番外編 佐世保の父の葬儀 2

2011年1月31日 (月)

近親者の葬儀は、中学のときの祖母の葬儀、20年前の父の葬儀、そして今回と、3回目になる。
仕事に段取りをつけて、わたしが滑り込んだのは通夜直前、葬儀場だったけれど、
いろんなことがあまりに便利になっているので驚いた。
えっ、ここ、そのままお泊まりしていいんだ。お布団まであるんだ。えっ、シャワーもあるの?

控えの部屋はバストイレにキッチン、お布団付きだった。
お通夜だし、完徹覚悟で行ったわたしに、「この巻き線香、10時間もつねん」と夫。
まさか、布団で眠れるなんて、ちょっと拍子抜けだった。お通夜なのに。
とにかく線香を絶やさぬように、死者が戻ってもこられないように煙でいぶし出すように線香焚きまくっていた
必死に起きていたあの夜はなんだったのか。
世の中便利になったもんだなぁ。
これで葬儀中に倒れる人は、圧倒的に減ることでしょう(ちなみに実父の葬儀中は救急車騒ぎがあった)。


20年前の実父の葬儀のとき、仕切ってくれた葬儀屋さんの仕事ぶりがあまりにクールで完璧だったので
心惹かれた。
穢の仕事をこんなに美しくしてくださることに、遺族代表として(?)惚れ込んだ。
「葬儀屋さんってかっこいい! できたら嫁にいきたいぞ」と思って今に至る。
今回は普通だった。普通にちゃんと仕事してくださったのでなにも問題はない。

そう思うのは、こちらが大人になったせいかもしれない。
一晩葬儀場にいて思ったことは、
ファシリティもホスピタリティはいくらでも改善しようがあるし、
もしもレベルの高いホテルが本腰いれてきたら、
脇が甘いところはたくさんあると思った葬儀場サービス。
ホテルは
 1気持ちに寄り添う  2サービスの充実  3施設の充実 
ことのプロだから、本腰理詰め兵糧攻めでこられたら、どえらいことになりそうだ……
って、こないのか、ホテルは。
だから多少ソツがあったとしても安泰なのかな。


ところで、今回、義父の遺体を見たとき感動した。
入院しているときよりもずっと、父がこぎれいになっていた。
先に帰っていた夫に「親父、きれかぞ(きれいだぞ)」と聞いて「???」と思っていたのだが
お顔を見て合点がいった。とても丹念に死化粧が施されている。
「誰がしてくださったの?」と聞いたら、「病院の看護師さん」とのこと。
一般病室からホスピスに移っていたせいなのか、普通の病院ではここまでしてくれないだろうと思った。
湯かんの域ではない。
丁寧にシャワーしてくれたそうで、多分髪も洗ってくれたんだと思う。
死化粧はとても上手だった。自然な色になるようにダークな紅が淡く引いてあり、すごく上手。
男の人にするのは難しかろうに、わたしは現場は見ていないけれど、ありがたかった。
棺に横たわる父は、ぱりっとしたスーツに着替えて、伊達男が眠っているようにも見えた。
あの父の勇姿を写真に残さなかったのが、本当はちょっと心残りだ。


もっとも心に残ったのは、火葬場の収骨の担当者だった。
焼き上がった骨を、説明しながら、お骨を拾う段取りをしてくれるのだが
寒さの中、お骨の熱さに対峙するせいで、頬が真っ赤になっているのが心に残った。
のど仏はもちろん、ほかの骨も、ときどき手にとりながら淡々と説明してくださる。
遺族は、故人の骨に向き合った瞬間、叫ぶほど悲しくなると思うけど、
いや確かに悲しいんだけれども、
あの方がとても上手にガイドしてくださるせいで、静かな心でいられたように思う。
なによりお骨に対する彼の親しさ、親近感が、ものすごく心地よかった。
すばらしいプロフェッショナルだった。

ちなみに骨壺の小ささにも驚いた。同じ九州で、30年前と20年前はそんなに変わらなかった。
でも今回はえらく小さい。猫用より3サイズくらい大きいだけ。
大型犬くらいの骨壺じゃないのか!? なぜに!?
料金プランと関係があるのかとも思ったが、そうでもないみたいだ。
骨壺の小ささについてのツイート、読んだもの。


それにしても、最近の火葬場の近代化ときたら。
焼いている最中、出ない煙でも見に行こうと思って、ひとり表に出たのだが
煙どころか、煙突がなかった……。びっくりした。


さて、葬儀の不思議なところは、
死という穢の究極にいながら、別れの儀式はハレの印象さえあること。
故人の最期の晴れ舞台でもあるのかもしれない

だから葬儀は荘厳だし、関わるプロフェッショナルたちに深く敬意を払う。


義父が12月に突然病魔に倒れ、「年末までもたない」と聞いたときにはうろたえた。
悲しんでいる家族たちのなかで、嫁としてのつとめは、現実問題を乗り切れるように段取りしていくことだろう。
いかし、今、闘病している父がいるのに、葬儀の段取りどうしておけばいいんだろう……と悩み、
ツイッター上のお友達である佐藤葬祭の佐藤伸顕さんに、「葬儀屋さんを探すべきなのかどうか」相談した。
佐藤さん。わたしが今もっとも敬愛してやまない「おくりびと」です。

このときの佐藤さんの言葉が
「お守り代わりに相談しておいた方がいいと思います。良い葬儀屋さんが見つかりますように。一緒にいる時間が良いものになりますようにお祈りしております」
ものすごく元気づけられた。
「お守り代わり」の葬儀相談。
ものは言いよう、考えよう。そして
「残された家族にとって、一緒にいる時間をよいものにすること」。
しなければならないことを、こんなにやさしく諭していただいたことに深く感謝です。
おかげで自分のやらなければいけないことが見えて、迷いはなくなりました。

葬儀のこと、大切な人を送るということ。
近親者の葬儀を通じて、また深く考えさせられました。
こうして人は年を取り、豊かになっていくわけですね。
お父さん、ありがとう。

 

 

コメント

comments みんとてぃ | 2011/01/31 9:46:13

看護士がご遺体を綺麗にする=エンジェルサービス
母最期と儀式の時に同じように思いました。
エンジェルサービスを受けたのある恵比寿に寄って新潟に帰ります。
弟の義父が亡くなりました。
娘は、あの頃出会ったナースを目指して、今日・明日看護学科受験です。

comments マリ | 2011/01/31 21:51:57

だからYちゃんは看護師さんを目指すのですか…。
Yちゃんが力を出し切れるようにお祈りします。
応援してるぞ~(^^)/

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