今、ここ、内側と外側ふたつの宇宙 

2015年1月18日 (日)

2015年の誕生日で50歳になります。
2014年の後半から、「次は50歳!」と言ったり、思ったりしているうちに
49歳をながしろにしているのではないかと感じるようになりました。

たしかに「50歳」はキリがよくていいんだけど
私は少し浮ついていたかしら。
あと半年もあるんだから、「49歳」を大事にしないとな、と思う今日この頃です。

そこで、弊社で編集のお手伝いをさせていただいた松原照子先生の
『「不思議な世界の方々」から教わった予知能力を高める法』なかにあるひとつを
続けてやるようになりました。
“朝「(氏名)の(年齢)歳○月○日を始めます」と言ってごらん”というものですが
「内山真李の49118日を始めます」と朝、宣言するわけです。
なんとなくグラウンディングができてきた感じ?
浮ついたのが収まって「49歳」が喜んでいるような気がします。

精神世界ではよく“今、ここ”という言葉を使います。“イマココ教”という方もいらっしゃるくらい。
“今”という概念はほんとうに不思議。
“今”なんてあるのか? だいたい時の概念ってなんだ?
“今”って、あるようで、ないのですもの。永遠につかめないしっぽのようで。
歩いていると、100メートル先にも今があって、私の中にも今がある。
後ろにも今がある。と思った瞬間に、さっきの今はもうなくて、違う今になっている。いる?
そういう概念でいいのかしら。

やはりよくいわれる「毎瞬毎瞬」という言葉は、言い得ていていいなと思います。
そして、時はどう流れているのか? 
やっぱり未来から流れてきているのか? やっぱり?
私の細胞のひとつひとつに「今」があって、見上げた空に飛んでいる飛行機の中にも「今」があって、
とかなんとか考えているともうだんだんわけがわからなくなってきて
たいてい、生きていることはなんとおもしろいのだろう、というところで終わります。

だいたい私の細胞のひとつひとつに「今」はあるのでしょうけど、
同時に細胞には過去の生物の記憶が全部詰まってもいるわけで、なかなか壮大な話です。
マクロ過ぎて壮大。

子どもの頃はぼんやりと、「自分の体の中にも外と同じ宇宙がある」と感じていましたが
この年になってますますその思いは強く明晰になってきました。
わたしという膜を境に、内側と外側の相似が美しく成り立っているようにも思います。
内在宇宙と、外在宇宙。
そんななかで
未来も過去も全部、今ここに同時に存在するのではないか、という考え方がいちばん腑に落ちます。

いつかこの時間の観念がつまびらかになり、模型なんかで表現することができたら、どんなに楽しいことでしょう。

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