謹賀新年

2009年1月 2日 (金)

年賀状盗んだ疑いで男逮捕 「家族写真を見たかった」

2日正午前、静岡県富士市内の住民から「郵便受けをのぞいている人がいる」と110番通報が/2009年1月2日(金) asahi.com

あけましておめでとうございます。
今年も気の向くままに、気になるニュースを拾って参ります。
おつきあいいただけること、感謝します。

さて。
思わず、じ~んときてしまった「年賀状の家族の写真が見たかった」。
年賀状でやってくる家族写真を、心底「いいな」と思い始めたのは、三十代も後半になってからなような気がする。
送られてくる写真をしげしげと見つめて、お子さんの成長を喜んだり、
言外(あ、写真外?)の親のしあわせを思ったり、ご家族みなさんの揃った絵に
ほのぼのさせていただいたり。
だからね。
盗んじゃうのはいけないけれど、
正月に、だれのでもいいから、そういうのを見たくなる気持ちは、わかるような気がする。

年賀状デビューの……小学一年生のころは、とにかくうれしかったもの。
そのうち「年賀状なんてうぜー」と思っていた時代があって、
「もういいや、書かない」なんていう時代もあって、
でも、なんかの拍子に書き始めるハメになって
「形骸化してるぜ」と斜に構えたとしても、
ポストに届けられる年賀状はやっぱりうれしいものだ。

実家に帰ったり、家族で旅先で迎えたり、あらたまってホテルで迎えたり、どこにも行かずひとりで迎えたり、友達や恋人と過ごしたり、
それこそいろんな年越しのしかたがある。
大人になると、毎年の、自分のスタイルになってくるみたいだ。
それは、どこかの段階で、自分が選んだことだと思う。
自分ができないほかの処し方を、少しだけうらやましいと思ったり
でも、そういう処し方では所詮収まらなかった自分のことを顧みたりして、
年越しっておもしろいな と思う。
晴れやかさと空虚が混在するような感じ。これは子どものときからだったように思う。

それでも等しく新年は訪れ。
起きている人にも、眠る人にも、健やかな人にも、病める人にも。

三好達治の
「太郎を眠らせ 太郎の屋根に雪はふりつむ 次郎を眠らせ 次郎の屋根に雪ふりつむ」を思い出しながら、
それからユーミンの、「ハッピー・ニュー・イヤー」のメロディを頭に鳴り響かせながら
特別な夜が過ぎていく。
悪くない。

今年もよろしくお願いします。

 

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