視力矯正クロニクル

2013年3月 9日 (土)

お年頃で、近くのものはいろいろと見づらくなっているようです。
しかしありがたいことに、周囲の友人たちと比べても、進みはゆるやかです。
あんなに視力が低かったのにな。
もしかして、いつもゆるめの矯正で、遠くを見ることをあきらめていたのが幸いしたのかもしれません。
過矯正は老眼になりやすいとか、なんとか。
なにが幸いするか、わかりませんね。自分の視力矯正クロニクルをまとめてみました。

視力が低いのは子どもの頃からずっとです。
片目だけでものを見ると、右と左で世界がぜんぜん違うのが面白かった。
小さな子どもですから、みんなそうなんだろうと思って過ごしていました。
小学校に入って初めての視力検査で「右1.5」「左0.1」と言われて驚きました。
「視力」という概念の存在。さらに世界が違って見えるのは自分の視力のせいと知ったときの驚愕。
私は1才になるかならないかで、目におできができて軽い手術をしたそうです。
「あのときの手術のせいだわ」と、母は苦々しげによく言いました。
その理由が本当かどうかはわかりませんが、眼鏡屋さんで矯正していただくときに
「左目はなにか事故ですか?」と訊かれることがあります。

それでもさほど不自由はありません。はじめからいいわけではないから
「もっと」という欲求を強く持ちませんでした。
小学生のときも教室で前のほうの席にさえしていただければ、眼鏡もかけずにすみました。
周りの大人の人は、「眼鏡をかけて矯正しないと、よい方の目が引っ張られて悪くなるよ」と呪文をかけましたが
果たしてそのとおりになっていきました。
いいほうの視力がどんどん悪くなり、もともと低いほうを下回るようになったのです。


眼鏡をかけたのは中学に入ってから。
作るのにとても時間がかかってげんなりしました。今でもあの検査は苦手です。
「これとこれ、どっちが見えますか?」と言われて、どっちも見えないし、大差ないし、どうでもいいということを
なんだか申し訳なくて言えなくて、適当に答えるものだから、どんどん時間がかかります。
つまるところ、もともと低い視力のほうは強度の乱視+近視。しかも矯正視力はあまり出ません。
一部始終を見守っていた母が、終わったあとに言いました。
「見え方がズレてるから、あなたはへんな男の子ばかり好きになるのね」って。
ごっつ失礼です。

大学生になって、初めてコンタクトをつけて(ハードです)、あまりの痛さに驚きましたが
花も盛りの時節がら、購入。
翌朝つけたものの、痛い。涙ポロポロです。
ガマンしましたが、だんだん痛みが激しくなって、目も赤くなって、
せっかくのデートが台無しになりそうなので先に眼科に行ったら
レンズが割れていたことが判明。ぎゃふん。
乾燥甚だしく、しよっちゅう落としてもいたので(ご飯食べていてご飯に落ちたりする)
ハードは早々にあきらめましたが、ソフトレンズも何度か失敗を重ねて、眼鏡に逆戻り。
この頃で、裸眼視力は右0.02以下、左0.03くらいでした。

そんな毎日を変えたのは1日使い捨てコンタクトレンズの登場です。
不器用で面倒くさがりの私に、こんな便利なものはありません。
ただ、乱視矯正を諦めなければ、ワンデイは使えません。
即断で諦めました。
どうせ左目は矯正視力が出ない。そしてわたしは右目でものを見る。
この法則がわかっていたので、途中からレンズの片目入れをやりはじめました。
右目のみ矯正、左は裸眼で普通に生活していました。
そしてときどき眼鏡を使う(両眼矯正)。

見え方に不自由はありませんでしたが、たまに猛烈な頭痛に襲われるようになりました。
もともと頭痛持ちですが、まったく質が違います。
金槌で思いきり殴られたような痛みがくるのです。
歩いていても突然それはやってきて、くると痛みにしゃがみ込み、頭を押さえていました。
動けないし、吐き気がするし、その場で痛み止めを飲むけど効かないし、死ぬの!?と思いながら
頭を抱え込んだまま、遠のくのを待っている……。
そのときに、無意識に眼鏡を外していることに気がつきました。
これ……か?
もしかして、コンタクトレンズを片目づけしたり、眼鏡をかけたり、くるくる変わるのに
私の目とか頭はついていかれへんてことかも???
時をほぼ同じくして、職場の同僚から、
「あんた、左目が動かなくなってるで」と言われ(たぶん右目でしかものを見なくなっていた)
怖くなって片目レンズをやめ、眼鏡に切り替えました。

不思議なことに、それでその金槌頭痛はぴたりとこなくなりました。
左目は動くようになったのかどうかは、私はよくわかりませんが。
思うに、眼鏡をかけたりかけなかったり、レンズを片目だったり両眼だったり、
そのたびに違うバランスで筋肉を動かして調整するのが、目の負担だったんじゃないでしょうか。それが金槌頭痛という暴挙にでた、と。
目からくる頭痛、あなどれません。
年齢を重ねるにつれ、昨日できたことが今日はムリになることもあります。
ようやく二十代の半ばで、目の主張に気がつきました。


もう長い間、私の視力はパソコンの画面を見るのに合わせて矯正しています。
もちろんちゃんと両眼入れて、ワンデイです。
両眼で0.6くらい見えています。
遠く……向こうにある駅の表示などは読めませんが、不自由ではありません。

近年お年頃で、近くのものへのピントが合いずらくなったりしていますが
日々変わるピントを確認しながら、目の都合に合わせて自分の動作を変えるのを、少し面白いと感じています。
校正紙の文字以外は見えなくても放置することが多いです。
お皿やらご飯やらはとけて見えないことも多いです。あるのはわかるけど。
自分の書く文字はよく見えません。でも、昔から目を閉じて書く練習していたので、平気。
階段降りるのは今に始まったことでなく、ずっと苦手。足下を見たら踏み外すので(乱視特有かな?)
できるだけ見ずに降りるように心がけます。あの感覚は少し不思議です。
階段は感覚で降りています。
段差見ながら降りられる人っているのかしらと思うけど。

それでも、老眼の進みが少々遅いのは、
もしかするといつもゆるい矯正だったせいかもしれません。
ずっと手元に焦点を合わせて、遠くを見ることは放棄してきました。
眼鏡屋さんに、「遠くは見えませんよ? いいですね?」と、いつも念押しされますが、
「構いません」と答えてきました。
仕事がら、原稿や校正紙読むのにラクなのが、なにより大事です。

今、見えるしあわせを噛みしめています。
ずっと視力が低かったし、周囲の大人も呪文をかけるし、「いつか自分はまったく見えなくなる」という恐怖が、幼い頃からぼんやりとあったのです。
なのに今、レンズのお世話になるとこんなに見えていることが、とてもしあわせ。
光の世界があることがとてもうれしいです。
見えないものが増えたとしても、見える世界を大切にしよう。
そして、たとえ私には見えなくても、
そこにある世界をちゃんと感じているようにしたいと思います。

コメント

comments あんじゅ | 2013/03/20 16:02:50

いつものことながら、ものごとに関するマリの考察はすごいなぁと思う。
「お年頃」で近くがみえにくくなった、という事実から
最後の四行にいきつくまでが魔法のよう。
結局はすべて自分自身を、体も、大切にしよう、ということにいきつくのかな。

毎日毎朝、明るい、美しい世界に住まわされていることを感謝するし、見えることを感謝してはいるけど、自分の目に対して、マリほど感謝していないかもしれない。

いまだに、レンズは使っていません。家にいる時は、ホームセンターで買った、ピンホールのいっぱい開いた黒いサングラスのようなものをかけて本を読んだりPCもみたりしています。これをかけると、オートフォーカスのカメラになったような感覚を楽しめるのね。レンズの筒が勝手に伸び縮みしてピントを合わせる。
面白い。

視力の低下は訓練で随分防げると(或いは訓練で向上させることができると)本で読んで、希望を持って…、でも、あまり真面目に訓練していない自分を、ちょっと反省しました。

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