笑って歩く

2013年3月11日 (月)

高校2年生のときだったか、
金魚すくいのプラスチックの水槽を眺めていたときのこと。
死んだ金魚が2尾浮いていて
その下を何事もないような様子で、たくさんの金魚が泳いでいました。

少し不思議な光景でした。
私も、私たちも、このようなのかもしれないと思いました。
私たちの生きる下には、とても多くの人々の屍があり
その上を私たちは、何事もないような顔で生きている。

十代の半ばに、それは残酷で、寂しいことでありました。
けれど、今思うことは少し違います。
私たちは、あの命を受け継いで生きる自分を知っている。
遠くから面々と続くいのちに支えられていることを知っています。

それは縦にも横にも、血がつながっている・いないにかかわらず
思いとして、集合的に、つながっているものだと感じます。
そのバトンを受け取った責任と感謝
それを胸に、できればいつも笑って歩きたいと思うのです。

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