつあるけれど、口に入れる食べ物ひとつとっても、
どこから生まれて、どんなふうに育って、形になって、運ばれて、わたしの手元に届くのか、
知らないことがいかに多いか。想像すらできないことがいかに多いか。

ポテトチップスの生い立ちだって、わからない、畑でジャガイモが育つことはイメージできても、
工場でどんなふうに生産されて、どんなふうに流通システムにのっていくのか。
ペンはどうだ。ネイルはどうだ。
昨日食べたキュウリは何度農薬散布を受けたのか。30回か、50回か。
ずばっととんで経済社会のシステムについて言及できるか。
なーんてことを考えていると、わたしの暮らし、衣食住はすべて
幻想の上に成り立っていると言い換えられるのではないか(←長くなるのでかなりはしょりました)。


手にしたマテリアルはまぎれもないリアルだけれど、それの出自をほとんど知らずに
それでもよしとする世界に、わたしは住んでいる。生きている。
その不思議。
システマチックに構築され、守られている世界は、なにもかもが偶然うまくいっているだけで、
なにかひとつがほころんだとたんに、そのほころびが連鎖する世界ではないか。


安全太郎を眺めながらそんなことを考える。
この状況を打破しようとか改善しようとか訴えているわけではなく。
せめて、知らないことを自覚して生きよう。
知らないということは、すべての危険を受け入れることをよしとする選択なのだと
自覚しておかなくてはいけないわけだ。極論すると、迷える羊っていうのはそういうことだ。
わたしの暮らしの成り立ちは、偶然の善意に支えられているということだ。

世界のシステムを知ろうとしないで、なにも疑わず安全だけ求めるなと。
はからずもミスター・フビンは教えてくれるわけで……。うむ。

世界平均の幸福度・草案

2010年5月28日 (金)

第1章 「幸福度」に世界指標、OECDに日本が提案 
12年メド計測方法検討


 27日に開いた経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会で、国民の「幸福度」を示す世界共通の指標作成を日本が呼びかけた。2012年をめどに、ひとまずOECDで計測方法を検討していくことになった。

 「幸福度」の指標導入は、内閣府の津村啓介政務官が閣僚理で提案した。津村氏は会議後の記者会見で「思った以上に各国に共通の問題意識があった。日本の提案に賛同するという意見表明もあった」と語った。

 フランスではサルコジ大統領の肝いりで社会の進歩や生活の質を示す新指標の導入を検討し始めている。このほか欧州やカナダなどでも同じような研究が始まっている。ただ、国や人によっての幸福の価値観は異なるだけに、共通指標がなじむかという声もある。(パリ=大滝康弘)/2010年5月28日(金) 日本経済新聞


世界共通の幸福度って、難易度高そうだなぁ。
イスラムも北朝鮮も資本主義もアフリカもアラスカも中国も日本も、年寄りも子どもも男も女も、あなたもわたしも、平均して測定できる幸せって、なに。

1分で考えてみた。

以下、5段階評価で。

【世界平均の幸福度測定・草案】
○飢えを感じていない 
※ただし、絶食や断食やサマランなど、医療上宗教上の理由がある飢えは除く →食の満足
○満足な睡眠を得られている →睡眠の満足
○住む場所に困っていない →住居の満足
○寒暖や痛みを緩和するための服や靴がある ※必要のない場合は除く →衣の満足 
○想像すると幸福感があるものを持っている →精神的な満足
  ※信仰があるかどうかに近いが神仏でなくても構わない。「国家」だっていい。
○信頼できると感じる他者が存在する ※家族・他人は問わない →精神的な満足
○戦争や暴力、犯罪に巻き込まれていない →平和
△性生活に満足している ※年齢によるけれど →性の満足


※WHO憲章の日本語訳「健康な肉体に健康な精神が宿る」が嫌いなので、「健康である」は割愛。
※虐待を受けて親がいないほうが幸せな場合もあるので、「家族」の項目は削除。家族がいるから幸せというのは、たいへん狭義な幻想に近い。家族に感謝するのとはまったく別の次元で。


宗教、風習、主義主張を乗り越えた幸せのあり方って、本当にむずかしい。

でも考えているとちょっと楽しい。
サバンナで裸足で生きている自分と、今ここにいる自分と、両方のしあわせの平均。

地方出版がおもしろい!

2010年5月17日 (月)

「こころの病気」動物絵本で紹介 長崎の精神科医ら出版
 社交不安障害など思春期前後からかかりやすくなる精神疾患を、動物を主人公にした物語形式で紹介した「こころの病気がわかる絵本」全5巻を、長崎県大村市の大村共立病院副院長で精神科医の宮田雄吾(ゆうご)さん(41)らが出版した。
 絵本はどれも2部構成。前半は小学生以上を対象に、精神疾患にかかった動物たちの物語を、宮田医師が臨床経験をもとに作った。

 社交不安障害の巻では「さかながこわいクジラ」、強迫性障害では「てあらいがとまらないアライグマ」といった具合に、主人公の動物たちが突然発病し、回復するまでを描いた。
 同じ病院で働く芸術療法士の北村友弘さん(35)らが絵を担当。うつ病にかかったニワトリが追い込まれて自殺を考える場面では「フライドチキンにでもなってしまおうかしら」と表現し、子どもの恐怖心を和らげるよう気を配ったという。

 後半は中学・高校生向けに解説を付けた。症状や治療法、病気とのつきあい方や周囲の接し方について、医学用語をわかりやすい表現に言い換え、ふりがなも多用した。
 宮田医師は2007年から厚生労働省の「こころの健康科学研究事業」の研究班に参加し、精神疾患の知識は子どもにも与えるべきだと実感した。「調子が悪くなった思春期の子どもが最初に相談するのは、保護者や教師ではなく友だち。相談相手になれるように子どもに知識を持たせたい」と考え、絵本をつくることにしたという。「発症の可能性のある中学・高校生も早めに知識を持っていれば、仮に発症しても周囲や本人が病気を受け入れやすくなる。早期に治療を始めれば回復もしやすい」と話す。
 A4判変型、情報センター出版局(03・3358・0231)刊。各巻1470円(税込み)。(加藤勝利) /2010年5月17日(月)


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五つの精神疾患を描いた5巻の絵本。「精神疾患にかかってしまった親が、自らの病気を子どもに説明する際にも役立つ」という


最近、地方出版が面白いと思う。
こうして新聞でとりあげてくれるので、知ることができるわけだけど。感謝。
「これ、欲しい!」と思ったのは、この絵本と、下の本。
発想が非常にユニーク、かつ有意義だ。
ある意味、ユニバーサルデザインと似ているなぁ。



高齢者への質問のコツ、介護マニュアル本に 流行年表も

 介護を受ける高齢者を理解するための独自のチェックシート作りを呼びかけるユニークなケアプラン作成マニュアルを、介護福祉行政に深く携わった元三重県職員が自費出版した。それぞれのお年寄りが生きてきた時代を知る手がかりとして、各年代ごとのテレビドラマやヒット曲を並べた年表も合わせて載せている。
 「ケアプラン読本 もう一度考えてみよう高齢者介護」を出版したのは、元同県介護保険監査専門監の大北秀雄さん(60)。

 大北さんは、県健康福祉部の課長補佐を務めるなどして福祉行政にかかわる傍ら、現場のケアマネジャーらにアドバイスする勉強会をボランティアでしてきた。08年3月、定年より2年早い58歳で退職。マニュアル出版に、退職金のうち300万円を充てて1500部刷った。
 監督やアドバイスの経験を通して大北さんは「相手の過去や現在の気持ちを理解した上で介護プランを作るべきだと言われるが、実際に高齢者個人のことを把握するのはとても難しい」と感じていた。そこで、マニュアルでは高齢者の状況を把握するための「だれでもできる」独自の資料作りを勧めた。

 高齢者の過去や現在の生活を知る端緒として適切な質問として、「出身地」「趣味」「宗教」から、「購読新聞」「かつての髪形」「歯の状態」といった点まで計約50項目を挙げ、わかりやすい一覧表を作る要領を示した。
 また、高齢者が生きてきた時代の年表も掲載。各年代の事件や出来事に限らず、大河ドラマや朝の連続テレビ小説のタイトルと主人公、レコード大賞の受賞曲も載せた。

 親や祖父母ほど年の違う高齢者をケアする介護職員にとっては、チェックシート作りが会話と情報収集のきっかけになる。理解が深まることで現実的なプランにつながり、職員同士の引き継ぎもスムーズになるという。「利用者の家族や医師も理解できるような書類を作ることが大事」としている。
 1890円(税込み)で一般にも販売する。問い合わせは出版社「人間社」(052・731・2121)へ。(柿崎隆) /2010年5月15日(土) asahi.com

赤の多い部屋のなかにはけんかが増えている(なんか字余り)

2010年5月 8日 (土)

革張り風イス、木目調机…プチ高級「黒マック」オープン

 日本マクドナルドの「高級店」が25日、東京都内の12カ所にオープンした。おなじみの赤ではなく、黒を基調とした落ちついた色づかいで外観を統一。店内も、木目調の机や革張り風のイスで上質感を出した。3分の2のメニューは通常より10~50円高い。全国展開も検討する。
 この日オープンしたのは渋谷店、赤坂駅前店、六本木東店など。6月には青山店も開く。店員の制服も一新。メニューに「100円マック」はない。オープンに先立って会見した原田泳幸会長兼社長は「地域別価格で成功している。今後は、同じ地域でも店の立地で価格を変えることに挑戦したい」と話した。
 日本マクドナルドは、400円台の高価格帯のハンバーガーをヒットさせるなど、高級路線を強めている。ただ、今回の新店は「実験」で、出店数の目標はないという。/2010年4月25日(日) asahi.com

赤い色に囲まれたところでは喧嘩が起きる。これは信じていいことなんだよ。……梶井基次郎風に。

部屋のなかの赤の反面率が増えると、喧嘩が起きやすくなる。
色を替えるだけで、つまらない喧嘩の数は減る。これ、ほんと。試したもの。

ことマクドでは。

高級路線もも廉価版もわたしにはあまり関係なくて、
ほとんどチーズバーガーとポテトのS、コーラのSしか頼まない。
ときどき気分で、フィレオフィッシュ。秋には絶対月見バーガー。朝なら100%エッグマックマフィン。

食の冒険ができない。たしかに笑顔になるものだけを食べていたい。

賞味期限

2010年5月 8日 (土)

JR九州特急の自販機、賞味期限切れ飲料 最長昨年9月

 JR九州の子会社ジェイアール九州商事は4日、特急「にちりん」の大分と小倉を結ぶ車両の自動販売機で、最長で昨年9月に賞味期限の切れた飲料を販売していたと発表した。同社は「健康被害の苦情はないが、申し出があれば返金する」としている。
 同社によると、4日、車両内の自販機で社員が飲料を購入し、賞味期限切れに気づいた。賞味期限は「カルピスウォーター」が昨年9月、「ポカリスエット」が同10月だったほか、自販機の9種の飲料が今年3月までに期限を迎えていた。連休に限って連結して使われた車両に積まれている自販機で、今年正月に運行されて以来だったという。/2010年5月5日asahi.com


子どもの頃、母に、缶詰は永久にもつものだと教わった。
うちには、5年選手、10年選手のパインの缶詰なんかがあって、
母はそれを大事にしていた。

「……そんなもんだよねぇ?」と弊社社長に訊いてみたら、
「オレは、缶詰はタイムマシンみたいなもんだと思っていた」と言った。

いいじゃん。半年前に賞味期限のポカリなんて、ぜんぜん普通だ。
飲める飲める。味だった変わらない。
こないだ実家のペットボトルのお茶を飲んだら吐き出した。
賞味期限が2年前に切れていて、完全に味が違った。ものすごく酸っぱかった。
口に含んだ瞬間にゴックンしないわたしは偉いな。生きる力がある。

そうそう、高円寺にあるなじみのトラットリアには、
中濃ソースのパッケージの賞味期限がマジックで消されていた。
移し替えちゃうほうが早いのに。
うちのしょうゆは(チョーコー醤油)、2年くらい前の賞味期限のものを使っている。
調味料の賞味期限なんてあってなきがごときと思う認識だが(とくに醸造ものなんて!)
事務所のみんなに話したら苦笑された。

ちなみにスーパーの精肉担当者(知人)に極秘情報を教わったところ
豚バラは、賞味期限から4日は余裕で食べられる。
ミンチのたぐいは2日後が限界。気をつけましょう。

ちなみに、「にちりん」。ちょっぴり郷愁です。

有田への憧憬

2010年5月 1日 (土)

軍手にリュック…掘り出し物どこだ 有田陶器市始まる

 107回目を数える「有田陶器市」が29日、佐賀県有田町で始まった。好天に恵まれ、約550店が軒を並べるJR上有田駅から有田駅までの約4キロの通りは、軍手にリュックサックの「陶器市スタイル」で掘り出し物を探す客でにぎわった。主催の有田商工会議所によると、初日の人出は昨年並みの21万人。大型連休に合わせ、5月5日まで続く。4月29日(木)asahi.co mSeb201004290020

大勢の人たちでにぎわう有田陶器市=29日午後、佐賀県有田町、山本壮一郎撮影

とてもいいお天気の5月1日。
GWは真っ盛りで、高円寺では大道芸のフェスティバル……これ、3年目だっけかな。
けっこう盛り上がっている。

人だかりのパル商店街の入口にある陶器屋さんが、閉店セールをやっていた。
えっ、閉店!? と思ったのもつかの間、
全商品50%オフのチラシに、吸い込まれるように店内に入っていった。あ

20年前から欲しい、大倉陶園のモーニングカップはないかいな……と、まず物色。
あったら即買いなんだけどなぁ。残念。

へこまず、店内の人混みにまじって物色。さほど迷わずに有田の手描きのご飯茶碗を購入した。
50%オフで、2つで1万円だった。ふふふ。もう50年は大事に使っちゃう。
ご飯茶碗は、この間有田に行ったときに、深川製磁で「アルテ・ウァン」を2個購入したところだけど(ご飯でもスープでもカフェオレでもいけそうな、すてきなボウルです)。
いいのだ。ここで会わなかったら、二度と会えない気がしちゃうんだもの。
墨はじきの銘々皿揃えにもかなりそそられたが、揃いの分、高い。高いけど揃いなのだ。
ばら売りしてくれるなら即買いだけど、5枚はいらない。
同じ5枚なら、違うお皿2組のほうがいいもの。揃いなんて発想がつまらない。
でも「墨はじき」という言葉に、佐賀の先生方の顔がふわっと浮かんだ。

なんて。お休みでもないのに、気分はパラダイス。

本当はね、有田の陶器市に行きたい。リュックしょって行ってみたい。
先日仕事で、陶器市前の有田にお邪魔する機会に恵まれた。
静かでひたびた町は、陶器市を前に、少し浮き足立って見えた。
先生方のお話のすばらしかったこと。これまた宝のような時間だった。
この機会を与えてくださったクライアントに深く深く感謝。
いいものつくるように、頑張ります。

まさかのきゅうかん

2010年4月28日 (水)

赤坂プリンス、来年3月末閉館 新館は取り壊しへ
 「赤プリ」の愛称で親しまれてきた西武グループの「グランドプリンスホテル赤坂」(東京都千代田区)が、老朽化などを理由に来年3月末で閉館することが分かった。最も古い旧館は残すが、建築家の丹下健三氏(故人)が設計した40階建ての新館などは取り壊す方向だ。跡地の利用は未定だが、都心を象徴する建物の一つが姿を消すことになる。
 1955年に「赤坂プリンスホテル」として開業し、2007年に改名した。広さ約3万4千平方メートルの敷地に、新館、別館、コンベンションセンター「五色」などがある。人気の高級ホテルだったが、近年は外資系高級ホテルの東京進出などで競争が激しくなった。01年に改装するなどてこ入れを図ったが、宿泊客はなかなか増えず、価格も下げたため利益が出にくくなり、営業終了を決めたとみられる。
 昭和初期に建てられ、旧朝鮮王室の邸宅として使われていた旧館は、歴史的建造物として保存する方向だ。土地は売却せず、周辺の地権者らとも協議しながら、新たな高級ホテルやオフィスビル、商業施設などの再開発を目指すとみられる。
 グランドプリンスホテル赤坂は改名前の赤坂プリンスホテル時代から「赤プリ」と呼ばれ、バブル期には若者らのあこがれのホテルとして人気を集めた。芸能人やスポーツ選手の結婚式などにもしばしば使われた。また、旧館に自民党町村派(清和政策研究会)の事務所があるほか、政界の重要会合の舞台にもなってきた。(鳴澤大) /2010年4月28日(水) asahi.com


「えええーっ」と悲鳴を上げた本日のニュウス。
まさか、まさかの休館だ。
自民党筋の政治家がTVに映るとき、背景はよくこのホテルの玄関だった。


とくに大御所のホテルは、その場所にありつづけることにひとつの意味があるようにも思う。
よくウエディング業界ではホテルの人たちが、
「ハウスウエディングの会場はその場所がなくなることはあっても、ホテルはその場所にあり続けますから……」なんていうことをおっしゃっていたように思う。
伝統は大きな魅力のひとつでもあったのだ。


プリンスのことを思えば、英断なのだとも思うけれども。
シグネチャーホテルのひとつなのに、なくしちゃっていいのか。
そんな複雑な思いの去来する雨の午後。


背筋を寒くしている人は、わたしだけではないはずだ。
これはなにかの終わりか、始まりか。
さてどっちなのだろう。

スズメのしわざだったか

2010年4月14日 (水)

サクラ、花ごとボトボト 蜜を吸うスズメの仕業です
  ヒラヒラと花びらが舞うサクラの散り方に「異変」が起きている。花の蜜を吸うことを覚えたスズメが、がくごと花を食いちぎっているからだ。ここ数年で急増し、花がボトボトと落ちるようになった。空き地が減り、この季節のえさになる雑草の種などが減ったことが一因とみる専門家もいる。
 桜並木で有名な兵庫県宝塚市の「花のみち」。満開のサクラの根元を見ると、丸ごとポトリと落ちた花が、あちらこちらに散らばっている。花の付け根には食いちぎられたような跡がある。見上げると、「チュンチュン」とスズメがさえずりながら、枝から枝へと渡っていく。
 「かつては注意してやっと見つかる程度だった現象だが、この数年は、どこでも見られるようになった」と、日本野鳥の会大阪支部長の平軍二(ひら・ぐんじ)さん(72)は話す。
 スズメがサクラの蜜を吸う行動は、1980年代半ばに東京の写真家が気づき、野鳥愛好家の間で話題になった。その後、全国各地から報告が相次ぎ、戦前から見られる行動だということが分かった。ただ、発見例は少なく、時々観察される程度だった。
 サクラには、メジロやヒヨドリなども集まり、花の中にくちばしを深く入れて蜜を吸う。しかし、くちばしが太く短いスズメは同じように吸えないため、がく側から吸い取ろうと、花ごと食いちぎる。
 なぜ、こうした行動が今、増えているのか。
 スズメのえさは、雑草の種子や虫などだが、冬を越えたこの季節は種子もあまり残っていない。虫もやっと出始めた時期で、食べられるものが少ない。
 都市鳥研究会代表で、スズメの生態に詳しい唐沢孝一さん(66)は「各地で空き地が減って、この時期のえさがさらに減り、サクラの蜜を吸う行動が徐々に広がってきていた。野鳥などに時々見られることだが、こうした知恵のあるスズメが増えて、食べ方が伝わった結果、ここ数年で急激に広がったのではないか」と話している。(小林裕幸) /2010年4月12日(月)


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密を吸うためにサクラの花を食いちぎったスズメ=兵庫県宝塚市、小林写す

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地面に落ちたサクラ。花の付け根に食いちぎられた跡が残る=兵庫県宝塚市、小林写す


「今年の桜はどうも様子が変」と、ちょうど話をしていたところだった。
花びらが散る前から、花ごとぼたぼた落ちているのをよく見かけたから
てっきり寒さのせいだと思っていたのだ。
まさかすずめちゃんのせいだったとは。
責められない。すずめちゃんなら、無罪!

気のせいだろうか。
高円寺ではムクドリやヒヨドリが、ここひと月ばかり少なくなった。
かわりにまたスズメが増えている。もとの景色に戻ったというか。
メジロは相変わらずだ。
事務所の裏庭には、セキレイやメジロがよく訪れる。
メジロは大きな鉢植えの水たまりで、時折水浴びしている。
猫の通り道なのに、危ない、危ない。

東京の桜はどんどん葉桜になっている。花もまだ四分ほど。充分きれい。
今週の月曜日には、明治通りのイチョウの梢からコイチョウも発見した。
本日5ミリほどに成長。
「花冷え」とはのんきにいえない寒の戻りはあるにせよ、東京の春は順調に進んでいる。

ベランダのオリーブも剪定完了。
大分ではツバメを見たから、もうすぐ東京にもやってくるかな。
高円寺の西友の軒先にはダブルでツバメの巣があって、ワクワクすることこの上なし。
春じゃ、春じゃ。

クローバーを食べる

2010年3月25日 (木)

観葉植物を天ぷらに…一家食中毒 「カラシダネ」勘違い
川崎市は24日、同市幸区の家族4人が有毒な成分を含む植物キダチタバコの葉を食べて食中毒になり、3人が一時入院した、と発表した。カラシダネという俗称だけを知っていたため、からしの原料の種が採れる別の植物と勘違いしたという。厚生労働省食中毒被害情報管理室は「山で毒キノコや有毒植物を採って食中毒になるのが一般的。普通は観葉植物を食べないので、キダチタバコの食中毒例はあまり聞かない」としている。
 同市によると、家族は18日正午ごろ、自宅の庭で育てていたキダチタバコの葉を採り、天ぷらにして食べた。男性(32)が約20分後に嘔吐(おうと)や手のしびれなどの症状が出て、同日病院で受診。母親(70)や父親(62)、姉(35)も受診し、姉を除く3人が翌日まで入院した。
 キダチタバコは南米原産のナス科タバコ属の観葉植物で、有機化合物アルカロイド系の毒物が含まれている。からしの原料の種子が採れる植物は、いずれもアブラナ科という。(小島泰生) /2010年3月25日(木)asahi.com


大事に至らず、よかったよかった。
それにしてもあんまり人ごとでもないなぁ……。

学生時代、食費に窮して、雑草を食べていたことがあった。学校で摘んで、うちで食べる。
といっても、いいとこハコベやクローバーまでだから、もちろん当たったことなんてない。
春先、街路の下草にハコベが伸びてくるのをみると、ちょっとおいしそうだと思う。

自分で収穫したものをいただく至福。わかる、わかる。
うちのベランダにも、食べられるものも、食べられないものも、植木鉢がいっぱいある。
ここのところずいぶん威勢がいいのが、クローバーだ。
どこからともなくやってきて根を伸ばし、そのうちわしゃわしゃと生えてくる。
雑草カテゴリーなんだろうけれど好きなので排除しない。
このごろさらにいい感じになってきたので、
週末アタリは収穫して、オムレツにでもしようかしらん。
……クローバーだと信じているけど、クローバーに似た有毒ななにかだったら困るな。

100円と300円のあいだで

2010年2月10日 (水)

日本マクドナルドの2010年12月期、上場来最高益更新へ

[東京 9日 ロイター] 日本マクドナルドホールディングス<2702.Q>は9日、2010年12月期の連結営業利益が前年比7.3%増の260億円になるとの見通しを発表した。上場来最高益を更新する。
 営業利益見通しは、トムソン・ロイター・エスティメーツによる主要アナリスト5人の予測平均値260億円と同水準だった。
 既存店売上高は前年比1.0―3.0%増で、7期連続でのプラスを計画している。
 斬新な店舗デザインといった新しい店舗開発戦略を展開する。一方で、これらの戦略を適用できない店舗やブランドイメージを毀損している店舗、投資効果を見込めない店舗などは閉鎖を進める。2010年12月期は433店の閉店を計画。これに伴い120億円の特別損失計上を予定しており、当期利益は前年比54.7%減の58億円にとどまる。
09年12月期の営業利益は前年比24.0%増の242億円になり、トムソン・ロイター・エスティメーツによる主要アナリスト5人の予測平均値238億円を上回った。
 既存店売上高は1.1%増だった。全店売上高は2.6%増の5319億円で、過去最高を更新した。
 (ロイター日本語ニュース 清水 律子) 2010年2月10日(水)



100円と300円以上の巧妙なリズム。
デフレとインフレの絶妙なバランス。
4時間と6時間のやじろべえ。参考になることはじつに多いのだ。
そうか今年度も最高収益ですか。

100円、300円、どちらにふれることもなく、チーズバーガーとエッグマフィンでコンスタントに貢献した、わたしは。

マクドナルドに入ると、貧乏神が寄ってくる気になるのは、わたしだけだろうか。

100円で2億円♪♪♪

2010年1月23日 (土)

100円で2億円の夢 ネット限定で「5重勝」馬券
 佐賀競馬(佐賀県鳥栖市)など地方競馬の6主催者が、100円で最高2億円の配当がある「5重勝単勝式」の馬券をネット限定で23日のレースから順次販売する。
 指定5レースの1着馬をすべて当てる賭け式。12頭立ての場合、的中する確率は約25万分の1。的中者がいないときは払い戻し対象金を次回にキャリーオーバーする。
 9日に先行した北海道のばんえい競馬では、16日に早速390万5570円の高額配当が出た。佐賀競馬は「宝くじ感覚で始めてみては」とファン層拡大を期待する。 /2010年1月22日(金)asahi.com


ライスシャワーがレース中に転倒し、薬殺されるのを見て以来
TVの競馬を見たことはないんだけども。
ついでに、行こう行こうといいながら、競馬場にも結局一度も足を運んではいないけども(競艇場には行ったけど)。

これはやってみようと思っちゃった(*^_^*)

ミニチュア

2010年1月15日 (金)

Seb201001120030 錦帯橋 古材使い0.1ミリ単位の縮小模型

 本物そっくりの錦帯橋の模型を岩国市に寄贈した村中巧さん(手前)
2001年からの錦帯橋(山口県岩国市)の架け替え工事で総括責任者を務めた村中巧さん(80)が、実物の150分の1の模型を作り、市に寄贈した。
 架け替え前の欄干に使われていたヒノキを使い、本物の設計図を基に8677本の部材を0.1ミリ単位で「製材」。橋脚の石積みも現地の石を拾って完全に再現した。
 57年前の再建工事にも大工として加わり、本物では2度も手腕を披露。模型にも挑戦し続け、これで4作目という。「技術を伝えたい。未来への橋渡しだよ」 /2010年1月15日(金) asahi.com



すごいな、すごいな、すごいな。かなり萌えてしまった。
前の橋の欄干でミニチュア。現地の石で橋脚。すごすぎる。
「技術を伝えたい。未来への橋渡しだよ」にまたシビれた。
式年遷宮を思い浮かべたのはわたしだけか?
こんな大人になりたいもんよ。

さて、ミニチュアといえば。
小ささつながりで、小学校2年生の冬に父が作った入れ子の箱のことを思い出した。
当時父は仙台に単身赴任していて、正月、家族の住む大阪にやってきた。
そこでわたしがきれいな千代紙を得意げに見せたら、「ボール紙ある?」と言って、
「あるよ」と言って厚紙を出すと、やおら箱を作り始めた。
定規で測り、カッターを動かしながら作った箱に、しわひとつつけずきれいに千代紙をのりで張って、さらにその中に収まる箱を作っていく。
「若い頃にこんな仕事をしたことがあるんだよ」と言って、サクサクと5つの直方体の入れ子の箱を作り上げたあとで、
今度は立方体を作り始めた。
立方体は3ミリ刻みだかのかなり精巧な13個の入れ子で、最後の箱は直径3ミリ。
楊枝を使って組み立てていた。
仕上がった豆箱は、爪楊枝を使えばきちんと開け閉めできる。箱に模様もある。
父の手指の器用なこと。結果、半日、父は箱だけを作って過ごした。
わたしは半日、飽きもせず、できあがっていく箱を眺めていた。
父が娘にかまって時間をさくことなど、あとにも先にもこのときだけだったので
今でもよく覚えている。とても不思議な空気感だったのだ。
箱をひととおり作ってしまうと、色柄の千代紙はなくなったのだが、
茶の和紙だけは残っていて、ファンーショップで100円で買った紙の引き出しに、
きれいに張りつけてお色直しをしてくれた。

あれから40年。小さな小さな引き出しは、今も大切にわたしの部屋にある。
あのときの父、42歳。
もう追い抜いてしまった自分に驚く。

ゴジッサイのキミへ

2010年1月 8日 (金)

拝啓ハタチの君へ 仙台・五橋中の在学中に生徒が手紙
 仙台市五橋中出身で今年、新成人になる若者が同校在学中の6年前に「二十歳の自分」あてに書いた手紙が、当時の教諭によって本人の元に郵送された。112通あり、将来の自分へのメッセージが記されている。二十歳になったら送ると約束し、教諭が封をして保管していた。教諭は「手紙を通じ、過去の自分から元気と勇気をもらってほしい」と話している。

 教諭は学年主任だった加藤則幸さん(50)とクラス担任だった渡辺裕子さん(58)。現在、加藤さんは太白区の長町中で教壇に立ち、渡辺さんは仙台市在住で白鴎大講師を務めている。

 手紙は2004年、2年生の道徳の授業として書いた。「大人になるってどういうこと?」のテーマで、新成人が暴れて荒れる成人式の様子を伝える新聞記事を題材に話し合い、二十歳の自分への思いをつづった。

 手紙は段ボール2箱分あり、渡辺さんが1通ずつ封をして切手を張った状態で自宅で預かっていた。生徒が成人を迎え、11日の成人式を前にした4日、加藤さんと一緒に全員に送った。

 渡辺さんは「中身はわたしたちも知りません。封を開けた瞬間のみんなの顔を想像するとわくわくします」と語る。

 宮城学院女子大2年の下田真美さん(19)は生徒の一人で、中学時代は吹奏楽部に所属していた。先日届いた手紙には「楽器屋さんになりたい」とつづられていた。

 今は旅行会社への就職を志望し、音楽と旅行を組み合わせた仕事をしたいと考えている。「形は変わっても、音楽への夢を持ち続けられたことを誇りに思う」と話す。

 加藤さんは「二十歳は現実の厳しさに直面し始めるころ。そうした節目に、かつての自分を思い出して頑張ろうと思うきっかけにしてくれればうれしい」と語っている。/2010年1月8日(金)KoLnet



素敵な先生がいらっしゃるもんだ。
きっと記事にならないまでも、こんな地道な活動をしていらっしゃる教育者が
各地においでになると思うとうれしくなる。

14歳が、二十歳の自分へ宛てた手紙。

いいじゃん。
というわけで、44歳のわたしが、50歳の自分に宛てた手紙を書いてみようと思いついた。
いえ、だれも保管はしてくれないから、自分で持ってて、6年後に開くだけですけど。
今年から始める、十年計画のアレはどうなっているか、
描いた青写真はどこまで完成しているか。


キーボードのミスタッチで気がついた。
「青写真」は「青野心」に似てるな。

笑わば笑え。取らぬ狸の皮算用(*^_^*)

最初の桜

2010年1月 2日 (土)

Seb200912310035那覇のヒカンザクラ、大みそかに開花 観測史上最速
 縄気象台は12月31日、那覇市の公園でヒカンザクラ(緋寒桜)が開花したと発表した。同気象台が観測を始めた1974年以降最も早く、12月中に咲いたのは初めてという。
 公園内にある桜の開花観測用の標本木で数輪が開いた。訪れる人も少ない年の瀬の公園で、枝の先にひっそりと咲いていた。08年が1月3日、09年が同2日とここ数年、開花は早まっている。
 沖縄地方の09年の年平均気温は23.4度(30日現在の暫定値)。統計のある1928年以降では3番目に高く、同気象台は開花が早まった一因と分析している。/2010年1月1日(金)asahi.com


写真:那覇市で観測史上最も早く開花したヒカンザクラ=31日、那覇市の末吉公園

緋寒桜はたしかに早い。
それにしても、大晦日に咲くだなんて早いこと。文字通り、一番乗りの桜便り。

ちょうど同じ頃から、桜に埋もれている生活をしている(桜がらみの原稿ということ)。
今年はどれだけの桜に会えるだろう。今から楽しみでならない。
いつかの日か、花の季節にひと月吉野に滞在して(できるなら「桜花壇」がいい)、
朝から晩まで桜を眺め続けて過ごしたい。飽きるほど眺めていたい。
ついでにもうひとつ。沖縄から北海道まで、桜前線に合わせて旅をしたい。


年末に片岡鶴太郎さんにインタビューをとらせていただく機を得たとき、
「桜は具象であるけれども抽象なんだ」と伺った。
ぽーんと膝を打ちたくなるほど、言い得て妙。


桜を思うのは自分を掘り下げることなんじゃないかな。
もしかすると、なんでもそうかもしれないかな。
やがてくる春を思う。

門松と歳神さんと

2010年1月 2日 (土)

市民の愛で門松2倍に 福島の施設、盗難後に新品寄贈
 飾ったばかりの門松が盗まれてしまった福島市の教育文化施設「こむこむ」に、市民2人が新品を贈った。施設は「優しさで2倍になって帰って来た」。
 一対は、「施設が正月らしさを味わえないのはかわいそう」と盗まれた門松を納入した造園業者が無償で納め、もう一対は農業男性(54)が「縁起ものを盗むなんてひどい」と寄贈した。
 「楽しみながら学び子どもの夢を育もう」と2005年、福島駅前に開館。年間30万人が訪れる施設にふさわしいエピソードが加わった。/2010年1月2日(土)asahi.com


さて、門松。事務所のあるビルには毎年立派な門松が立てられる。
自宅マンションにも大家さんのはからいで松飾り。
正月に散歩していると、家々の正月飾りに、気持ちが浮き立つよう。
どのお飾りも松や竹、わらで、立派にとげとげしている(松や竹だから)。
歳神さんをきちんとお迎えしている感じに、こちらの心が温かくなる。
こんな都会のただ中で伝承が受け継がれていくのだもの。
そういえば梅の枝もとげとげしている(かくかく……といったほうがいいのか)。
松竹梅が縁起がいいのは、全部とがっているせいなのか? と初詣中に思いついた。
歳神さんは、とがったものがお好きなのだ。


初詣は元旦に、巳さんの祠を含めて、高円寺~阿佐ヶ谷の神社5つにお邪魔した。
どのお社も盛況でうれしくなる。
家々の輪飾り(松飾り。門松じゃなくて)を、今年ほど意識した年はなかった。
毎年自分の目の付け所が変わっていくのがおもしろい。
来年のお正月は絶対うちも輪飾りつけよう、と心ひそかに誓うのだった。
で、12月28日にはお飾りし終わらなくちゃ。


核家族化して、代々伝えられるべき情報は、うまく伝わらなくなって……と思っていたら
媒体の普及は、物事の大切な情報を斜め飛びで上手に伝えてくれたりする。
「斜め」というのは、「代々」に対して、赤の他人から赤の他人に伝えることを指す。
これもまた大事なことなんじゃないかしら。


今年もワクワクすることがたくさんありますように。
たくさん笑えますように。


初夢で歳神さんにお目にかかりたいなぁ。

あっぱれ!

2009年11月25日 (水)

ミスで「つくる会教科書」発注 学校負担で別の本購入へ

 私立明星(みょうじょう)学園中学校(東京都三鷹市)が来年度使う歴史教科書を、本来採択したものではなく、間違って、「新しい歴史教科書をつくる会」主導の自由社版教科書として都教育委員会に報告していたことが分かった。義務教育の教科書は、無償で児童・生徒に渡されるが、手続きが進んでいるため変更できず、同校は自費で教科書を購入するという。
 明星学園中は、文集「山びこ学校」を編んだ無着成恭さんも教頭を務めるなど、リベラルな校風で知られる。同校によると、7月上旬、来年度以降の社会科歴史的分野の教科書に日本書籍新社版を採択した。しかし、都教委の専用サイトにパソコンから報告する際、クリックミスして「自由社」を選び、1年生と教員分の計150部を「発注」した。今月20日に同社から問い合わせがあり、初めてミスに気づいたという。都教委に問い合わせたが、「もう変更はきかない」と説明された。
 無償教科書は毎年9月中旬までに各都道府県教委が翌年度の各校の使用予定数を「需要数報告」としてまとめ、文部科学省に提出する。
 確定数を書店などに正式発注するのは翌年3月だが、文科省は、市町村合併での採択地区変更や私立学校の新認可の場合などを除き、「需要数報告」の変更を認めていない。同省教科書課によると、採択したものと別の教科書を届け出てしまった例は「聞いたことがない」という。
 河住貴夫教頭は「採択していない教科書を使うわけにはいかない。どのくらい費用がかかるか分からないが、学校として購入したい」と話した。(石川智也)/2009年11月26日(水)asahi.com



学校負担となっても、本意でない教科書を使わないのは、明星学園あっぱれ!
「まちがえちゃったから」でつくる会教科書は使ってほしくないもん。

それにしても。
正式受注3月で、それから刷って4月配布のものに、
変更がきかないとはどういう杜撰な作業!
民間だと生きていけないようなルーズな受注体制に驚くばかり。
変更が多くなると作業に支障をきたすのはわかるとしても、
こういった案件は公にせずに、便宜を図ればよいのにと思うのはわたしだけか?

抱擁、慰め、理解、信頼、肉体

2009年11月18日 (水)

「峰不二子」官能の朗読劇 R18指定、軽井沢で公演

 軽井沢から大人の文化を発信したい――。長野県軽井沢町在住の演出家星野和彦さんが21日、かるいざわ朗読座の旗揚げ公演「池田満寿夫に捧ぐ 愛は禁断を超えて」を軽井沢大賀ホールで開く。「官能」という人間の性(さが)をテーマに音楽と朗読を競演させ、「人の一生に愛の断面を次々と重ねてみせる」。その内容から18歳以下の入場はお断りするという。
 脚本は、星野さんの依頼を受け、同町在住で「ココ・シャネルという生き方」や「軽井沢夫人」の作家山口路子さんが書き下ろした。
 「あなたは何を求めているのですか。抱擁ですか。慰めですか。理解ですか。信頼ですか。肉体ですか」
 舞台は、こう問いかけることから始まり、観客を鋭く挑発する。
 競演するのは、世界的に知られる笛の名人・藤舎名生さんら音楽家4人と、アニメ「ルパン三世」の峰不二子の声で人気を博する声優・増山江威子さんら朗読の3人。
 「新しい舞台表現の可能性を求めて『かるいざわ朗読座』を立ち上げることになった」と話す星野さん。音楽は、退屈なものと敬遠されることが少なくない邦楽をあえて採り入れ、「日本の伝統的音楽のすごさを実感できるものにしたい」と意気込む。
 今回の公演は、同町や朝日新聞長野総局などの後援で、前売り3千円(当日4千円)。問い合わせは大賀ホールチケットサービス(0267・31・5555)へ。(伊東大治)/2009年11月18日(水)asahi.com



「あなたは何を求めているのですか。抱擁ですか。慰めですか。理解ですか。信頼ですか。肉体ですか」
この一行にドキリとさせられた。あまりにドキリとしたので挙げておく。
どこまでも広がっていく詩的な世界に感服。


全部、のような気もするし、全部違う気もするし、的を射ているような気もするし、
考えても考えても、答えは導かれないような気もするし
己が導いた答えでは納得できない気もするし。
人に言われても呑めない気もするし。


こういうくだりそのものを「みずみずしくて青いな」と思う時代も来るのだろうか。
それともこれは、R18の人の性なのだろうか。

本日の額面広告

2009年11月13日 (金)

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本日電車の額面広告で、えらく感動したもの。
完璧だなぁと思った。
書体の選び方、文字の置き方、写真、もちろんテキストは秀逸。
子供に向けているように見せかけて、ばっちり大人を狙っているあたり。すごい。あざとい(いい意味で)。
こういうのを見ると、広告ってすごいなと思う。
あんまりきれいでしばらく打ち震えてしまった(←狙われた大人組)。



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対して、本日だめだめちゃんを発見(左)。
最近起きているガスボンベの事故を受けてのものだけど、
遠くからパッと見に、「2正しい利用方法」が、その下の枠にかかっているように見える。
右枠のイラストはNG例なのだけど、
あたかも右枠のイラストが正しいように見えてしまう。
ナーバスな(大事故につながる)問題なので、「これ、即刻やりかえるがいいですよ」と思ってしまった。
せっかく作った事故防止の広告は、ひたすらわかりやすいことが命。
多くの人がひと目で安全を理解できないと失敗だ。

ビバ、60歳!

2009年11月11日 (水)

キノコ採りで不明7日、71歳無事 ナメコ食べ、葉で暖

 新潟県村上市三面(みおもて)の奥三面ダム近くの林道脇で8日午前8時すぎ、1週間前にキノコ採りに行って行方不明になった同市上相川、土木作業員鍋倉忠夫さん(71)がうずくまっているのを通行人が発見した。命に別条はなく、妻ハル子さん(74)は「もうダメだと思っていた。奇跡だ」と喜んだ。
 鍋倉さんは1日午前7時ごろ、朝食をとった後、車で約17キロ離れた同ダム方面にキノコ採りに出かけた。だが夜になっても戻らず、家族が村上署に届けた。現場は標高約400メートル。翌2日から警察や消防などの約130人が捜索にあたった。ダムの北約3キロの林道で車が見つかったが、鍋倉さんの姿はなかった。2~3日には今秋一番の寒波が到来。約5センチの積雪となった3日、捜索は打ち切られた。
 車の発見現場から約8キロ南西で偶然発見された鍋倉さん。9日、取材に応じ、元気な姿を見せた。1日午後3時ごろ、「見たことのない沢だ」と、迷ったことに気付いたという。昼食用のおにぎり2個はそれまでに食べてしまい、その後は山中で採ったナメコを食べ、ヤマブドウで空腹をしのいだ。夜は持参したポリ袋を頭からかぶり、地面の上にツバキの葉を刈って敷き、体にも葉をかけて暖をとった。
 近くの円吾山(標高771メートル)方面へ迷い込んだらしく、捜索のヘリコプターは3度通過。手を振ったが、気付かれなかった。それでも「生きるんだ。もう一回、家族に会うんだ」と思い続けていたという。「助かったのは奇跡。考えられない。でも、もう山には戻らないでおこうかな」と笑った。
 新潟地方気象台や村上市消防本部によると、現場付近の最低気温は0~4度程度の日が続いたとみられる。市消防本部の佐藤竹四副署長は「悪天候の中むやみに動かず、防寒のためポリ袋を利用するなど冷静な行動が命を救った。夜間の冷え込みの中、1週間耐え、元気でいたのは奇跡に近い」と驚いていた。/2009年11月9日(月)asahi.com



思わず「バンザイ!」と叫びたくなるようなニュースだった。
採ったナメコを食べて、ヤマブドウを食べて。雨風しのいで。70代、すごいな。
生きる知恵ってこういうことかしらと思った。
そういえば今日は山形で、行方不明のネコを探しに山へ行った女性が行方不明。
1週間近くたって帰ってきたニュースがあったっけ(ネコの1匹は帰ってきたそうで、もいう1匹は依然不明)。
みなさん、ご無事でなによりです(*^_^*)

さて、市ヶ谷へタクシーに乗ろうとしたら
「新人ですが、お客さん、道わかりますか?」と、運転手さんに訊かれた。
「大丈夫です。ナビします」と乗り込んで見れば、相手は六十がらみの男性だ。
このお歳で新人とは、はて、リストラで困った? そんな年代じゃないしな……。

興味津々。
で、つい取材……(^_^;)。

運転手さんは、御年60歳。サラリーマンを定年退職したあとに、再就職したのだそうだ。
子供の頃、タクシーの運転手だった親類のおじさんにとても憧れた。
しゅーっと車を乗り回して、そのうえ制帽がかっこよかったのそうだ。
「あれ! これから働くなら、あれがいいなぁ」と奮起した。
23区の地理試験を受け(4回目に合格)、晴れてタクシー会社に就職。
「いやぁ、毎日が楽しいです(*^_^*)」と、運転手さん。

25年勤めた職場からは、部署を替えて65歳まで勤める制度もあったし、残留を勧められたのだが、
この歳で働くなら、自分のペースでできる新しい仕事がいいと、新天地を選んだ。
「いやあ、会社員時代は、稲毛の自宅から川崎の職場まで、毎日車通勤。わたし、車の運転がほんとうに好きでね」とにっこり。
「家内と遠出をするときも、電車は使わないんです。全部車。家内の実家は京都なんですけど、それも車で行っちゃうの」と、やっぱりにっこり。

わたしと話しながらも、信号の間には地図を見て、現在地をチェック、チェック。
カーナビはあるのに、もっぱらベーシックな地図が大活躍だ。
「新しい道を覚えた日には、うちに帰って地図を見て復習するんです。そうでなくちゃ、覚えられませんから」
あまりにすてきな60歳で、こちらがどんどん元気になっちゃうような。
なにかを始めるのに、年齢なんてまったく関係ないのよね。
「好き」は強い。ほんとうに強い。すてきだな。

「それじゃあ、お気を付けて。がんばってくださいね」でお別れした。


いつかすんごい大金持ちになって、お抱えの運転手付きの身分になったとしても
タクシーはきっとやめられない。
ここで拾う情報って、わたしにはとても貴重&エキサイティングで……(*^_^*)。

画像修正

2009年11月11日 (水)

Ngy200911100006名古屋駅前でミキサー車が横転、生コン飛び出す

←横転したコンクリートミキサー車=10日午後0時23分、名古屋市中村区、岩下
毅撮影(画像の一部を修整しています)

 
10日正午ごろ、名古屋市中村区名駅4丁目の名古屋駅前ロータリーで、ミキサー車が横転した。中村署によると、運転手の男性(46)にけがはなかった。ミキサー車から生コンクリートが飛び出し、現場は車線規制された。大勢の通行人が立ち止まり、現場は一時騒然となった。
 ミキサー車は同日午前に愛知県甚目寺町を出発し、現場近くの工事現場に向かう途中だったという。/2009年11月10日(火) asahi.com



市橋容疑者の写真が出たときも、髭の修正のことに触れていたけれど
こんなふうに、(画像の一部を修正しています)なんていう表示は新聞であまり見かけないなと思って、
それがおもしろくて取り上げた。
この写真のどこを修正してるんだろう。携帯の小さな画面では、なにもわからなかったけれど。


デジタル写真の劇的な普及と進歩って、ここ5,6年のことじゃないだろうか。
PCの普及が編集の現場を変えたのと同様、
デジタル写真の普及も、編集の現場を大きく変えた。
雑誌の女性は圧倒的にきれいになった……んじゃないかな。

20年前、ポジフィルムにある飛行機の機体の番号を消してほしいと印刷所に頼んだら
「20万円かかるけど、いい?」と聞かれたことがある(「無理!」と答えて消さなかった)。
電線ひとつ消すのも至難の業だった。
今、それをすることの、なんとたやすい。
余計なものが画面に写っているときに「あとで消しときます」なんていう現場が増えた。
フォトグラファーの仕事は増えてしまったわけだけど、
もちろん、ラクになったことだってたくさんあるはずだ。
DTPが、編集者をラクにしたのか、がんじがらめにしてしまったのか、よくわからないのとちょっと似ている。
過渡期を過ごすことができて、ちょっとトクをした気分だ。

黒いジーンズを探せ

2009年11月 7日 (土)

「黒のジーンズを」言葉をもとに映像を検索 NEC開発

NECは、大量に保存された映像の中から、言葉を使って特定の映像を検索できる技術を開発した。犯罪捜査や迷子捜しなどに幅広く利用できると見込まれ、10年度にも実用化することを目指している。
 新しいシステムでは、例えば「茶色いジャケットに、黒いジーンズ」と入れて検索すると、保存されている映像に映っている人物の上半身と下半身を自動的に分離し、それぞれの色や配色の割合を設定。該当する人物を選び出す。
 ひったくり事件が起きた際に、目撃情報を元に、銀行やコンビニエンスストアなどのカメラの映像から犯人の足取りを追跡したり、遊園地やデパートで親とはぐれた迷子の行方を追いかけたりできる。これまでは、撮りためた映像を巻き戻して人間の目で確認するなどして、映像の中から該当する人物を探すのが一般的だったという。
 NECは、今後、あらゆるカメラで今より長時間の録画ができるようになるとみて、映像を簡単に検索するシステムが重要と判断、新技術の開発に取り組んできた。5日から東京で開く同社の展示会で一般に公表し、技術的に改良すべき点やどのように売り出すかなどをさらに検討する。 /2009年11月3日(祝・火) asahi.com

これを読んだときに、悲しいかな、はじめぜんぜんピンとこなかった。
読み進めるうちに、「すんご~~い!!(>_<)」 と、ようやく気づいた次第。

おびただしいカメラ映像から、文字で指令を出して黒いジーンズだけを抽出するなんて、
文字で映像を解析していくなんて、
どんなシステムなんだか想像もつかない。
ある分野で、信じられないほどの作業が軽減されることはわかる。
インターネットの通常の検索だって、たいがいスゴイと思うけども、
英語の検索翻訳機能なんかになると、頭がねじくれそうになるけど(正直、訳文を読んでいると、もっとねじ切れそうになることもあるけど)。
世の中の進歩って、すごいな。

1990年の大阪花博が終わったときに、電通で光ディスクなるものへの資料整理が始まった。
催事広報室の仕上げの作業みたいなもので、少々関わらせていただいた。
「すごいなぁ」としみじみ感じながら、整理画像をPCで眺めていた。
あれがわたしの体験したスキャン画像の始まりだ。時代の進化を感じた瞬間だった。
光ディスクって、今でいう「スキャン」なんだけれど(それをPC管理する。今は当たり前のこと)、
スキャンはもはや日常になった。これがなくてはわたしたちの仕事は始まらない。

そういえばFAXの使用頻度はずいぶん減ったと思う。
……いまだに、FAXのシステムさえ、わたしには理解できないけど。
それでも使うことはできる。
機械音痴でも、その恩恵を被ることができる。
便利な世の中に感謝。

ハウステンボス、大好き

2009年10月28日 (水)

佐世保市、ハウステンボス公有化を検討

 経営難の大型テーマパーク、ハウステンボス(HTB、長崎県佐世保市)を存続させるため、佐世保市がHTBの土地や施設の買い取りを検討し始めた。HTB支援を親会社の野村プリンシパル・ファイナンスと交渉中のホテルマネージメントインターナショナル(HMI、神戸市)関係者が今月、佐世保市を訪れ、朝長則男市長に買い取りを要望した。
 HTBの土地や施設を公有化し、市がHMIに運営を任せれば、HMIは年間8億円を超える固定資産税を負担せずにすむ。市は、税収が減るが、減収分の4分の3は地方交付税制度で穴埋めされる仕組みになっている。
 市は買い取り費用などについて、HMIや野村と条件を調整した上で市議会に関連議案を提出する。
 HMIは新興のホテル運営会社。九州・沖縄でも約10のホテルを展開している。
 ハウステンボスは03年に会社更生法の適用を申請した。野村ホールディングス傘下の野村プリンシパルが計250億円を出して再建を進めてきた。しかし昨秋以降の景気低迷で08年度の入場者数は過去最低の187万人に急減。存続のために新たな企業からの支援や抜本的な収益改善策が検討されている。(渡辺淳基)/2009年9月30日(水)asahi.com



ハウステンボス、大好きだ。
細密に街を再現するだけではなくて、時代に先駆けたエコエコだったところや、
ホテルヨーロッパや、レストランエルミタージュの他の追随を許さないほどのクオリティ、
もちろん圧倒的な景色の美しさ、なにもかも大好きだった。
ホテル館内に活けてある、オランダスタイルのアレンジメントもかわいくて好きっ。
それから、仕事をご一緒させていただいたスタッフのみなさんの素晴らしいこと、あたたかなこと。
……と、言い出したら限りがない。
そして、わたしの第二の故郷、佐世保にある。
帰省すると商店街には「がんばれハウステンボス」の旗がはためいている。
存続の方法が公有化でも構わない。てか、佐世保市、がんばれっ!!



20091028224937768_0001 ←これは2004年にけっこんぴあで撮影させていただいたもの。場所はもちろん、ハウステンボス。
モデルは道端ジェシカさん。若いなぁ。
今発売の「GQ」は、男性に向けてのウエディング特集(お手伝いさせていただきました♪)。
奇遇にもGQの表紙はジェシカちゃんだった。


2004年けっこんぴあ3月号
撮影:瓜坂三江子さん 
スタイリング:長谷川裕子さん 
ヘアメイク:池田圭さん


































石垣空港の滑走路

2009年10月28日 (水)

国内空路7割超が「赤字」 日航・全日空、廃止路線増も

 
日本航空、全日本空輸グループの国内線計274路線のうち、7割超の193路線が損益分岐の目安とされる搭乗率60%を割り込み、「赤字」状態に陥っていることが、4~8月の輸送実績などから分かった。昨年同期は全路線の半分以上が「黒字」だった。ドル箱の羽田便も70路線中50路線が60%未満で、ローカル路線を支えるほどの収益源にはなっていない。不採算によるリストラ対象は計34路線。不況などで旅客数は前年同期よりも約430万人減少しており、休止検討の路線は増加が必至だ。
 搭乗率は、提供座席数に対する旅客数の割合。運航コストは航空会社や路線ごとに異なるので、乗員や航空機のやり繰りなどから搭乗率が高くても投資効率が悪い路線や、逆に低くても黒字の路線はあるが、航空業界では「60%が損益分岐点」ともいわれる。
 旅客数は、日航はJALエクスプレスなど関連7社の計151路線、全日空はエアーニッポンなど関連5社の計123路線で集計した。全路線に占める「赤字」比率は70.43%。昨年同期の47.85%から、22ポイント以上も悪化した。
 日航は羽田―石垣の91.6%を筆頭に、42路線が60%に達したが、残る109路線はそれ以下。中部―花巻、新千歳―秋田など31路線は40%台、大阪(伊丹)―松本など5路線は40%にも満たない。
 航空会社の収益は「羽田便のもうけで、地方と地方の路線や離島路線を支える構図」(国交省)になっている。日航は羽田便35路線のうち、旭川、関西、鹿児島など10路線は60%超だったが、熊本、函館、広島など25路線はそれに届かなかった。
 日航は経営再建に向け、11年度末までに国内29路線からの撤退を表明。中部―花巻(43.1%)、伊丹―松本(38.3%)など10路線は50%未満だが、新千歳―静岡(86.5%)や羽田―神戸(64.8%)など10路線は60%超だ。搭乗率は高くても、費用対効果が悪いための撤退とみられる。前原誠司国土交通相が選任した「JAL再生タスクフォース」は現在、再建計画を策定中。撤退路線が増える可能性もある。
 一方、全日空は関西―函館(87.0%)など39路線が60%超で、84路線は未到達。52路線は50%台、20路線は40%台、伊丹―大館能代や中部―徳島など12路線は40%未満だった。
 丘珠(おかだま)(札幌市)発着の中標津(なかしべつ)(66.2%)、函館(54.2%)など5路線からの撤退を計画中。近く発表する中間決算で営業赤字を計上する見通しで、日航同様、撤退対象が上積みされる恐れもある。(川見能人、菊地直己)/2009年10月23日(金) asahi.com


10月は1週間ほど沖縄の離島で仕事だった。雨でしたけど(>_<)
だもんだから。そして取材先はもちろん、ホテルだもんだから。
気分は「石垣空港、滑走路延長賛成派」になっている。
ちょうど向こうにいた頃に、延伸予定場所が渡り鳥の飛来コースにあたるとかで、
バードストライクの危険が取りざたされていたけれども。


ご存じのとおり、石垣島は沖縄離島航路の起点になる島だ。
ところが、石垣空港というのは非常に古めかしいままで、とても小さな空港で。
宮古空港と比べると、たいへん古めかしい感じがよくわかる。
空港を新しくするというよりも、滑走路をあと500メートル伸ばして、
現状の1500メートルから2000メートルにするのがいちばんの課題。
そうするともうひとつ上のサイズの飛行機の往来が可能になる。
要は、羽田~石垣便で、もうワンサイズ上の飛行機を飛ばさないことには
石垣および離島航路の観光人口は上がらんというわけです。今がマックスなの。


珊瑚礁を破壊するのをよしとするわけでは決してなく、
もちろん石垣にも賛成派・反対派はいるわけで、
外野の意見は二の次にして、石垣や離島の人たちの多数決で決めればいい話なのになぁと思う。
ちなみに、日航のベスト5の黒字航路のうち、3つまでは石垣航路なわけです。
ニーズがあるわけ。
石垣空港に興味をお持ちの方は、以下のサイトをどうそ。

http://www.pref.okinawa.jp/shin-ishigaki/


ついでに、本島では普天間基地の移転先とされる場所も見てきた(なんの仕事ですかね)。
付近にはカヌチャベイリゾートがある。
手つかずの自然が残っているみたいな入り江にある、ものすごくきれいな場所だった。
「飛行場できたら、景観変わりますよね」とお話ししていたら
「でも、国が決めたことに反対するわけにはいきませんから」と広報さん。
決して後ろ向きな感じではなかった。
あそこに米軍の飛行機が往来したとしても。それはそれで、きれいだと思う。わたしは行くぞ。
反対の人がご覧になっていたらごめんなさい。
それでもわたしはカヌチャベイが好きだな。



そうそう。宮古島のリゾートホテルがおっしゃっていたことが印象的だった。
「空港で2000人アンケートをとったら、
ホテルを選んだ理由で、圧倒的に多いのは、ガイドブックでした。
WEBじゃないですよ。2位に大差をつけてます。
だから我々は、ガイドブックでの紹介のされ方が勝負だと思っています。
それでしか人はこないと言ってもいいくらい」。
うれしい話です。



「るるぶ沖縄」は12月発売。「るるぶ石垣・宮古」は1月発売です。
もちろんわたしはホテル担当させていただいてます。
お邪魔したホテルはみなさん素晴らしく、秀逸。
なんなら1件につき10ページくらいの特集で紹介したいほどでした。
そんな欲求をすべてそぎ落とした、たいへん濃密な情報になってます(*^_^*)


そろそろまた沖縄行きたいですっ。撮影したいな。

オリオン座流星群

2009年10月24日 (土)

Tky200910240152富士山にオリオン座流星群 アマチュア写真家撮影

←富士山の山頂近くに光るオリオン座流星群の流れ星=22日未明、真鍋英敏さん撮影

 富士山に突き刺さるようなオリオン座流星群の流れ星を東京都八王子市のアマチュア写真家真鍋英敏さん(66)が撮影した。山梨県甲州市の黒岳のすそ野にある標高約1800メートルの地点で、22日午前3時半ごろから夜明けまでシャッターを切り続け、撮影した150コマのうち3コマに流星が写っていたという。
 真鍋さんは「1時間に20個ほど流れたが、暗い流星が多く、写すのは難しかった」と話した。国立天文台によると、オリオン座流星群のピークは過ぎたが、今週中なら1時間に10個程度は見える可能性があるという。(東山正宜)/2009年10月24日(土)asahi.com



一昨日かな。仕事が終わって夜更けに、高円寺のはずれにある馬橋公園に、流星を見に行った。
うまくいけば1時間に50個の勢いだと聞いていたし、
そしておおかた晴れた日が多かったので、わくわくしていたのだけれど。

23時というのに、親子連れで観察に来ている方がいるのにもちょっと驚く。
カップルもいるなぁ。みんな空を見ている。
バリ島で、丘の上で、みーんながそれぞれ歓声を上げながら美しい夕陽を眺めている……
そんな平和な光景をふと思い出す。

でも、見えなかった。雲は厚かったし。
帰宅後ほとぼりがさめた頃にまた空を見てみたら、雲がなくなってる!
今度は双眼鏡片手にベランダへ。
首が痛くて回らなくなるくらい、じ~っと眺めていた。
でも、幻か気のせいか、判断できないくらいにしか、確認できなかった。
今年の正月のしし座流星群といっしょだ(>_<) ……寒くないだけまだマシかな。

8年前だかのしし座流星群はすばらしかった。
打ち上げ花火のあとみたいに、流星が空からぽたぽた落ちてくるようだった。

流星、見たかったなぁ。今宵は雨降りだ。

労働時間と職人とニュートンと

2009年9月 6日 (日)

kmタクシーの事業取り消し 運転手過労の対策不足

 運転手の過労への対策不足が発覚した国際自動車(東京都港区)について、国土交通省関東運輸局は2日午前、事業許可を取り消した。大手タクシーの許可取り消しは初めて。同社のタクシー321台とハイヤー589台は12日から営業できなくなり、2年間は許可の再申請もできない。
 関東運輸局の07年3月からの監査により、運転手の勤務拘束時間の超過や休憩時間の不足などが相次いで発覚。再三の指導でも改善されず、今年2月の監査で、3年間の違反点数の累積が許可取り消し基準(80点)に達した。
 同社の菅原信一社長は記者団に「厳正に受け止める。運転手約1450人の雇用先の確保に努める」と語った。今後も営業を続けるグループ会社には約2300台の「km」ブランドのタクシーがあり、多くはこれらの運転手として吸収していく。グループはすでに新規採用を止めており、1~2カ月で調整がつく見通しという。
 今回の問題を受け、取引先がハイヤーの契約解除を申し出るケースが数件あるといい、同社は規模を縮小しつつ、グループ会社に業務を引き継ぐ方針だ。(佐々木学)/2009年9月2日(水) asahi.com


タクシーの運転手さんて、会社によって労働はまちまちで
過酷なところはほんとうに過酷だ。
それがイヤで独立したくとも、
8年だかの会社勤めを続けなければ、個人タクシーとしての独立はできないらしい。

大手タクシー会社で事業許可取り消しなんて聞いたことがないから(「初めて」って書いてあるけど)、
その晩乗ったタクシーで水を向けてみたら
「だってkmさん、ほんとうに運転粗かったもん」とぴしゃっと返ってきた。
へぇ。知らなかった。何度も乗ってたけどな。
その運転手氏曰く、
「kmの運転手と勤務状況の話をしたことがある。
“そのとおりやってたら、ぜんぜんノルマは稼げない”って返ってきた。意識が低いと思った」そうだ。
運転手氏の所属するタクシー会社は、運転手の「働き過ぎ」に関する意識が高いらしい。
労働時間は会社がしっかり把握をし、超過が重なると「休め」と勧告され、強制的に休暇を取らされる。
「ノルマがどうこう以前に、人を乗せるという商売柄、安全配慮という面では、適切な休暇をとりながら働くのが大切なのではないか」
という、現場で聞いているとは思えないほどの模範解答がきて驚いた。
「能率とか、売り上げとか、そういうこと以前に、働く人の立場を会社がちゃんと考えることも大切なこと。現代はそんなご時世です」という言葉に深く納得した次第。
そして、我が身を振り返り、反省もする次第。

職人の世界では、労働時間が云々なんて言っている場合じゃないだろう。
しかしそれがギルドになった瞬間に、その問題は飛び出してくる。
団体、共同体になった瞬間に、仕事というよりも労働。
労働になると、使役の関係が生まれるわけで、
労働者の権利を守るべく、時間の観念が現れる。
「納得いくまで仕事する」のは、ギルドである以上は認められないわけ。

というわけで、出勤・退出、社外労働時間をつけましょう運動を、社内で開始した。
社長はやってない。あたりまえだけど。
わたしはものの試しにやってみている。
しかし。24時間仕事でなければ、職人はなりたたんだろう……と思う。
頭のなかにいつもあるからこそ、いいものができる。
職人がそうなら、物書きもそうだし、編集者だってものつくる人なのだからそうでしょう。

でも、会社ではだめなのよ。だから社の諸君は別だよ。
ちゃんとお休みなさい。
そしてできることなら、会社ととして、ちゃんとしたところでありたいと思う。
だからどうぞ、
配慮の足りない上司をサポートすべく、どうか自ら休暇の申請をしてくれたまえ。
それが集合体ということです。
もしかすると君たちが、新時代の職人スタイルを確立してくれるかもしれない。


さっ。勤務時間をつけてみましょうね。

**********

ひと晩、このことを考えていた。
「24時間仕事」っていうのは、当然のことながら、机に貼り付いているわけではない。
ゆえに、本当の仕事というのは、タイムカードとは無関係のところにある。

頭のなかにずっとあるなにかに対して、別の情報がインプットされたときに
思わぬアウトプットとして素敵なアイデアが飛び出すことがある。
なんだってそうじゃないかな。
ニュートンがリンゴの落ちるのを見て、引力を発見したのと一緒だと思う。
机に貼り付いているだけでは、こうはいかない。
視点を変えたときに、発見がある。たぶん。

「職人」という言葉を使ったけれども、なにも限ったことではなかろう。
ポジティブに、「責め」で仕事をする人に、おしなべていえることだと思った。
そういう意味で、机に(持ち場に)貼り付いてちゃいけないのかもしれないな。
ヒントはいろんなところに満ちあふれてる。
どう掬い取るかということだ。
この話は、「いろんな視点をもつ」ということにつながっていくのだけど
それはまたアザーサイド……「のんちゃん」で、あらためて。



母を訪ねて……ダムちゃんの旅

2009年9月 6日 (日)

Neko “母”を訪ねて… ネコ、はるばる10キロ

 わが輩は飼い猫である。名前は「ダム」。今は宮城県加美町のお母さんに大切にされているが、ここにたどり着くまでが大変だった。

 去年の秋までのねぐらは10キロ離れたダム工事事務所。食べ物を分けてもらっていた。工事が終わって事務所が閉まることになったときは、さすがに慌てたものだ。

 必死に歩いて今年の春、事務所の職員だったお母さんの家を見つけた。わが輩が泥だらけで現れたら「どうしてここに?」とお母さんは驚いていたっけ。男性が多い工事事務所で一番面倒見が良さそうだったので、この家を目指したのである。(加美)/2009年09月06日(日) 河北新報


ダムちゃん、でかした、よくやった(ダムちゃんデカイです。目つき悪くて超カワイイ)。
携帯で読みながら、涙……。
どうやって10キロ歩いたの、
なんでお母さんのおうちがわかったの、ヒントはあったの? 
行ったことあったの???

それにしてもこの原稿、短すぎます。
プロットはたしかにこれ以上でも以下でもない。なるほど。
なんなら、わたしに続きを書かせていただきたいですぅ。
絶対素敵な絵本になりますぅ。
でも、短いからこそ、イメージがふくらむって、ありますね(*^_^*)

お見送りの時間

2009年8月26日 (水)

死と供養見つめ直す お葬式・法事CD作製 歴史や段取りなど解説

 誰もが避けて通れない「死」とどう向き合い、故人をどう供養すべきかを、家庭で考えるきっかけにしてほしい―。このような願いを込めた「お葬式のいわれ」「家族で行う法事」と題する二つのCDを、日本の精神文化の探求活動に取り組む「ふる里『結(ゆい)』交流センター」(仙台市)が作製した。希望者に無料で提供している。
 CDは、収録時間がどちらも約50分間。このうち「お葬式のいわれ」は、(1)仏式葬儀のいわれ(2)生前に家族と準備(3)臨終から納棺まで(4)通夜から葬儀まで―など11の章立てで構成する。女性ナレーターが歴史的な由来や、いざ葬儀に直面したときに遺族らがすべき事柄を解説している。
 地域の人々のつながりがともすれば希薄になり、核家族化も進む中、以前は家やお寺で行うのが一般的だった葬儀は、葬儀会社主導で行うようになってきている。葬儀の宗教儀礼は今も仏式が圧倒的に多く、9割程度を占めているとされる。
 こうした社会背景を踏まえ、お葬式編のCDには「仏事遺言ノートをつくる」と銘打った章も設けた。ここでは、自分の死後に望む仏事をあらかじめ書き残しておくことを勧めている。
 ふる里「結」交流センターは、東北の寺社関係者らと30年ほど前から、自然や祖先を敬う日本古来の精神文化の良さを見直す活動を続けてきた。今回CD作製を思い立ったのは、競争や効率が重視される社会環境の中にあって、葬儀や法事など家庭内の大切な儀式への心配りがおろそかになっている面があるのではという問題意識からだ。
 同センター事務長の八幡太郎さん(77)=仙台市泉区=は「葬儀や法事には肉親や地域の年長者らの助言が必要。しかしメリット至上主義の社会は、家族形態をもぐらつかせた。先祖を敬い先祖の教えに家内安全を見いだすという原点を再確認するきっかけを提供したいと考えた」と話す。

 このようなコンセプトは「家族で行う法事」編にも貫かれている。CDは「便利さを追求するあまり大事な追善供養を省略してしまうのでは、遺族は癒やされません」と訴え、初七日から四十九日までの7日ごとの法要の意味合いを、丁寧に語り掛けている。
 CDは、ふる里「結」交流センターの活動に賛同した東北の約1000の寺院でつくる「北国仏法僧クラブ」の協力を得て、各編とも1500枚を作った。寺院から寄せられた浄財を製作費に充てた。
 八幡さんは「葬儀や法事の在り方を見つめ直し、お寺と檀家(だんか)の関係などを再考することにもCDを役立ててもらえればありがたいです」と話している。連絡先は「ふる里『結』交流センター」事務局022(275)1240。
(生活文化部・松田博英)/2009年08月25日(火) 河北新報



夕べの23時半だったか、お世話になっているデザイナー氏から携帯にメール。
「イオンが葬儀ビジネス始めるってよ」。
ネタ、感謝します。まだ着手できていませんけど。
「近づいた!」と思ったらまた遠くに逃げられちゃったりしてますけど。
忘れていませんよ、葬儀のこと。
少しずつ、いろいろなところで啓蒙活動。うれしいじゃありませんか。


「便利さを追求するあまり大事な追善供養を省略してしまうのでは、遺族は癒やされません」と訴え、初七日から四十九日までの7日ごとの法要の意味合いを、丁寧に語り掛けている
というところに、ぐっときた。
そうなんだよなぁ。
初七日があって、四十九日があって、初盆がきて。で、三回忌だっけ?
そういうふうにゆっくり時間が過ぎていくなかで、その人を亡くしたという現実に少しずつ慣れていって
周りの人たちもやさしくて、でも折あるごとに故人を思い出して連絡よこしてくれるのが
遺族としてはうれしくて。
日本の七日ごとのお見送りの風習は、とてもやさしいものだと思う。
よく考えられているというか、死と向き合うために、欠かせない時間だと思う。
そんなことを思い出していた。

結婚式もお葬式も、どちらも自分にはとても大事なもの。
たくさんの人たちに「大切にしたいですよね」と言いたいこと。
ありがたいことに周りのみなさんから応援されて、少しずつ山を登っているわけです。
感謝。

宇宙の生命体

2009年8月20日 (木)

彗星のちりにアミノ酸、生命存在の可能性 NASA分析

 【ワシントン=勝田敏彦】米航空宇宙局(NASA)は17日、無人探査機スターダストが彗星(すいせい)の近くで採取して地球に持ち帰った試料から、アミノ酸の一種「グリシン」が見つかったと発表した。グリシンは生命に不可欠なたんぱく質をつくる物質で、地球外でも生命が広く存在する可能性を示しているとしている。
 スターダストは04年1月、地球から約4億キロ離れたところにあったビルト2彗星に接近。彗星の核から噴き出したガスやちりを採取し、06年1月に地球に持ち帰った。
 NASAのチームがこの試料を分析したところ、グリシンが見つかった。グリシンが含む炭素原子の質量の特徴から、チームは「彗星由来と考えられる」と結論づけた。
 ウイルスを除く地球の生命は、グリシンを含む20種のアミノ酸の組み合わせでさまざまなたんぱく質を合成し、生命活動に役立てている。
 NASAのカール・ピルチャー博士は「今回の発見は、生命の基本的な構成要素は宇宙に広く存在するという考えを支持し、『宇宙で生命は一般的なものかもしれない』とする見方を補強するものだ」とのコメントを発表した。/2009年8月18日(火) asahi.com



朝から燃えたネタだった。
「宇宙で生命は一般的なものかもしれない」だって。
超素敵じゃないすか。
子どものころの絵物語が、ほんとうになっていくなぁ。

泣いちゃったおばあちゃん。特養のこと

2009年8月19日 (水)

おいしそうな介護食、商品開発に熱 食品各社
 

 高齢者向け「介護食」が進化している。やわらかくのみ込みやすいというだけでなく、おいしそうに見えるのだ。食べてみると、実際、味もいい。高齢化で成長する市場をリードしようと、各社の商品開発が熱を帯びている。
 介護用の食事というと、ミキサーを使うなどして細かくすりつぶすのが基本だった。ただ高齢者からは「何を食べているかわからず、食欲がわかない」と不満が出ていた。
 伊藤忠商事系のヤヨイ食品の介護施設向け食材シリーズ「ソフリ」はゼリーやムース状だが、色や形を元の食材に似せた。豚肉、ニンジン、ホウレンソウのムースを一緒に使ってカレーや酢豚を作るなど、レシピの工夫も可能だ。
 春と秋に新しい食材を追加しており、この秋の商品改定では、見た目に加えて栄養面も改良。豚肉と鶏肉をイメージしたムースにたんぱく質の量を増やした。たんぱく質は加熱すると固くなる性質があるため、「加熱の仕方やでんぷんの量について、何度もやり直してやっと完成させた」(池田竜司マーケティング室長)という。
 マルハニチロ食品は昨年秋、魚の切り身をそのままやわらかく加工した食材「素材deソフト」を発売した。魚の骨を除き、酵素を使った独自技術で、歯茎で身がつぶせるぐらいまでやわらかく加工した。サバ、サワラ、スケトウダラなど5種類がある。
 市販用レトルトで市場をリードするキユーピーも、見た目を重視した商品開発に力を入れている。21日には、小豆の煮汁で色を付けた「やわらかごはん赤飯風」などを発売する。(大平要)/2009年8月16日(日) asahi.com

おいしそうな介護食って、ありそうでなかったのだ。
年寄り分野って、開拓が圧倒的に遅れているというか、
子どもにお金をかける親はあまたおれど、
年寄りにお金をかける子どもはいない(「お金がかかる」ことは多い)。

ミキサー食、かなり懐かしい。
編集職に就く前に、老人ホームで少しだけ働いたことがある。
「これからは福祉の時代。老人介護を仕事にしよう」と、考えてのことだ(お年寄り、好きだし)。
わたしの担当は特養だったので、
お世話するのは、痴呆だったり、からだが不自由だったり、身体的に問題のあるお年寄りばかり。
なかにひとり、口のきけないおばあさんがいた。
目がきちんとしていらしたので、言葉が不自由なだけで、きっと意志の疎通はできているような気がしていた。
おむつの取り替えのときなんかも、いつもこちらが一方的に話しかける。
返事はない。ほんのときどき笑顔になることがある。そんな感じだった。
おとなしい物静かなおばあさんで、わたしの大好きなおばあさんのひとりだった。
ある日、食事の介護をしているときのこと。
ちょうどその、ミキサー食だった。
記事にもあるとおり、ミキサーにかけて、お年寄りが噛まずに嚥下するだけで消化できるようにしてある食事だ。
たしかに安全だけれど、味気ないことこの上ない。

てゆうか。
ほうれんそうのおひたしのミキサー食なら、まだわかる。
でも、たとえば、肉じゃがを全部混ぜたミキサー食って、どうよ!?
当時、そういうものが、おばあちゃんのお食事だった。
介護といっても、スプーンで食べさせてさしあげるだけ(たしかに、介護初心者が食べさせても事故は起きない)。
おばあちゃんは、いつもあんまり食が進まない。
ときどき、イヤイヤに見える仕草をする。でもゆっくり、最終的には食べてくれる。
食べさせながら、食が進まないおばあちゃんを見ながら、なんだかせつなくなっちゃって、
「ねー、さとうさーん、おいしい?(おばあちゃん、まったく無反応)
そうか。おいしくないか。そうだよね。このお食事じゃあ味気ないよね」
とわたしが言った途端、
おばあちゃんは大粒の涙をぽろぽろ流して、泣き出しちゃったんだ。
余計なこと言ってごめんなさい、と反省したけれども、
ミキサー食は相当つらかったんだとも思う。
「ミキサー食」の記事で、あの風景を鮮明に思い出した。

介護食が進化するのはとても素敵なこと。
ようやくそんな時代が来たのか。あれから20年だ。
特養には「味気なくて食べた気がしない」なんて言える方はほとんどいないし、
お年寄りは子ども扱いされるし、効率のためにおむつ、ということもある。
理想と現実の乖離というか、せつない状況がそこにあって
もしかすると、それは今も変わらないかもしれないと思う。
でも、ほんの小さなところからでも、少しずつ変わっていくならいいじゃないか。

ところでわたくし。
特技は大人のおむつ替えです。
書店経験のせいで、ダンボール箱への縄かけもたいへん得意。
引越のときしか活かせないのが玉に瑕ですが(^_^;)
 

セミの気分

2009年8月15日 (土)

セミの音に残る「戦禍」 隅田公園、なぜか一種類のみ
 
 
64年前の東京大空襲で焼け野原となった東京都墨田区の隅田公園には、セミのなかではアブラゼミ1種類しか繁殖していないことが、東京大総合研究博物館の須田孫七・協力研究員(78)の5年にわたる調査で分かった。須田さんは、空襲でいったん地域のセミが全滅し、復興後も川と急速な宅地化により、アブラゼミ以外のセミが公園にたどり着けていない可能性があるとみている。
 隅田公園は、隅田川をはさんで墨田区側(約8万平方メートル)と、台東区側(約10万6千平方メートル)に分かれている。須田さんは5年前の8月、台東区側では、アブラゼミとミンミンゼミの音が半分ずつ聞こえ4種が確認できたのに、墨田区側ではほとんどがアブラゼミだと気づいた。墨田区側では、死骸(しがい)の羽もアブラゼミだけだったという。
 須田さんは、東京学芸大を卒業後、中学校教諭などを務めながら東京都内の昆虫を調べ、専門書の執筆や観察会などを手がけている。現在は「東京の昆虫相の変遷史」をテーマに研究中だ。
 隅田公園周辺は1945年3月10日の東京大空襲で、大きな被害を受けた。須田さんは当時、地元の友人の安否を確かめようと、空襲から3日後、徒歩で現地を訪れ、壊滅的な状況を目の当たりにしたという。
 調査では、空襲関連の文献にも目を通し、改めて当時の被害や範囲も確認した。
 須田さんは、(1)大空襲で地域の昆虫のほとんどが全滅。セミの幼虫も焼き尽くされた(2)復興後、他の昆虫の多くは植樹や河川敷を利用して木々にとりつくなど生態系を戻したが、木とその根元の地中をすみかとするセミは、雌雄ともに飛行距離が比較的長いアブラゼミが、焼け残った場所からたどり着くにとどまった――とみている。
 台東区側では、西にある上野公園や東京大キャンパスなどから街路樹などを伝ってセミが繁殖範囲を広げたが、墨田区側は、隅田川と周囲の急速な宅地化で公園が隔離され、虫が移動できる道ができなかった可能性があるという。須田さんは「ミンミンゼミの雄が来ることもあるが、メスは行動範囲が狭く、命がつなげないのではないか」と話している。
 圧倒的なアブラゼミの鳴き声に交じってミンミンゼミの声も時々、聞こえるが、わずか数匹。「戦争は生き物にとって壊滅的な環境変化。影響や復元に目を向けた研究も必要ではないか」と指摘する。(石川幸夫)
     ◇
■空襲との関係、詳しい調査必要
 昆虫に詳しい群馬県立ぐんま昆虫の森園長の矢島稔さんの話 ミンミンゼミはもともと東京の平地にはほとんどいなかったが、今はとても増えている。戦争から60年以上たって、限られた場所だけが聖地のように昔の姿を残しているのは非常に不思議な感じがする。もっと広い範囲でセミの分布を詳しく調べないと、空襲との関係は何ともいえないのではないか。
 〈東京大空襲〉 45年3月10日、米軍のB29重爆撃機による焼夷(しょうい)弾攻撃で、東京・下町の墨田、江東、台東各区を中心に約40平方キロが焦土と化した。一夜で約10万人の命が失われたとされる。/2009年8月13日(木) asahi.com



この記事を読む前日のこと。
ベランダのオリーブの鉢に水遣りしながら、
もしもわたしがセミの幼虫だとして、この鉢の中に住んでいたとしたら、どんな気分だろう……
そんなことを考えていた。
雨が降ったらどんなだろう。
大雨だったらどんなだろう。
どんな気持ちがするんだろう。わりと普通のことなのかしら。
いやだと感じるのか、冷たくて気持ちいいのか、木の根っこはやさしいのか、そんなこと。



ところで、大阪に比べると東京は、ミンミンゼミの声が多いと感じる。
大阪はアブラゼミとクマゼミばかり。
ジージーとチッチッばかりが目立っているように思う。
そういえば先日、高円寺で「カナカナカナ……」というヒグラシの声を聞いたときは、ちょっと感動した。
こんな街なかにいるんだ、と思って。晩夏の声。



終戦記念日だった。
「あの日はセミがやかましく鳴いていたのよ。暑かった。
悔しくて悔しくて、“日本が負けた、日本が負けた”って、ひとりで泣きながら林の中を走ったんだよ」
それは、当時六歳だか七歳の、母の話。
「欲しがりません、勝つまでは」。それはおりこうな軍国少女だったんだよな。
64回目の終戦記念日。
どうか今の平和が長らく続きますように。

高級ホテルの大幅値下げ

2009年6月14日 (日)

高級ホテルの値下げ合戦過熱 海外客激減で半値前後も

 高級ホテルが宿泊料金を大幅に値下げしている。不況と円高で客室稼働を支えてきた海外からの客が激減。その穴埋めに国内の客を奪い合っているためだ。ただ、値下げはブランドイメージの低下を招きかねず、担当者は頭を悩ませている。
 「デラックスツイン(50平方メートル) 2名 4万円」。香港系の超高級ホテル「シャングリ・ラ ホテル 東京」が5月下旬、宿泊予約サイトの「一休ドットコム」に掲げたプランが業界の話題を呼んだ。同ホテルが1泊最低5万6千円(1室)から、という触れ込みでJR東京駅のそばに開業したのは今年3月。わずか約3カ月後の大幅値引きに、関係者は「開業効果すら息が続かないのか」と驚いた。
 「ザ・ペニンシュラ東京 3万8千円」「ザ・リッツ・カールトン大阪 2万5千円」……。「一休」を見ると、正規料金が5万円を超える高級外資が軒並み、半額前後まで値引きしている。
 国内、とりわけ東京にはここ4、5年の間に外資系ホテルが相次ぎ上陸した。当初は景気もよく、国内の富裕層のほか、海外のビジネスマンの訪日需要が見込めた。外資、国内勢とも高級ホテルは「稼働率の5割前後を海外客に頼ってきた」(関係者)。
 それが、昨秋来の不況で暗転。日本政府観光局によると、訪日外国人数は昨年11月から前年比2ケタ減が続き、2月は41.5%も減った。国内の利用者も、経費削減で出張客は定宿を格下のホテルに切り替え、新型インフルエンザの発生で団体客のキャンセルも続出。好材料が見当たらない状況だ。
 国内ホテルの「御三家」といわれる帝国、オークラ、ニューオータニのうち、約10万人の会員組織を持つ帝国以外の2ホテルの客室稼働率は今年1~4月は40~50%で推移。前年同期より10~20ポイント落ち込んだ。夏休み商戦に向けて業界では、2泊以上利用すると宿泊料金を半額にしたり、同一料金のまま部屋のグレードを上げたりといったサービス競争が過熱している。
 あるホテルの値決め担当者は「ブランドを損なう値下げはしたくないが、空室を残しても管理コストが膨らむだけ。『在庫がきかない』という焦りからブレーキがきかなくなっている」と漏らす。
 それを、利用者側も見越しているようだ。国内高級ホテル中心の予約サイト「ヨヤキュードットコム」によると、ホテルの値下げが「底値」に達する宿泊プラン当日の予約が、4月は全体の6割を突破。平均予約単価は1万4685円で、前年より約2割下がったという。(本田靖明)/2009年6月10日(水) asahi.com



風が吹くと桶屋が儲かる、じゃないけれど、
ホテルの屋台骨である宿泊が打撃を受けると、広告費用の削減を第一に図られるもの。
つまり、多くのホテルにご出稿いただくブライダル誌は打撃を受けることになる。
ひいてはブライダル誌を編集する弊社もマジでつらいことになってくる……。

そういう利害関係はまったく抜きにしても、ラグジュアリーホテルが大好きだ。
非日常の晴れやかな空間、繊細なホスピタリティ、大人のためのたたずまいがたまらないのだ。
だからホテルにはいつも元気でいてほしいと切に願う。

それにしても。
この機に乗じて、ぜひペニンシュラにお泊まりしたいと、この記事を読んで思ってしまった。

子ヤギの曲芸

2009年6月14日 (日)

Yagi子ヤギはカメの背中がお気に入り 山口・美祢

←カメのエドワード君の上に乗っかる子ヤギ=山口県美祢市の秋吉台サファリランド、藤脇正真撮影

 山口県美祢市の秋吉台サファリランドで、カメの背中に乗っかる子ヤギの愛らしい姿が人気を呼んでいる。
 可愛い曲芸を見せてくれるのは生後1カ月のランパク君とメレンゲ君。体長70センチのケヅメリクガメ・エドワード君の甲羅の上に乗って愛敬を振りまいている。
 甲羅のサイズよりも大きく成長すると乗ろうとしなくなるので、あと2週間ほどで見納めとなりそうだという。/2009年6月11日(木) asahi.com



かわいい。文句なくかわいい。それで、これは「曲芸」なんだな?

3歳くらいに住んでいた大分の家の裏には野原があって
その野原にヤギがつながれていた。
目つきがかなり怖かった。
「ヤギさんは紙を食べるのよ」と言われて、子供心に「ウソだ」と思ったのだが
ためしに紙を差し出すと、むしゃむしゃ食べてしまうので、恐怖にかたまってしまったのを覚えている。

大人になってから、西洋で悪魔の象徴にされているのを初めて知ったときも
そりゃ、あの目だからね、とあっさり納得した。

でも子ヤギはかわいいなぁ。



山口の美祢町といえば、つい最近、ホテルの一酸化炭素中毒事故で
修学旅行に同行していたカメラマンが亡くなった。
遠い事件にはとても思えない。痛ましすぎる事故だった。
二十代の頃、同年代の仲のいいカメラマンたちがよく、学校アルバムのアルバイトをしていた。
みんなこんなふうに修学旅行や遠足に同行していた。
だれもそんなところで命を落とすなんて、想像だにしなかったろう。
……ご冥福をお祈りします。

おかげで人生やりなおせる。

2009年6月12日 (金)

「悪いこと見逃せぬ」 ひったくり犯説得の高校生に感謝状

   ひったくり犯を追跡し、逮捕に協力したとして、広島中央署は12日、私立修道高3年の二反田淳春さん(18)=広島市南区=に感謝状を贈った。
 同署などによると、二反田さんは6日夜、広島市中区の路上を家族と一緒に車で通りかかった際、ハンドバッグ(現金約1万2千円入り)を奪われた女性の「泥棒」という悲鳴に気づき、車から降りて、逃走する無職の男(35)=北九州市=を追跡した。元サッカー部員で走るのが得意という二反田さんはすぐに男に追いついた。
 数百メートル並走する間、男は「見逃してくれ」などと繰り返したが、二反田さんが「悪いことをしたんだから見逃せない」と言うと、男は観念して立ち止まった。この間に父淳二さん(56)が警察へ通報。男は強盗致傷容疑で逮捕された。警察車両で連行される際、男は窓から顔を出し「お兄ちゃんのお陰で人生やり直せる」と二反田さんに握手を求めたという。
 二反田さんは感謝状を手に「怖かったが、いいことをしたのかな」と笑顔を見せた。(山下奈緒子)/2009年6月12日(金) asahi.com



なかなかできるもんじゃない。追いかける高校生もだけれども
グッときたのはむしろ、犯人のほうだ。
連行される間際、ほんとうならそのとき、「しくじった」と思って、絶望の淵に立っているのだろうに。
「お兄ちゃんのお陰で人生やり直せる」と言って、笑顔で握手を求めるなんて。
どん底で、その状況に追いやった相手に、きちんと感謝できるなんて。
わたしならできないかもと思った。
ちょっと涙腺がゆるくなった。

そしてたぶん、彼はほんとうにうれしかったのだとも思う。
大丈夫、きっとやり直せるはずだし、
もとよりあなたはそんなには間違っていなかったんじゃないか、
とすら思ってしまう。
あなたのしあわせな明日を祈りたい。

色のバリアフリーとマイブームのグレー文字と

2009年6月10日 (水)

Colure色のバリアフリーへ20色 色見本、デザインに活用

←よく使われる色づかい(上)と、誰でも見分けやすいように考えられた色(下)。厳密な色再現ではない=伊藤准教授提供


 誰でも見分けやすいように工夫した色見本を、東京大や日本塗料工業会などが作った。色覚障害や白内障の人のほか、一般の人にも色を実際に見てもらい、2千色以上から20色に絞り込んだ。塗料用に続き、印刷インキ用の色見本も近く完成、デザイン業界などで使ってもらう予定だ。
 東大の伊藤啓・准教授(分子神経生物学)は印刷インキメーカーのDICなどと協力、2年前から色見本づくりを進めてきた。実生活で使いそうな色を、屋外で日にあてたり、古い蛍光灯の下に置いたりして、色覚障害の人や白内障手術を受けた人のべ約40人に見てもらった。
 これまでよく使われた色づかいでは、赤と緑は色覚障害の人にとってまぎらわしく、黄色は白内障の人には明るすぎたという。そこで赤はオレンジ寄りに、緑は青みを強く、黄色は濃くした。
 どの人にとっても一番見やすい色というわけではないが、なるべく多くの人に見やすい色になるよう配慮した。一般の人も見やすいという。
 色覚障害は日本で推定320万人、白内障は目の中の水晶体が濁る病気でこちらも推定百数十万人いるとされる。これらの人が家電製品や携帯電話を操作したり、案内図を見たりする際、色の見分けにくさが問題になっている。
 伊藤准教授によれば、色覚障害の人が見分けにくい色は1950年代からわかっていたが、どうすれば見やすくなるか、という研究はあまりなかったという。伊藤准教授は「実用的なものができた」と話している。(小堀龍之)/2009年6月9日(火) asahi.com



なんだかとても素敵な話だ。
みんなが便利になる、やさしい世界。
美しさと便利さと機能性とやさしさと、全部兼ね備えたもの。
プロダクトデザインが素敵なのは、結局そういうところなのだ。

なんて言いながら、マイブームは、グレー文字だ。
絶対やりますよん♪


たとえバリヤフリーの20色とは対極かもしれなくても。
あるセグメントされた人たちの最大公約数にの心に、きちんと届くものをつくりたいのだ。

夏の豚

2009年6月 2日 (火)

Buta 蚊やり豚、スタンバイOK 三重

最盛期を迎えた蚊やり豚づくり=三重県菰野町、小川智撮影
 
 
 蚊取り線香の煙を放つ夏の風物詩「蚊やり豚」の生産が、三重県菰野町の萬古(ばんこ)焼メーカー「松尾製陶所」で最盛期を迎えている。
 「過去には金魚やサッカーボールなどいろいろな形の蚊やり器を作ったが売れなかった。やはり昔ながらの豚が一番の人気」と社長の松尾徹也さん(56)。今年は不況の影響からか、例年より1割ほど注文が少ないという。6月中旬までに約2500個が全国に出荷される予定。 /2009年5月31日(日) asahi.com


およそ新聞系にふさわしくない素敵な写真に、1票。
シュールで素晴らしい。せつない世界観がよく表れている。

うちのベランダにもいる、蚊やり豚。
そろそろ出番だな。
日本の夏、金鳥の夏。

留置所グルメ

2009年6月 1日 (月)

「あの留置所のメシはうまかった」 わざと逮捕される

 
兵庫県明石市のインターネットカフェで無銭飲食をしたとして、明石署は住所不定の無職の男(25)を詐欺容疑で逮捕した。同署によると、男は前日に長野県内の刑務所を出たばかりで、「以前捕まった明石署の留置場のメシがうまく、わざと逮捕された」と話したという。だが、同署の留置場は満杯で、男は淡路島の別の警察署で勾留(こうりゅう)されることになった。
 同署によると、男は出所した19日のうちに明石に来て、所持金のほとんどを新幹線代などで使い果たしていたのに、同日夜から翌20日朝にかけて7450円分の飲食などをした疑いがある。20日に逮捕された。移送のため明石署を去る際は肩を落としていたという。
 男がうまいと感じたのは、プレートに数種類の総菜や米飯が載った1食あたり393円の給食。明石署によると、淡路島の署も価格はほぼ同じという。明石署に給食を提供している業者は朝日新聞の取材に「味には自信はありますが、素直に喜んでいいのかどうか」と困惑していた。/2009年5月31日(日) asahi.com



そんなにうまかったのか……。

「メシが食えるからわざと捕まる」のはときどき聞かれる話だけども。
25歳はひどいやろ。ひどすぎるやろ。
ちょっと悲しくなっちゃうんだよな。

「味には自信がありますが……」の業者さん、素敵heart

秋のGW

2009年5月30日 (土)

9月の5連休、ツアー予約殺到・ホテルは満室
 
 新型の豚インフルエンザ騒動でキャンセルが相次いだ旅行業界で、9月19~23日の5連休に予約が殺到している。直近の旅行をキャンセルする代わりに9月の予約を入れる人が多く、人気の高いツアーやホテルはすでに予約がとりにくい状況だ。
 「今、海外に行って、万が一、風邪でも引いたら何と言われるか」。5月下旬に大阪市の旅行業者を訪れた会社員男性(43)は、6月に家族3人で行く予定だったハワイ旅行をキャンセル。同じホテルに泊まる9月19日出発のツアーを予約した。
 JTB西日本によると、ゴールデンウイークは新型インフルエンザの影響でキャンセルが平年の5倍に増加。兵庫や大阪で休校措置をとっていた5月18、19両日は、キャンセル数が新規予約数を上回った。ただ、その後は9月分の予約が急増。9月19~23日出発の海外ツアーの予約は昨年同時期の2.5倍、国内旅行の9月分も約2倍に増えた。
 同社広報室は「キャンセルと同時に9月の予約を入れる人も多く、過去に例のない記録的な予約状況」と話す。海外では3泊程度で行けるハワイやグアム、サイパンに人気が集中。国内では北海道や沖縄など比較的遠方が人気で、とりわけ9月20、21両日は予約で満室になるホテルが全国各地で増えている。
 ユニバーサル・スタジオ・ジャパンに近いホテル近鉄ユニバーサル・シティ(大阪市)なども20、21両日はほぼ満室。日本航空と全日本空輸によると19、20両日は沖縄、北海道などに向かう便を中心に大半の便が予約で埋まり、キャンセル待ちの状況だ。
 近畿日本ツーリストも「ここ数日、9月の5連休の予約が加速している。秋商戦でインフルエンザの影響を少しでも取り戻したい」(ブランド戦略室)と意気込んでいる。(上栗崇)/2009年5月30日(土)



いつの間やら「秋のGW」とでもいう風情の9月の連休。
今年は5連休ですって。
箱根でのんびりしたいような気がしていたものの、そんなに混み合うのじゃあ
大人しくしていたほうがいいのかも(春のGWの動物園で、痛い目に遭ったことあり)。

8月のお盆休み、そしてこの9月の連休のおかげさまをもちまして
涙がちょちょぎれる前倒し進行が続く。
みなさま、乗り切りましょうね。がんばりましょうヽ(・∀・)ノ

気分はもう10月。
てか、そろそろ年賀状案件が気になり始めております。

新人諸君、がんばりたまへ

2009年5月21日 (木)

Hokurikudennryoku_4若者よ、まず電柱に登れ……北陸電力の新人研修

高さ14メートルで大声で歌う新入社員=富山市西金屋

 北陸電力(富山市)で20日、高さ14メートルの電柱に登る新入社員の研修が同市内であり、配電職種の27人が命綱を頼りに電柱を一歩一歩登った。
 富山県内では昨年、カラスの巣が原因の停電が過去最多になるなど、電柱作業は多い。その作業も最近、高所作業車を使うことが増えているが、「登るのが基本」と毎年、訓練している。
 登り切ったところで記念撮影。電柱を揺らしたり、大声で歌ったりする「度胸試し」も。新人の一人は足を震わせながら「崖(がけ)の上のポニョ」を叫ぶように歌った。/2009年5月20日(水)



お世話になっているエディトリアルのデザイン事務所が、
このDTPの世にあって、新人社員に、
デザインアップに入稿用の指定をいちいち手書きさせていた。
このご時世では、作業の流れから言うと、それは全く不要なことなんだけども。
「それが基本だから」って。
ちょっとそんなことを思い出した。

編集でいうとなんだろう、新人には青焼き校正させるとか?
いや、入稿時に文字指定を打ち出した原稿に書き入れていくとか、かしらん。

たまにデザイナーのO氏とそんな話をすることがある。
ほんの少しの間に、雑誌編集の現場はずいぶん便利になった。
入稿時の文字指定、文字校了後の一括写真入稿に色指定……
その昔、雑誌の編集作業は、今よりももっともっと繁雑で、手数がかかった。
FAX.がまだ一般的ではなかった頃、先方確認は、電話口での読みあげ確認だった。
電報を使うこともあったっけなぁ。
「ポジ原稿の、飛行機の機体番号を印刷で修正してほしい」なんて印刷所に頼むと
「20万円かかるけど、ほんとにやります?」なんて、担当者に訊かれた。
「シワとって」「空を青くして」「この障害物をなくして」……
今、日常的に、どれだけの写真を、画像修正しているだろう。


かつてを知っていることは、ある強さになることもあるかもしれない。
でもそれを知らない代わり、
若い人たちは、古い人には想像つかないワクワクすることをたくさん知り、みずみずしい感性をもっている。
それでいいし、公平だよな。
だから、その感性を、大事にしてほしい。

新人さん、がんばれ。

ニッポンのGWが変わる!?

2009年5月14日 (木)

GW・休暇ずらして取得検討へ 政府、需給効率化にらみ

 ゴールデンウイーク(GW)は、どこへ行っても渋滞、行列――。こんな状況を打破しようと、連休・休暇の分散取得の検討に政府が乗り出す。経済対策を考える政府の有識者会議の提案がきっかけだ。
 政府は経済危機対策に「地域別の休暇取得の促進・分散化」を盛り込み、「旅行しやすい環境整備と宿泊施設の生産性向上から重要」と位置づけた。観光庁を中心に経済産業省、文部科学省、厚生労働省などによる会議を開き、議論を進める考えだ。
 首相官邸で3月にあった会議で、観光レジャー産業の星野リゾートの星野佳路(よしはる)社長が提案した。例えば、埼玉県は5月1週目、神奈川県は2週目、千葉県は3週目……と全国を8パターンに分け5~6月で休暇を取得する。麻生首相も「どういう問題があるの?」と身を乗り出した。
 経済界からは「GWはいくら飛ばしても足りない」(航空会社社員)、「閑散期の穴埋めのため、GWに高い料金を設定せざるをえない」(宿泊施設関係者)と、分散を求める声が星野氏の元に寄せられているという。
 ただ、観光庁は「新制度はシンボリックだが、地域ごとに祝日を変えるハードルは高い」と頭を痛める。「昭和の日」(4月29日)や「憲法記念日」(5月3日)の意義を見直す議論に抵抗も予想され、連休がずれれば教育現場への影響も考えられる。
 フランスではA~Cの3地区に分け、各2週間ある学校の春休みと冬休みをずらし、「子どもにあわせて親も休暇をとることが多く、道路や観光地の混雑防止策でもあるようだ」(在日フランス大使館)という。観光庁は、まずは小中学校の夏休みを地域ごとにずらす施策を検討し、自治体の教育委員会とモデル地区での試行を考えている。(山本桐栄)/2009年5月12日(火)



星野リゾートといえば。
おそらくみなさんもよくご存じの、軽井沢、東北、北海道をまたにかけた一大リゾートグループである。
あ、以前「放火した新郎」いましたね。あれはたしか小渕沢にある「リゾナーレ」だった。
弊社は、ガイド系でもブライダル系でも、非常にお世話になっているところで馴染みも深い。


で、こんな積極的な提案を、星野リゾートがなさっているところに、感じ入った次第。
あくまで攻めの姿勢。
しかも自分たちの利益だけでなくて、
国民みんなの恩恵(? たぶんね)につながるかもしれないデカイこと。
いい仕事してはるなぁ……。


で、で、GWの感じ、変わるだろうか。
変わるまでに何年かかるだろうか。

がんばれ、ニッポン。

観音菩薩と龍の入れ墨

2009年4月21日 (火)

17歳少女に入れ墨した疑いで彫り師逮捕

 18歳未満と知りながら少女に入れ墨をしたとして、神奈川県警相模原南署は16日、同県相模原市横山台2丁目、彫り師小形悦通(よしゆき)容疑者(27)を、18歳未満への入れ墨を禁じた同県青少年保護育成条例違反の疑いで逮捕したと発表した。
 同署によると、小形容疑者は昨年11月下旬、仕事場にしている同市内のアパートで、無職の少女(17)の背中に2時間ずつ2回にわたり、観音菩薩(ぼさつ)と竜の入れ墨を彫った疑い。同署幹部によると、彫り料は1時間1万円で、ほぼ背中一面に彫ったという。少女は友人の入れ墨を見て「かっこいい」と思い、同容疑者に依頼したという。/2009年4月20日(月) asahi.com



わたしの住む高円寺のルック商店街には、古着屋に並んでタトゥーショップなんかもある。
「タトゥー」といわれ始めてから、入れ墨もずいぶん市民権を得たように思う。
タトゥーなんて、もはやファッションに近い。

この話を読んで、知人の彫り師を思い出した。
彼はいわゆる本物の彫り師で、“その道”の方々への彫りを本職にしている。
タトゥーなんて、なまっちょろいものではない。
和彫りとも呼ばれる本物の刺青は、柄もさることながら、彫りの深さもぜんぜん違うのだと聞いた。
だからその道の人たちの彫りって、半端なく痛いらしい((((゚д゚;))))

彫り師の彼は、不器用そうだけれどあたたかく、ファンキーなんだが
仕事にはめっぽう厳しい人で、曲がったことを許さない(たぶん。社会規範という意味ではなくて)。
「彫ってほしい」とやってきた若い子に、こんこんと説教してうちに帰した……なんていう話も飲み屋で聞いたことがある。
「親からもらった大事なからだにキズをつけるんだから、遊び半分でやるもんじゃないし、
ファッションなんてとんでもない」と彼は言った。
17歳の女の子に……なんて聞いたら、激怒を通り越えて、どうなるだろう。
もしも弟子がそんなことをしでかしたら、即刻破門だろうしな。


観音菩薩と龍の刺青……確かにカッコイイ図柄。憧れる気持ちもわかるけどね。
安すぎるのも気になるぞ。
一生背負うことをよくよく考えて、誰の作品背負うか考えたほうがいいんじゃないかなぁ。
もしわたしが彫るなら、真剣考えちゃうけど。
後悔してからじゃ遅いんだから。

着ぐるみが好きだ

2009年4月18日 (土)

ラッキーパンダ、会えたら大吉 所沢を練り歩き10年

↓カメラを向けTky200904170069 られポーズをとるラッキーパンダ=埼玉県所沢市の所沢航空記念公園

 出会ったその日はラッキーになれる――。神出鬼没の着ぐるみキャラクターが、埼玉県所沢市で人気だ。その名は「ラッキーパンダ」。「まちの人々に笑顔を」と始めた活動は今年で10年になる。
 ある晴れた日の朝8時過ぎ。所沢市内の大通りをパンダが手を振りながら歩いていた。ペロッと舌を出した、おどけた顔、胸には幸福のお守りの四つ葉のクローバー。
 会社や学校へ急ぐ会社員や学生らは、驚いたり手を振ったり。通勤途中の女性から携帯電話のカメラを向けられると、すかさずポーズをとる。保育園の前では、「ラッキーパンダー」と子どもたちの大きな歓声が飛んだ。
 ラッキーパンダは、月に2、3回、朝の通勤・通学時間帯に市内の所沢航空記念公園周辺に出没する。イベントや商品のPRはしない。「ただ歩く」だけ。ただ、雨にはめっぽう弱い。
 同市在住の漫画家、双団平(そう・だんべい)さん(45)が生み出したキャラクターだ。99年12月、営むギフトショップの宣伝用に、パンダの着ぐるみに、チラシ入りのティッシュを配りに行ってもらうと、子どもたちが群がってきたという。
 「普通にまちを歩いた方が喜んでもらえるかも」
 00年2月ごろから、まちを歩くようになった。初めは名もないただのパンダだったが「会えれば、その日はラッキーになれる」とのうわさが生まれ、「ラッキーパンダ」になった。
 2年前の2月、自転車に乗った男子学生がすれ違いざまに声をかけてきた。「パンダ、受験頑張ってくるよ」。間もなくラッキーパンダのホームページの掲示板にこんな書き込みがあった。「パンダに会えてテストが思ったよりできた。合格発表の日にも会いたい」
 一方で、不審者に間違われて警察に通報されたことも。静岡県で、子どもがリスの着ぐるみを着た男にわいせつ行為をされる事件が起きた時、周囲から「やめた方がいい」と諭された。けれども、双さんは「ここでやめたら『変わった人』で終わってしまう。続ければわかってくれる人もいるはず」。
 まちを歩き続けて10年、存在は広く知れ渡り、地元のイベントに呼ばれたり、タウン誌に紹介されたり。01年からは地元の地方新聞に4コマ漫画も描いている。
 「小さな幸せに、気づいてもらうきっかけでありたい。閉塞(へいそく)感から、人々の心に余裕がなくなっているように思う。まだまだラッキーパンダは必要ですね」(中野龍三)/2009年4月17日(金)


ラッキーパンダ。
道で会ったら、やっぱりわたしも写真撮るだろうな。
普通に歩いていたら……。
想像するだけでもう、うれしくて胸が張り裂けそうだ。

なぜか着ぐるみに弱い。動く人形系には心底ヤラれてしまう。
子どもの頃から人形に囲まれて大きくなったのだが、当然、人形には魂があると思っていた。
アニミズムのなかで育てられたので。
いや、正確には、今もあるとホントは思っている(ま、人形だけじゃないんだけど、長くなるのでまた今度)。

だもんで、人形が動いたりするのを見ると、感極まってたまらなくなるのだ。
「人形が動く」といえば、今はなき「宝塚ファミリーランド」の人形館も大好きだった。
世界各国の人形が踊っているなかを、フロートに乗って進んでいくというもの。
子どものころ、行くたびにうれしくてよく泣いた(5~7歳)。
そういえば大阪の花博に勤務した初日、デイリーパレードのフロートに乗った着ぐるみを見て、
涙が止まらなくなったことがあったな(25歳当時。遠い目)。

道でばったり着ぐるみに出くわしたりすると……本当は抱きつきたい。
イタイ人みたいだからやらないけど。衝動を抑えるのにちょっと必死だ。
先日事務所の近所でローソンがオープンして(どうでもいいけど、300メートル以内に4軒のコンビニはどうよ)、
からあげクンが立っていた。
それがからあげクンだとしても(からあげクンはブツなので、人形やぬいぐるみのカテゴリーと微妙に位相が違うのだ)、
胸がきゅんと締めつけられるのに変わりはない。
自制して抱きつきはしなかったけれど
寄っていって、「写真、撮っていい?」と聞くと、ポーズをとってくれた。からあげクン、やさしいぞ♪
「見る?」 撮った写真を披露しようと、携帯の画面を見せたら
「あれ、見えない、見えない」と、着ぐるみのなかから声がしておかしかった。
その声で、わたしの夢は軽くこわれるんだが。ま、いいか。

着ぐるみの帝王といえばミッキーマウス!(着ぐるみといったら、本当は某団体に大目玉くらいます) 
ディズニーランドに、プライベートで行ったことはないけれど。
カレと会うのはいつも全部仕事だけど。
間近で触れるとあの魅力はたまらない。キュートだし、紳士だし、カッコイイし、でもかわいいし。
一回会うと、もうダメだと思う。恋に落ちる。

待ち合わせて(ミッキーと!)撮影させていただいたことがあるけれど、
ポージング完璧! 目つぶりナッシング! どんなモデルよりもスゴイ。
ロールが全部使える!!! 最高のプロ根性で惚れまくった。

……一度、ディズニーランドに「遊びに」行ってみたいなぁ。
バリのリッツ・カールトン(「アマナリゾート」に名称変更)にプライベートで行って、
思いきりリゾートしたいのと同じ。なんならバリじゃなくて、ハワイだって構わない。
行ったときにはいつも、あの非日常的な空間を尻目に徹夜の作業を繰り返し、
目の前に広がるリゾートはただの背景になってと、
忙殺されているから、
一度のんびりリゾートしてみたい。それがわたしのリベンジ(遠い目)。

某健康雑誌(休刊)の編集長が、今、そのアマナリゾートで奥様と滞在中だ。
旅行の前に、「館内のキシックバーのディナーはおすすめです」とアナウンスしてたのだが。
「“キシックバー”、すばらしかったですよ」と、携帯に彼からメールが届く。
バリ島、現地からでR。
うらやましすぎるぞぉ。


↓で、ミッキーじゃなくて、からあげクン。不憫だな。街で見かける不憫ちゃん探しが好きだ。

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2009年4月14日 (火)

重ねると皆既日食のように見える「パイの実」

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「パイの実〈塩バニラアイス〉」
 
ロッテは、国内では46年ぶりとなる7月の皆既日食に合わせ、連動企画商品「パイの実〈塩バニラアイス〉」を21日から全国で発売する。今回は表面が小麦色で通常時の太陽をイメージ。7月には、片方の面が濃い茶色の皆既日食を模した「パイの実」を売り出すという。店頭想定価格は税込み168円前後の見込み。 /2009年4月13日(月)


「コアラのマーチ」のまゆげコアラとか、レアな絵柄仕掛けていたっけなぁ。
遊び心たっぷりなんだよな。
ロッテという会社は、素晴らしい会社だと思う。
どうしてこういうばかばかしいことを思いつくのか。商品化しようとするのか。
真にリスペクト。皆既日食の「パイの実」だなんて、なんて素敵なんでしょう。

皆既日食ね。
どこで見る、どこへ行く、なんていうプランをちらほら聞くようになっているけれど
……きっと東京だろうな、わたしは。

マクド好きですが、なにか?

2009年4月10日 (金)

マック、過去最高益更新 100円商品、節約志向と合致
日本マクドナルドホールディングスが4日発表した08年12月期連結決算は売上高が前期比2.9%増の4063億円、純利益が58.5%増の123億円と、いずれも01年の株式上場以来で過去最高を更新した。100円メニューや期間限定割引などで節約志向を強める客を取り込んだ。
 24時間営業店が全店の4割を超えた効果もあり、既存店の売上高、客数はともに4%増えた。割安感を打ち出したホットコーヒーやフライドチキンなど「100円・120円マック」商品の販売数量は25%も伸びたという。新規出店分を含めたチェーン全店の売上高は4.9%増の5183億円と、外食企業で初めて5千億円を超えた。
 09年12月期も増益を見込むが、原田泳幸社長は記者会見で「今年ほど先の見えない年はない。もっと低価格で質のいいものが求められる時代がくる」と強調。まだ大都市の一部店舗でしか提供していない大型ハンバーガー「クォーターパウンダー」の扱いを全国に広げる一方、100円マックや朝食メニューも拡充し、「客の関心を引き続けたい」(関係者)という。 /2009年4月9日(木) asahi.com



携帯で、「毎日.jp」を見てはいるんだが、ニュースの検索性がいいのって、「asahi.com」なんだな。
というわけで、「毎日」に変えるぞ、と宣言したにもかかわらず、
ついasahiに戻って、経済情報を収集してしまうわけです。

今日はマクドナルドと並んで、ユニクロの黒字も過去最高をたたき出していて、面白かった。


で。マクドナルドはヘビーユーザー。売り上げには充分貢献している。
ヘタすると1週間に二度三度、入ることがあったりして。
あの空間。エレガントじゃないからやめようとは思うものの、超便利。
アポイントもとれれば、原稿も書ける。長居しても文句言われない。安い。速い。
夜明けも深夜もお昼間も、オールウェイズ・エブリディ、助かる、助かる、ソーサンキュー!
基本はチーズバーガーだけども。朝マックの「エッグマックマフィン」も大好き。
毎年9月に登場する「月見チーズバーガー」を待ちわびるワクワク感もたまらない。
なんだかんだいっても、マックのフライドポテトは、ファーストフードでいちばんおいしいし。

しかし最近は、モスバーガーの新定番、国産肉100%・国産野菜100%がウリの「とびきりハンバーグサンド(第2弾)」も気になっている。
成績もいいようで。各所で大評判。行かなくちゃ。食べなくちゃ。
モスには頑張ってほしい。でも、最近の広告、ひと頃よりも勢いがないな。
1990年頃のモスの広告が好きだった。ひさうちみきおさんがキャラ描いてた時代。

でもっ。いちばん、もっとも好きなのは、
佐世保バーガーでおなじみ、ザッツ バーガー カフェの「アボガドチーズバーガー」。
もう、こりゃ別格。高いけどね。アボガド1個使いました風のハンバーガーは
「あしたはお肌もとぅるんとぅるん」な幻想さえ抱かせてくれる。
しかもポテトは2タイプから選べて、細切りは……マクドより格上。

あ……出ちゃった。「マクド」。関西人なんです。
「そんなにマックばっかり、からだに毒ですよ」と、何度言われたことだろう。
でも、わりと、元気よ(*^_^*)

国会議事堂見学ツアー

2009年4月 9日 (木)

国会見学:ツアー客が50倍 シニア世代に知的刺激

20090408k0000e010068000p_size5日帰りツアーで国会見学する人たち=東京都千代田区で、佐々木順一撮影


 西松建設の違法献金事件で、国民の政治不信が募るなか、国会見学が人気を集めている。旅行代理店やツアー会社がシニア世代をターゲットに、団体見学を企画しているのだ。なぜ今国会? 【高本耕太】

 ツアー会社などによる団体見学者は急増している。08年は964団体4万273人。18団体762人だった07年から50倍以上になった。この数字に国会議員が支持者を直接招待した人数は含まれていない。
 国会の衆院参観入り口。3月19日午前11時に、50~60歳代の首都圏在住の男女計25人が集まった。「ここは国会の『赤じゅうたん』です。ふかふかでしょう」
 「皇族用のトイレです。これまで一度も使われていません」
 国会に精通したガイドの説明に「ここ、テレビで見たことがある」という歓声があがる。
 東京都千代田区永田町の高台にそびえる国会議事堂は、戦前の広田弘毅内閣時代の1936年に完成。地上3階(中央部4階、中央塔9階)建ての「白亜の殿堂」は当時、日本一の高さ(65.45メートル)を誇った。廊下は赤いカーペットが全長4.6キロにわたり敷かれ、内装には唐草模様のステンドグラスや透かし彫りの送風口など、大正~昭和の技術の粋が尽くされている。
 国会の廊下で、自民党の大島理森国対委員長とすれ違ったツアー参加者は「あ、あの人よ」とざわつくが、議員名が出てこない。国会の後は隣接の憲政記念館で、尾崎行雄ら憲政功労者の展示などを見学。その後、近くの高級ホテルのレストランで、「豪華和洋バイキング」を楽しんだ。3時間余りのツアー代は5800円という。
 国会見学を行う旅行代理店やツアー会社は数社ある。「ぽけかる倶楽部」(東京都中央区)は昨春から「社会見学~大人編」と銘打った企画を手掛けた。キャッチコピーは「国会に行こう! めったに見られない衆院見学」。
 100以上ある同社の企画で、国会見学はシニア世代を中心に、一、二を争う大人気ツアーだ。卓球サークル仲間7人と参加した東京都江戸川区の主婦、佐瀬文子さん(66)は「1人ではなかなか来られないので、広告を見て、皆を誘いました。大満足です」と笑顔を見せた。
 景気後退からか、「安近短」と呼ばれる都心の日帰り観光ブームが続く。国会見学が人気を集める理由を、「ぽけかる倶楽部」の奥谷恭一営業本部長は「シニア世代は楽しさや美しさだけでなく、知的好奇心を満たしたいという欲求が強い。最近、国会を巡る報道が多いことも、人気の一因では」と分析する。
 衆院は01年の同時多発テロ以降、議員紹介のない参観者を受け付けていない。ツアーで入れるのは、旅行代理店が議員の紹介をもらっているためだ。参加したある女性は「これだけ立派な所で仕事しているのだから、いい政治をやってもらわないとねえ」とつぶやき、国会を後にした。/2009年4月8日(水) 毎日.jp



先般、雑誌『GQ』の取材で、国会議事堂の前で写真撮影をした。
ワクワクするような建物だけど、わたしがもっとも心惹かれるのは、あの内観。


TVのニュースで時折見る、国会議事堂の内観の美しいことといったら!
録画して静止画で見ているわけではないから、印象でしかわからないけれど
あめ色に輝く、時を経た木の感じ
ステンドグラス的に美しい天井の細工
階段の手すりの職人技の光る細工……
見事な西洋建築は、どこをとってもため息もので
ほんの数秒間流れる画像を見ながら、「本物、見たいなぁ……」と、うっとりする。

明治から昭和初期に建てられたモダンな西洋建築の粋を極めているといった風情。
なんでも、使用されている建材は、すべてが国産品なのだそう。
贅の極みである。
目にするたびに、心が躍っていたから
見学ツアーが人気なのもよくわかる。
わたしだって行ってみたい。
夜の動物園並みに、国会議事堂は行ってみたい場所のひとつだ。


そうそう。国会議事堂は、東京の建築遺産50選に選ばれている。↓ ↓ ↓

東京の建築遺産50選 

http://www.tokyokenchikushikai.or.jp/tatemonomap/tokyo50/t06/t06.htm

エイプリルフール

2009年4月 3日 (金)

魚が泳ぐと発電? 紙の新聞放棄? 4月1日英メディア

【ロンドン=大野博人】エープリルフールの1日、英メディアでは「新時代到来」を告げる報道が相次いだ。
 デーリー・テレグラフ紙は、魚の泳ぎが起こす水の動きをとらえて電力に変えるシステムが開発されたと紹介。日本のテクノロジーを利用しており、平均的なサケが100メートル川をさかのぼる際のエネルギーで紅茶18杯をわかせる、としている。
 デーリー・エクスプレス紙は、英国で自動車のボディー用の特殊なフィルムの発明を報じた。速度違反取り締まりカメラに写らなくする効果があるという。
 ガーディアン紙は、メディア環境の変化に対応し、紙の新聞発行を全面的に放棄。トゥイッターという急速に普及中の一種のソーシャル・ネットワーキング・サービスだけで報道を続けると宣言した。
 いずれも、一般記事に潜り込ませる形で掲載されたが、冗談が許される4月1日ならではの記事だった。/2009年4月2日(水) asahi.com


今年のエイプリルフールは、誰にもウソをつかなかった。
ついでに去年も、誰にもウソをついていない。

エイプリルフールに、素敵なウソをつけるのって、しあわせのひとつの目安のような気がするぞ。
暮らしの安定(精神の安定か?)のひとつの目安といってもいいかもしれない。



来年のエイプリルフールは、罪のないウソをつける自分になることを目指すことにした。

るるぶ長野・善光寺

2009年4月 2日 (木)

無病息災なでられ300年 座像の修理完了 長野善光寺

 長野市の善光寺本堂(国宝)に安置されていた木製座像「びんずる尊者」が一時、東京芸大に修復に出され、1日、再び元の場所に戻された。
 病気やけがを治す仏と言われ、なでた部分が治るとの信仰がある。約300年間なでられ続け、すり減ったり、ひび割れたりしたため、昨秋から一部を直していた。
 寺では5日~5月31日、数えで7年に1度、前立(まえだち)本尊を拝める御開帳がある。前回03年は628万人が参拝した。びんずる尊者はまた、身を粉にする日々が始まる。/2009年4月2日(木) asahi.com

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というわけで、手前味噌ですが、弊社が編集させていただいた『るるぶ長野・善光寺』。
強烈な表紙は扇谷デザイン事務所。
すごいなぁ。近くから見たらもう、なにが書いてあるのかよくわからなくて(老眼か?)
遠くからだとすこぶる目立つ(扇谷さん、球種多いですね。驚きます)。
るるぶって、すごいな。
るるぶ……「食べる」「見る」「遊ぶ」の語尾を取ったJTBパブリック製の旅行ガイドブック。
『るるぶ長野・善光寺』の奥付見ると……弊社の、わたし以外全員のクレジットがあるじゃん。
みんなものすごく忙しそうだったものね。お疲れ様でした。
すみませんねぇ、仕事してなくて(してますってば!!!)


で、善光寺。
7年ぶりのご開帳だそうで、行きたいのであります。旅情を駆り立てられるのであります。
行ったことないんだもの。
「びんずる尊者」、拝見したい(最近、仏像マイブーム)。
300年間撫でられ続けて、願いを聞き届け続けて……えらいなぁ。
ご苦労様ですと、ひと声かけたい気分120%。

agehaちゃんに刺さるかしら?

2009年4月 2日 (木)

「盛り髪」花盛り 卒業式で成人式で 発祥は夜の街

Tky200903280143_2←卒業式を終えた大学生3人組は和装に合う抑えめな盛り髪=21日、東京・渋谷、遠藤真梨撮影


夜の街で働く女性らの間で誕生したヘアスタイル「盛(も)り髪」が、成人式や卒業式などの装いでも見られるようになった。華やかさとかわいらしさで、20代の「ふつうの女の子」の間に、静かに浸透しているようだ。春の街に「盛り髪」現象を探した。
 サクラが開花した東京。若者が集まる渋谷のセンター街で卒業式を終えたばかりの女子大生3人に出会った。華やかな色のはかま姿を盛り髪が引き立てる。ボリュームを抑えた「和風盛り」だ。3人が口々に言う。「全部をまねするとキャバクラ嬢みたいになっちゃうけど、部分的に取り入れるのはOK」「巻いて盛るとテンション上がる」「かわいいし、楽しくなってくる」
 「盛り髪」は3年ほど前から夜の街で働く女性の間で広がり始めたという。いち早く取り上げ、夜の街で働く女性のメークやファッションの参考書的な雑誌が「小悪魔ageha」だ。05年11月にスタート。徐々に売り上げを伸ばし現在は月刊35万部(公称)を発行する。「盛り髪」の作り方や「デカ目」にするメークを詳細に手ほどきしている。
 紙面を飾るモデルはすべて読者。職業はショップ店員、トレーラー運転手、夜の街で働く女性、大学生など様々だ。編集長の中條寿子さん(31)は、「決して夜の仕事を勧めているんじゃありません。派手なファッションですが、読者も自分でモデルはつとまりそうだと感じるようです」という。
 agehaモデルの中でもカリスマ的存在が桃華絵里さん(27)だ。タレント業の他に、オリジナルブランドを作って、ドレスやサンダルなど約200点の商品を通信販売で扱う。設立2年目で月間2600万円の売り上げという。モデルとして表紙を飾り、1児の母として子育てにも奮闘する様子は自身のブログ(
http://ameblo.jp/momokaeri/)でも紹介され、若い女性の共感を呼んでいる。
 桃華さんは言う。「agehaの世界では、キャバ嬢やバツイチといった経歴や、盛り髪、バサバサにしたまつげメークなどがすべて受け入れられる」
 東京都足立区の美容室「HAIR ISM」のヘアスタイリスト吉田潤さん(41)。カリスマ盛り師と呼ばれる。髪をくしで束にしてすくい取り、スプレーで固め、アメ細工のかごのように組んでいく。手際がいい。約20分で完成したのは細い髪束を幾重にも重ね絡みあわせた「スジ盛り」。ふわふわと逆毛を立て頭頂部を大きく盛り上げる「盛り髪」のバリエーションは無限大だ。
 一見奇抜に思えるスタイルだが、「盛り髪は日本の結い髪、文金高島田を軸にアレンジさせたもの」と吉田さん。実際に盛り髪をスタイリングするときも、美容師の母親から譲り受けたつげぐしを使いセットする。「若い人は古いものがかっこいいとわかっている。でも古き良きだけではだめ。自分流の何かを加えて自分たちのスタイルにしてしまう力はすごい」と話す。
 「女はなぜキャバクラ嬢になりたいのか?」などの著書がある三浦展さんが解説する。
 「若い女の子の場合、不況で経済的に苦労する親の姿を身近に見て不安定な時代の雰囲気を感じている。見本となる理想像が見えにくいなか、女性が自立して稼いでいける職業のひとつとしてキャバクラ嬢がある。偏見の垣根を越え、職種のひとつとして認識が芽生えていることも、そのファッションが受け入れられている理由のひとつではないか」(遠藤真梨) /2009年3月28日(土) asahi.com



金曜日の打合せのあと、しょうちゃんに「マリさん、『ageha』読んでます?」と聞かれた。
「『ageha』? チラ見だけ……」
「じゃあちゃんと読んでくださいよ」
「買ってきてよぉ」
というわけで、『小悪魔ageha』だ。ちゃんと見た。こりゃすごい。
お金がかかってるのか、かかってないのか、よくわからない。
とにかく機動力が圧巻。
しょうちゃん的には「キャッチがサイコーに面白い」らしく
たしかに
「色気をおかわりで発情期の黒ネコheart01
「毎日忙しいからたまにはお花になるheart01」……これ、ファッションスナップの小見出し。
小見出しの最後は全部、ハートか★。
シロ場ナシ。バックはイチゴ模様が敷いてある。
おっとー、写真の中にも光りモノのイラストいっぱいだぁ!
すべてのページがキっラキラ。
眺めていると笑いがこみ上げてくる。

アイメイクは原寸大、3ミリとか4ミリとか、細かくサイズ指示付き。
……ん? どっかで見た、やった、なんだっけ? 超既視感。
S代の「コピーをとって5倍にすると原寸大になるよ」の餃子特集か?
超情報誌の手法と、てんこ盛り系ファッション誌と、女性週刊誌と、
あと独特のエロカワ&キラキラセンス……なんだろう、これ。おもちゃ箱みたいだ。
バンバン机を叩きたくなるくらいおもしろい。

広告はわっさわっさ入ってるし(うらやましい~)。
奥付なんて、それ用のビジュアルバッチリで泣かせてくれる。
目下の疑問は、モデルの目の中の光が、レフ板なのか、印刷なのか!?
とにもかくにも35万部(公称)。これがひとつのマス、王道なのだ。

ベクトルは異なるけれども、絶対値はきっと一緒な肉食女子たちよ。
肉食女子。
今、日本のまんなかにいるのは肉食女子かもしれないな。
彼女たちにちゃんと刺さる本、消費してくれる本、作れるかな。
ん~、がんばりますかぁ。

しょうちゃん、頼みにしてるわよ。

「派遣」には2種類ある

2009年2月 6日 (金)

「派遣切り」使わないで 派遣協会が報道機関に要望

 人材派遣会社でつくる社団法人「日本人材派遣協会」(東京)は20日、「派遣切り」という言葉を使わないように要請する文書を各報道機関に送った。「契約の中途解除を指すはずなのに、契約終了後に更新しないことも含めて使われている。『切る』という言葉自体のイメージもよくない」としている。
 厚生労働省は「派遣切りという言葉について定めたことはない」と話している。
 派遣協会は「派遣切り」について、「派遣元と派遣先の間での契約の中途解除」のことだと主張。契約が終わった後に更新しないのは派遣労働者の「雇い止め」であって「派遣切り」ではないとし、「報道で多く使われている用語は正確さを欠く」と訴えている。
 協会企画広報課は「最近の報道ぶりのせいで、派遣労働者から『誇りを持って働いているのに、派遣だというだけで同情される』という声が寄せられている」と話している。同協会は、業界全体の約1割とされる819社で構成される。/2009年1月20日(火) asahi.com


ちょっとタイムラグがあって恐縮だけど、昨日もランチ時に派遣問題の話になったので
ついでに挙げておこう。


たぶん、この記事を読んで「“派遣切り”とか問題になるけど、なんか違う。やっぱ“派遣”ってぜんぜん大変じゃないやん。むしろ感じ悪いやん」と感じる人は少なくないと思う。
でも、それはちょっと違う。

まず、今の「派遣」は大きく2種類に分けられることを理解したい。


1バブル期から続いている派遣社員
 正社員になって会社とつながってるのなんて、不自由でイヤ。それに手取りも少ないし。
 派遣で自由に働くほうがスマート と、自ら選んで派遣をやってる人たち
2製造業派遣従事者

 小泉政権時代に製造業派遣が認められるようになり、

 派遣という労働スタイルしか選べなかった製造業従事の人たち

「自分で選んだことなんだから、今さら苦しいとかしんどいとか言うのはおかしくないか?」
と言われちゃうのは「1」のほうだし
「1」の多くは今でも、紹介記事のように元気に働いている。
一方、ほんとうに救済を必要としているのは「2」のほうだ。
同情されるのはいやとか言う前に、「暮らしをなんとかしてよ」と言いたい人たち。

2つが混乱するから、なんだかへんな世論になっちゃってる。
「1」の人が元気な主張をすることで、「2」まで被害を被っちゃう。
ま、「1」からみると、「2」のせいでイヤな思いをしていることになる。
困ったもんだ。
でも「2」はね、大多数で本当に救済が必要になってきているんだけどな。
それも業種によるといえばそれまでだけど。
この区分を、もっとわかりやすく報道してくれたらいいのに。
問題は、製造業派遣なんだ。

就任演説のライター

2009年1月21日 (水)

大統領主席スピーチライターは童顔の27歳
【ワシントン=梅原季哉】大群衆を前に20日、就任演説を披露したバラク・オバマ米大統領の首席スピーチライターは、27歳の若者ジョン・ファブローさんだ。大学生と間違えられるような童顔の持ち主だが「オバマ語」を完全に操り、ボスの意をくんで文章を磨く能力は抜群だという。
 米メディアの報道によると、2人の出会いは04年夏。イリノイ州議会議員で連邦上院選に出馬していたオバマ氏が基調演説者として、中央政界での鮮烈なデビューを飾った民主党全国大会だった。
 当時、大統領候補だったケリー上院議員のスピーチライターを務めていたファブローさんは、舞台裏で基調演説の練習をしていたオバマ氏に、「その言い回しはこうした方がいいですよ」とおせっかいを買って出た。オバマ氏は驚きながらも才能を認め、大会後、自分のスピーチライターに抱えたとされる。
 オバマ氏は通常、重要な演説をする前には、まず自分の考えをファブローさんに口述。ファブローさんがそれを文章にまとめて草案にし、さらに2人でキャッチボールしながら磨く。今回の演説の準備は昨年11月の当選後まもなく始まり、ファブローさんは最近は徹夜に近い状態が続いていたという。/2009年1月21日(水) asahi.com


夕べの大統領就任式のときの就任演説で、27歳スピーチライターの存在を初めて知った。
放送中、アナウンサーが、「ライターは27歳の○○××」と言ったのを聞いて、にわかに我が耳を疑った。
就任演説の文面に、ライターの存在を明らかにするというのが、信じられなかったのだ。
デカイな、アメリカ。

「第三者が考える文章なんてオバマ氏の意志ではない」と言う人もいるかもしれない。
でもそれはちょっと違う。
当人が温めている思いを、それ以上にきちんと人に伝わる言葉を選んで、伝える。
それは難易度の高いことだ。でも、プロの物書きって、まあそんなもんじゃないか?
それにしても、27歳で、あの説得力のある文面……。すばらしいことこの上ない。
いい仕事をするなぁ。

夕方、のんちゃんとマクドナルドでハンバーガーを食べながら、昨夜の就任式に話が及んだ。
「アメリカはすごい国ですね」とのんちゃんが言うので
「たしかに世界中の人から“すごい国”だと思ってもらいたいだろうけど、ほんとうにすごいかどうかとは少し違うかもね。
あれは一国の大統領の就任式であって、それ以上であっても以下でも困るよね。
アメリカの大統領が、世界を統一するわけじゃあない。
そこを勘違いしないようにしないといけないねぇ」なんて話をした。

のんちゃんと話をしていたら「イスラエルは悪」「ガザは善」に傾きつつあったので
これもまた「そう断言することは危険です」という話をしたんだけど、
わかってくれたかなぁ。

物事を一定の方向から眺めると、きわめて危険。
ひとつの情報だけで、状況を判断するのも不足がある。
たえず柔軟で、フラットな目線を持ちたいものです。
そして、自分の目に映るものだけが正しいなんて思っちゃいけない。
見えない真実だって、世の中にはたくさんあるっていうことだ。

うまく言えないな。

つまり。

今我々が見聞きする世界は、真実のごく一部にすぎない。そんな感じかな。

脱ホームレス、超リスペクト!

2009年1月12日 (月)

脱ホームレス、10年ぶりの家 札幌・雑誌販売でお金貯め

 札幌市で10年間ホームレスだった志村孝市(たかし)さん(48)が11日、新しい部屋で人生の新たな一歩を踏み出した。自立の助けとなったのは、大通駅地下ブースでの雑誌販売だった。
 志村さんが市内の家を出たのは99年1月10日。ギャンブルによる借金で家賃を滞納し、勤め先の会社にもいられなくなった。居場所を探してたどり着いたのは札幌駅だった。
 最初の1、2年は着の身着のまま徘徊(はいかい)。冬の夜は雪のない狸(たぬき)小路のアーケードを歩き回り、昼間に地下街などで体を休めた。3年目からは支援団体「北海道の労働と福祉を考える会」の協力で炊き出しや散髪、健康診断も受けるようになったが、収入は拾った雑誌などを売った分だけで満足に食事も出来なかった。
 一昨年、札幌でも販売が始まったホームレス自立支援雑誌「ビッグイシューさっぽろ」の販売員になって「家を借りる」という目標ができた。定価300円のうち160円が収入となる。少しずつ貯金し、家賃が月2万5千円の部屋を契約した。
 今は札幌市の許可を得て大通駅地下コンコースで交代で働く。12月から3月までの試験販売だが、売り上げは路上の2~3倍。「この販売員をすることは、ホームレスを宣言しているということ。プライドが邪魔して出来ない人も多いけど、ちゃんと食事が出来る生活がしたかった」と志村さんは言う。
 もう少し早く部屋を借りることも出来たが、10年の節目にこだわった。最後の夜はネットカフェで体を休めた。「10年前はネットカフェも100円均一ショップも駅の地下街も、こんなに発展していなかった。長いような短いような10年だった」
 新居はロフト付きの8畳間。支援者が炊飯器や食器をくれた。「カセットコンロも買わないと」。10年ぶりの「わが家」で脚を伸ばした。(吉本美奈子)


電車のなかで大泣きしそうになった記事。
がんばった。志村さん、えらいよ。

ゲーダイの1年先輩だった夫と東京で再会したとき、

彼には金がなく(かろうじて仕事はしてた)、家がなく(友人宅に居候)、前歯もなかった。彼35歳。
もとより、ミュージシャンになろうと上京したての二十代半ばには、「代々木公園に住んでた」というような人なので
(郵便局の配達員が「代々木公園内山様」で、届けてくれてたっていうから不思議)
あるものがなくても、そんなにこたえてなかったのかもしれない。
でも、あと3年出会うのが遅ければ、新宿駅のホームレスに、彼が加わっていた可能性は充分ある。

一昨年だったか、夫の債務処理をした。ゼロに戻った(と思う)。
それは利息過払いの当然の権利なのだが、

弁護士事務所で夫は「借りたものは返さないと悪い」と、うわごとのように言っていた。
「だから、返してるの、とっくに!!」ということを理解させるのに、かなりの時間を要した。

翌月の返済がなくなったとき、彼は初めて目を輝かせたのだ。
奇しくもこの年は、ほかにも数件、債務処理を進めることになった(いったい何屋だ、わたし)。
そこでも似たような発言が聞かれたのには少なからず驚いた。
日本中で、こんなお人よしたちが、不条理な債務に苦しんでいるかと思うとぞっとする。

一度ボンビースパイラルにはまってしまったら、抜けるのはほんとうにたいへん。
世の中、お金のある人にだけ、金が集まるようにできている。
貧乏人が挽回する(正しくはゼロに戻る)チャンスは、ほとんど皆無に等しい。
負けない気持ちと、

分の悪いことを地道にやり続ける……ある種、理不尽さを「感じない」鈍感さ(やりすごせるたくましさ)、

誘惑に乗らない強靱な精神力、

そしてどん底の状況に「慣れない」強い自分とを備えていなければ、ほとんど無理。

それは、どんな状況下でも、自分の力を信じられることなのかもしれない。
でも、志村さんみたいに、ゼロに戻せる、やり遂げた人がいるんだよなぁ。
10年かけて、だ。

その労力、精神力を思うと、志村さんをリスペクトせずにおれない。
絶望のなかでの立て直し。自分に同じことができるかどうかは自信がない。
できる自分でありたいとはいつも思うけど。

どんな場所でも状況でも、たとえ逆境でも、夢を描き続けられる人でいたい。

ついでに、この手でつくりだす作品が、裕福さの副産物であってはならない。



ギャンブル、酒、借金、倒産、ホームレス。
たとえもしも一度手厳しく失敗したとしても、
挽回できるチャンスがちゃんとある世の中であってほしいと思う。
そこからはい上がることのできない構造を、世の中が作っちゃだめ。
だれかの人生を全否定するような世の中であってほしくない。

メールもいい。手紙もいい。

2009年1月 9日 (金)

えっ!?立山「連邦」 富山で販売の記念切手に印字ミス
Tky200901080220 印字ミスのあった記念切手=郵便局株式会社北陸支社提供
 

 富山県内で5日に発売された記念切手に、「立山連峰」を「立山連邦」とする誤字が見つかった。発行元の郵便局株式会社北陸支社は販売を一時中止した。
 雨晴海岸から望む立山連峰や、同県高岡市のゆるキャラ「利長くん」など10種の図柄で1セット。郵便局職員が販売初日の夕方に気付いたが、568枚が売れていた。
 切手としては使用可能だが、同社は文字を訂正して再発行する方針。無料で交換にも応じるという。だがプレミア化は確実で、買った人には思わぬお年玉? /2009年1月9日(金) asahi.com


きれいな切手は大好きで、よくシート買いする。
シートのすみに並んだ、使用特色のインクマーク(色マルのポチポチ)。
特色8色なんかで作ると、気持ちいいだろうなぁ なんて、うっとりする。
編集者になりたての、二十年前のこと。
「郵政省に切手の企画の提案するっていうのはどうだ」みたいな提案を、社内でしたことがある(どこが編集なんだ? いや、ただ愉しそうだから!)。
「そんなことができるかどうか、言い出しっぺのお前が調べろ」と言われて、正攻法で調べたけれど
当時はだめだった。残念。民営化された最近は、やりようがあるんでしょうね。

メールが普及する前は、今よりずっとたくさん手紙を書いたし、似た数だけいただいた。
高校生の頃、ひとり暮らしで下宿するわたしの心細さを支えてくれたのは、
ほぼ日替わりで下宿に届く、仙台や小倉……「前、住んでいた街」の友人たちからの、あたたかな手紙だったように思う。
手紙って、いつもやさしい。
今、あの頃のように頻繁に、便せんへ手書きをすることはなくなったけれど、
「元気にしてる?」のメールのやりとりは、やっぱりやさしいなぁと思う。

そういえば、「お前の企画書は“手紙”になっちゃってるよ……」と、阿南さんからよく呆れられたものだ。

ところで、最近のパイロット万年筆のポスターのコピー。
「万年筆は、メールやブログに賛成です」
のコピーがたまらない。見るたび、ヤラレタ気分になってグッときちゃう。

「立山連峰」が「立山連邦」。ついやってしまいそうな校正ミス(いかにもわたしがやりそうなミスで、人ごとじゃあ、ない)。
こういうところで出す誤植は、みんながなぜか気づかず、しかもかなりデカイことが多い。
タイトル系の素読み。「まさか」の目でシビアにやんなきゃいけませんね。初心に戻れ!
それにしても、誤植がプレミアなんて、うらやましい限り。

「ワークシェア」「派遣規制」

2009年1月 8日 (木)

ワークシェア、労組側と協議へ 経団連会長

 日本経団連の御手洗冨士夫会長は8日、春闘を前に労使が労働条件のあり方などを議論する「労使フォーラム」の基調講演で、労働者の労働時間短縮による雇用確保に改めて言及し、「雇用対策で労働組合と話し合いたい」と呼びかけた。連合の高木剛会長は労使トップによる協議の場の設置を求めている。ワークシェアリングを含め雇用問題で共同歩調をとれるかが焦点となる。
 御手洗氏は、「緊急に時間外労働や所定労働時間を短くし、雇用を守ることを検討する企業が出てくるかも知れない」と語った。そのうえで「経団連としても今後、雇用対策について労働組合とも話し合いたい」と述べた。
 一方、高木氏はこれまでの会見などで、労使が別個に意見を主張するのではなく「雇用問題について連合と経団連で協議の場を持てないか」などと述べ、経団連に対し、トップ同士による話し合いの場をつくるよう求めている。ただ、連合内でもワークシェアリングについての意見はまとまっていない。
 御手洗氏が、労働側との話し合いに前向きな姿勢を示したことで、今後、協議機関などを設け、労使トップ主導で迅速な対応をとれるか注目される。
 ワークシェアリングを巡っては、雇用状況が悪化していた02年、経団連、連合に厚生労働省も加わった政労使三者が、普及促進へ合意した。その後、景気が好転したこともあり定着しなかった。(冨田佳志、諸麦美紀)
     ◇
 〈ワークシェアリング〉 労働者1人当たりの仕事を減らして雇用を分かち合う仕組み。景気悪化時に、労働時間を短縮することで雇用を確保する失業対策のほか、従業員の勤務形態の多様化へ向けて利用される場合もある。労働時間が減ることで賃金が下がるケースもある。1980年代にオランダで本格的に始まった。/2009年1月8日(木) asahi.com


もはや義務的に、派遣切りウォッチ。
本日の主な動きとしては、まず、労働者派遣法改正案が製造業への「派遣規制」と呼ばれるようになったこと。
それから、ワークシェアリングが「ワークシェア」と、より簡略化され、わかりやすく言われるようになったこと。
表層的な話ですみません。
でも、言葉の動きって、おもしろい。
案外、こういう言葉の響きや印象で、世論がかたちづくられたりするもんだ。
「派遣村」と同様の現象……。

で、8日の朝の発表では、製造業への派遣規制の方向で調整していくことに(もともと野党の多くは、以前の労働者派遣法改正に反対だった)、民主党が歩み寄り、
法案改正に向けて民主党、社会党、国民党の3党で、国へ共同提出する。
舛添案の派遣規制を推すかたちですな。
一方、首相は、早急な派遣規制には慎重。舛添さんはむろん派遣規制を唱えている(つまり閣内不一致)。
加えて、上記のような経団連の動きがある。

5角形くらいで「せーの」で綱引きすると、どうなるんだろう。

やはり目は離せないのであります。

ワークシェアリング

2009年1月 8日 (木)

雇用対策で就農相談会、現場には戸惑いも 福岡
 自動車産業を中心に派遣労働者の雇い止めが多数発生した福岡県で7日、人手不足が深刻な農業分野への再就職を失業者に促す取り組みが始まった。政府や与野党が議論を始めた「緑の雇用」政策を先取りする新たな施策と県は意気込むが、当の農業関係者からは「農業の基盤そのものが弱まっているのに、失業者の受け皿になるゆとりがあるのか」と戸惑いの声が上がる。
 福岡県飯塚市と田川市の地域農業改良普及センターで始まった就農相談会が、この取り組みだ。同様の相談会は県内にある残り九つのセンターでも13~15日に開くほか、10日には福岡市のアクロス福岡でも開催する。
 相談会は新規就農希望者向けに年2回開いてきたが、今回は再就職支援の趣旨を加えた。再就職相談者には面談のうえで、野菜作りや畜産など希望する農作業の種類などを記す「登録カード」を出してもらう。カードに記した内容に沿った募集があれば、該当者にすぐに連絡する計画だ。
 県後継人材育成室には問い合わせの電話が昨年末から相次いでいる。「アクロスでの10日の相談は、新規就農相談者が40~50人とすれば、倍以上が失業者の再就職の相談になるのでは」と納戸(のと)勝室長は手応えを感じている。
 育成室によると、90年に7万5164人いた農業従事者は、05年で6万1188人と減少。65歳以上の割合は90年の24%から05年の53%に急上昇し、数年後には深刻な担い手不足になると予想されている。一方、07年度の県内の新規就農者は168人。それだけに育成室は、今回の不況を「農業にとっては後継者難という危機を克服する好機」とみる。失業者の多くは農作業に縁が薄いとみて、チームで作業する農業法人への就職を想定している。
 だが、受け皿にと期待される農業法人側の受け止め方は複雑だ。
 経営者4人と従業員約40人で年間1200トンのシメジを栽培している福岡県大木町の農事組合法人「きのこの里」の水落重喜理事長は「確かに農家の人手は不足している」と話すが、一方で「高い給料は出せない。都会で年に500万円の所得を得ていた人が、200万円でもいいと言うだろうか」と疑問を示す。
 06年の県内の農家の年間所得は1世帯あたり507万3千円。うち農業で得られる所得は81万9千円だ。JA福岡中央会は「肥料や原油の高騰でコストがかかるなかで、再就職を希望する人を雇う余裕はないのでは」と指摘する。
 県では、相談会を通じて農業分野への再就職を希望する失業者がどれくらいいるのか把握したうえで、再就職を受け入れる法人への人件費の補助を予算化する考えだ。
 「まずは雇用してもらうが、補助が切れた後も雇ってほしい」と納戸室長は期待する。水落理事長は「きちんと受け入れられるように、農業自体の基盤が強くなるような政策が必要」と注文している。(明楽麻子、今村建二)/2009年1月7日(水) asahi.com


「このブログ、ニュースの引用が長すぎて、読むのがめんどうくさい」というお声もいただくのですが、しょうがないじゃん。
ニュース自体が長いんだから。
で、またもや「派遣切り」のお話。
このニュース、状況がコロコロ転じるので、ちょっと目が離せなくなってしまった。

7日の動きは、5日の労働派遣法改正案(舛添発言)をめぐって、今度は経団連のお偉方がクレームをつけるところから始まった。
「急に製造業に派遣禁止といわれても、困る。それでは生産工場がまた海外に移るだけだ」。
なるほど。小泉政権時代の労働派遣法ができたとき
海外にあった自動車工場なんかが、国内に戻ってきた。
福岡の苅田町なんかは、戻ってきた自動車工場で潤ったわけで(人口が増えるは、法人税入るは)。
法律が改正されると、町も困っちゃうわけで、そんな町はほかにもたくさんあるわけで、
工場が海外流出すると、失業率が増えるだけですよ というわけだ。
シビアですねぇ。

で、同じ福岡で、就農斡旋の話が飛び出したりしている。

経団連から出た対策は、法律改正でなく「ワークシェアリングがいんじゃないか」という話だった。
つまり、正社員の労働時間を減らして、その分を派遣にゆだねる。
両者による「いたみわけ」でいきませんか、という話。
そんな理想ができるのか? また机上の空論を、と思ったのだが
今日の世論はそのあたりで盛り上がって終わった。

正直、経団連から「ワークシェアリング」という言葉が出るとは思わなかった。
正社員たちがそんないたみわけに簡単に応じるわけもないだろうとも思った。
できるもんなら、そりゃそれがいちばんいいに決まってる。
でも、みんな自分の稼ぎが大事だと思っちゃうんじゃないのか?

もともと、「ワークシェアリング」は、派遣切りが社会問題化し始めた頃に
ユニオンによって提唱されたことだったんだ。

ユニオンと経団連のトップの言うことが同じ!
そのへんがたいへん興味深く、明日も見守っちゃう。

にしても、きのこ農家の稼ぎの想像以上にシビアなこと。
きのこ、大好きなんだけど。ほんとうに好きなんだけど。ありがたくいただいているんだけど。
つい「ごめんなさい」とすら言いたくなるような金額に、唖然。

スリム化

2009年1月 3日 (土)

飲料大手、相次ぎ「10円値上げ」断念へ 消費冷え込み

 清涼飲料2位のサントリーは、今春にも検討していた缶コーヒーなどの値上げを断念する方針を固めた。首位のコカ・コーラグループも一律値上げは見送る方向だ。消費が冷え込むなか、小売業界の理解を得にくいため。下位メーカーも値上げしない見通しだ。
 大手各社は昨夏以降、原材料価格の高騰を受け、メーカー出荷価格の10円値上げを検討してきた。だが、昨秋以降の株価急落などで消費者の節約傾向が強まり、状況は一変。小型ペットボトルなど一部商品の値上げを検討していたサントリーは「環境が悪く値上げできない」(佐治信忠社長)と判断した。
 コカ・コーラの製造・販売を請け負う大手ボトラー各社も一律値上げを見送り、一部ボトラーが業務用の瓶商品のみ1月からの値上げを決めた。(五十嵐大介)/2009年1月3日(土) asahi.com


おっ、スリムなペットボトル……と手にとって、なにげに内容量を見てみると
450mlに変わっていたりして(従来は500ml)。
さりげに容量が減っているという値上げは、最近よく見られる傾向かもしれない。
カルビーのポテトチップスだって、気がつくと「85g」になっていたし(100g→90g→85gの流れ。特製塩バージョンはたしか76g)
古いところではティッシュペーパー。
昔の厚さの2/3くらいにスリム化したと思ったら、内容量が200組400枚から、160組320枚に変更されていた。
実質値上げなんだけれども、価格が変わらないから、そんなに「上がった」感じがしない形のマジック。しかも見た目ヨシコちゃん。うまいな。

加齢とともに食品に対して感じるのは、「もうちょっとだけサイズ小さくして」かもしれない。
若いときほどガツガツ食べるわけじゃなし(女子だし)、
あればあるだけ食べちゃうから(もったいないくて? きりがよくて?)、
最初からコンパクトにしてもらったほうがなにかと助かる(ムダに太らなくてすむ)。
残すことにはかなり引け目を感じるし(きんちゃんに叱られるし)。
別に腹ペコなワケじゃなくて(口が食べたいだけだから)、
しかもひと口食べたらきっと満足する(贅沢品の範疇!?)。
だもんで、コンパクト化、軽量化、大歓迎(かといって、ポテトチップスの小袋は、味が違う! と思う。あれはよしとしない)。

いえ、けっして値上げを歓迎するわけじゃなくて

外食していても、ハーフサイズがあったら、むしろそちらを頼みたい。
カレーのココイチが好きなのも、あそこにはハーフサイズがあるからだ(牛しゃぶカレーのハーフサイズも作って下さい)。
吉ギュウも、「大盛り」じゃなくていいのよ。
「ハーフ・つゆだく!」とか、言ってみたいと思うのはわたしだけでしょうか。
あ、でもタマゴは2個でお願いします。

世の中、この年代の高齢化が進むと、ますますそうなりますよ。
おいしいものをちょっとずつ、いろいろ食べたいの巻き。

君の立場では君が正しい。僕の立場では僕が正しい。

2008年12月31日 (水)

三越伊勢丹、定休日復活へ 大都市は時間短縮を検討
 百貨店最大手の三越伊勢丹ホールディングス(HD)は27日、来年4月以降にも全国にある三越と伊勢丹の定休日を増やし、営業時間を短縮する方針を明らかにした。景気後退で売り上げが大きく落ち込んでいるため、人件費や光熱費の圧縮を図る。年20億円程度のコスト削減を見込む。
 定休日は現在、元日のみ。かつては三越が原則月曜日、伊勢丹は水曜日が定休日だったが、00年に廃止した。規制緩和で百貨店業界は90年代以降、定休日を減らし、営業時間を延ばしており、定休日の復活は珍しい。
 三越伊勢丹HDは今年8月、三越高松店(高松市)で先行して2日間を定休日にしたところ、利益改善効果があったという。来年1月26日と2月2日の月曜日も高松店を定休日にして効果を検証したうえで、来年4月以降に地方店の定休日を増やす方針だ。
 競合店の多い東京都心部や地方の大都市では定休日復活を見送る。ただ、原則午前10時~午後8時の営業時間を短縮する方向で検討している。
 世界同時不況の影響で10月以降は衣料品や宝飾品の売上高が激減、12月前半も旗艦店の売り上げは前年に比べ1割前後落ちている。事業環境が急速に悪化したことから、コスト削減を迫られた形だ。
 国内外の店舗の追加削減も検討する。ロンドンやパリなど欧州にある三越の店舗について、石塚邦雄社長は「日本人観光客の旅行スタイルが変わり、基本的に役割を終えた。撤退はあり得る」と発言。国内でも9月に閉鎖を公表した池袋や鹿児島などに続く、追加閉店の可能性を示唆した。09~11年度の設備投資計画1600億円も削減を検討する。(五十嵐大介) /2008年12月28日(日)asahi.com


30日の夜、ひとり静かに仕事をしていたら、事務所に人の影……。
やばい。どうしよう。まじ視えちゃったよ、わたし……
と、息を呑んだら、不律だった。

ろくすっぽ大掃除をしないでいたのが気になって、掃除をしにやってきた彼(もっとも掃除をしなくても、彼の机はいちばん美しい)。

「だって、掃除しないで年越して、仕事が来なくなったらヤじゃないですか」

その験かつぎ、わかる~~~~。
そういえば、仕事納めは先週だったけれど、結局、みんな、今週になっても顔を出して、それぞれの用事を片付けていた。
しょうちゃんに至っては、偶然そこに居合わせたばかりに、大量のゴミ出しと窓ふきまで手伝わされて。気持ちよかったね!
しょうちゃん、きっと来年はビッグにいいことあるよ!

掃除をしながら不律が
「ねえ、マリさん、元旦から開いてる百貨店ってない?」
不律は元旦に吉祥の実家に帰る予定だから、素敵なおてみや(できればナマモノ)をご所望なのだ。
しかし。残念なことに。
このご時世では、たぶん、難しいんじゃなかろうか。元旦営業の百貨店。渋谷エリアはがんばるのかね?

ところで、高円寺のスーパーマーケットは、軒並み、深夜営業戦争に突入している。
まず、駅前の「東急ストア」が24時間営業だし、「西友」も24時間。
「ららまーと」は26時まで営業だったけど、無理がたたったか、先月あたりにつぶれた。
そんななかにあって、わたしが贔屓にしている「クイーンズ伊勢丹」は、
もともと24時までだった営業時間を、この秋に23時までに営業短縮してしまった。
「よっ、ご英断!」と思ったものだ。

なので、「三越伊勢丹」が、定休日復活といっても、「そらそだわな」くらいにしか思わない。
「え、定休日、なかったの?」と思うわたしは疎いのか(だって、髙島屋は、なかったっけ?)。
にしても、定休日復活で、年間20億浮くって、すごくないですか?

省エネ省エネ、エコエコっていうくらいなら、
コンビニだって、当番制で24時間営業にすればいいのにって、常々思っているのだが(東京はコンビニが多すぎやしないか)
バンドのベース氏に(間接的に)一喝された。
「いったい、何万人を路頭に迷わせる気か!」
そらそうですね。たしかに(ベース氏は40代目前。長年、ミニストップの深夜勤務)。
ごめんなさい。
省エネとリストラは、紙一重なんだもんな。むずかしい、むずかしい。
君の立場では君が正しい。
僕の立場では僕が正しい。ディランの歌詞がよく頭を横切ってく年末です。
そして案外、ムダなもののなかに、大事なものってあるのよね(ピノコ風に)。