陰陽と神仏と

2015年1月 3日 (土)

「神仏習合の時代の初詣ってどんなだったろうか」

ツイッターのタイムラインに、どなたかのそんなつぶやきが流れていって

いいもんだなぁと、神仏習合時代に思いを馳せた。


神様と仏様と。この頃の勝手な解釈をメモしておく。

神は自分の外に広がる宇宙 のようなもの。

対して御仏は自分の内に広がる宇宙のように感じている。

 

しばらく、仏様の前でお経を唱えながら、「はて、いったいどこにいてはんのやろう?」と、

謎に思っていたのが、自分なりに、解釈するようになってから落ち着いた。

ああ、仏様は私の中においでなのだ、きっと。


この観点から、私はなんだと考えると「膜」ということになろうか。

遠くはずれてはいないような気がしてきたぞ、と。

 

となると、陰陽に分けるなら、神々が「陽」で御仏は「陰」か?

そのへん、曖昧なのが許されて、勝手な解釈もなんでもござれで寛大で

日本はいいなぁと思います。

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