それが事実であるがゆえに、ニュースは最高におもしろい。
そこからドラマを読み取るのは、あなたなのかもしれません。
2000年だったか、上京して初めて拝見したときから、目黒雅叙園の百段階段は大好きだ。
「東京にはすごいものがあるんだな」と思った。
以降、ブライダル関連の仕事でお世話になるときも、
わたしは百段階段でグラビアの撮影をしたがった(ときにフォトグラファーにイヤな顔をされながら……)。
この空間にまつわる人の思いが、好きでたまらなかった。きれいだと思った。
ときに、目黒雅叙園に伺う前には、たいていすぐ隣の大円寺でお参りしてから伺う。
今日もそうだった。
こちらでお仕事させていただけてありがとうございます
そんなふうに大黒天と釈迦如来さん、それから七福神にご挨拶してから出かけるのだ。
(しつこいけど、こちらの釈迦如来は清凉寺式のレプリカね。重文。普段は扉の向こうで、見えません)
さて、今日はまたすごいものを見せていただいた。
目黒雅叙園の創始者の細川力蔵さんの令嬢がご存命だというので、お目にかかることになったのだ。
細川文子さんは御年95歳。銀髪の美しい品のいいご婦人だった。
細川家の邸宅は、目黒雅叙園と目と鼻の先にあった。
門構えは、ただの瀟洒なお宅なのだが、入ってみて驚いた。
廊下の天井が非常に高くて、天井画が……百段階段。ものすごく驚いた。
目黒雅叙園を建てた、大工の酒井久五郎氏が建てたという。
文子さんはかくしゃくとして、少し耳と足に不自由をきたす以外は
からだはとてもお元気そう。お達者で、それは楽しそうにお話してくださる。
昔話をいろいろ伺い、録音させていただいて。
「画家たちが残した画帳があるの」と出していただいたら、
百段作家たちがみなそれぞれ、サイン入りで画帳(スケッチブック)に絵を寄せている。
荒木十畝、松林桂月、堅山南風……ぱっと見てもそのサインは読み取れた。驚いた。日本美術の戦前の黄金期の作家たちがずらり並んでいる。
そのひとつひとつの絵があまりに素晴らしくて、しかもさりげなくて、あっけにとられていると、
「荒木十畝の絵が軸になっている」とおっしゃるので、拝見しにその部屋に伺うと、
息を呑んだ。
お部屋が百段階段!?……。
一般のお宅というのに、天井には鮮やかな絵が描かれており、百段階段のひと部屋と、何ら変わらないのだ。さすが酒井久五郎作。
件の十畝の軸には、日付と、「目黒雅叙園主人云々……」と、サインが書いてある。
そのとき、ふと気づいた。部屋の欄間が大きすぎる。
この大きさは、欄間に絵を入れるときのものなのだが……はてな(ということは、百段階段で学ばせていただいた)。
すると、「じつはこちらにもね」と襖が開けられると、そこは仏間になっていて
仏間の欄間には全面、かわいらしい少女たちの絵が描かれている。
作家がわからない(というのも、百段階段の作家のだれかなら、わたしはもう筆致でわかる)。
わからないけれど、愛情いっぱいに描かれているのがとてもよくわかる。とても可愛らしくて
すばらしかった。
きっとこの家に少女たちが大勢いたから、たくさんの絵を残したのではないだろうか。
次の企画展の準備もあって、ここのところずっと細川力蔵さん、旧目黒雅叙園のことばかり取材させていただいて
たくさん昔話を集めてきたけれど、
フィナーレになって、こんな素晴らしいところへと導いていただけるとは恐れ入りました。
なんてすばらしいプレゼント。宝物の数々。
不思議なご縁に、ただただ感謝しているところです。
※目黒雅叙園 百段階段(東京都指定有形文化財)は、昭和初期の建造物を、そのまま現代に残すもの。
建築の専門の先生方からは、「重文になるのも時間の問題」といわれています。
HP右上の「目黒雅叙園を知る」のアイコンをクリックすると、美術や保存建築、歴史のお話が出てきますので、興味のある方はどうぞお楽しみください。
「庶民が楽しめるものを徹底的に造っちゃおうぜ!」的な、創業者の熱い思い、そしてそのリレーは、大河小説さながらに楽しめます。
↓ ↓ ↓
http://www.megurogajoen.co.jp/
なんてことはない、事務所の前にあるスタバで半年前だったかにもらったしおりです。
端っこのほうなんて色がはげ始めています。
「Bali」と書いてあるでしょ。
これを店頭でもらって見たときに、気持ちがバリ島に一気に飛んでいってしまいました。
「バリ島。最近、行ってないなぁ。行きたいなぁ~。行きたぁ~~い!!」
心の中で強烈にじたばたしました。
この花、フランジパンニ(ハワイでいうプルメリア)が大好きなので(香りがいいんです)
そのままこのしおりをお財布の中に、お札と一緒にいつも入れて持ち歩きました。
とても好きな花なので、財布に生花を飾ったつもりだったのです。
今回のバリ島行きの話が決まり(しかも行きたかったニュピ! しかも王様と瞑想なんて!!)、その支払いをしようとしたときに
ふたたび財布の中のこれに目が止まりました。
じっと見たら「Bali」と書いてあります。
……マジで!? まさか、あなたが引き寄せてくれたのか???
今あらためて、じっとしおりを見ていて思いだしたこと。
バリ島のウヴドにはスタバができていて(ロータスカフェが経営しているようでした)そスタバに行って、庭でのんびり景色を楽しんだりしたのでした。
……たしかにスタバでした。まさかウブドにスタバがあるなんて夢にも思いませんでした。
このちょっぴり不思議なできごとを、大事にしようと思いました。
純粋にピュアで強烈にワクワクして、かなりうっとりするものの、いい加減だからついぞ忘れてしまい、そのあとで引き寄せることが多いように思えます。
「気のせい」と思わないことが大事です。
うちの仏壇の前でお経をにゃむにゃむ唱えていると……唱えながら眠る。
何度やってもだめ……途中で眠る、ことがある。
なんだかとても短く深い夢を見るのだ。
メッセージに近いような、イメージだけぽーんといただいたり。
「お参りしながら眠るなよ」と、自分で突っ込んでいたんだが、あれはどうやら眠っているのではないことが、
バリ島での30時間瞑想以降にわかるようになってきた。
あの見ているもの、夢じゃないし、寝ているわけでもないんだな。
と思うと、気のすむまでそこにいたいと思うようになってきた。
神代の物語は素敵。
それはきっと子どもの頃に、親が古事記(←子供用の)を読み聞かせてくれた賜物かもしれない。
神道の様式美も大好きで、機会があればきちんと学んでみたいと思っていた。
しかし、そんな悠長なことを言っている場合ではなくなってしまった。
今すぐ、寺に、仏門に行きたいのですけどぉ!! という気持ちになってしまったのだ。熊野で。
お伊勢さん詣でのあと、一路熊野へ。翌日は憧れの熊野三山にお参りさせていただいた。
これがすごかった。
熊野三山といわれるのは熊野本宮大社、熊野速玉大社(神倉神社)、那智大社(那智山青岸渡寺)。
熊野本宮大社は主祭神が「家津美御子大神」(素蓋鳴大神)。ここでのス素戔嗚尊は木の神様として崇められている。
熊野速玉大社(神倉神社)は伊邪那岐命(イザナギノミコト)、伊邪那美命(イザナミノミコト)を祀るが、もとは神倉山の霊石をご神体である。
那智大社は那智の御瀧をご神体で、大己貴命(オオナムチノミコト)が祀られている。
どこも原始的で徹底した自然崇拝ありきで、
神仏は少しあとから、わかりやすい信仰の対象として、便宜上もってきた感じがある。
……なので、由緒書きなどを読めば読むほど頭が混乱してくる。腑に落ちないことがたくさん現れる。
創始以来の歴史が長すぎるせいもあるのかもしれない。
【熊野信仰の流れのダイジェストおまとめ】
自然崇拝(木・岩・瀧。熊野をなす、この地の宝)
↓
神々にあてはめる
↓
神々のお姿をあらわすために仏に置き換える(神仏習合)
↓
明治の神仏分離令で分ける
↓
歴史を誇るが、つまびらかに並べるとなんだかちぐはぐ!?
みたいな流れとなるのか。
まず、熊野本宮大社の境内に伺うと、すばらしい神気が漂っていた。
わたしにとってはものすごくフレンドリーで、「よくきた!」と頭を撫でてもらっている感じ。
素戔嗚尊(スサノオノミコト)好きのわたしは、うれしくて発狂寸前(自宅には「蘇民将来之子孫也」の注連飾りを飾っている。今も)。
熊野速玉大社(岩)が伊邪那岐命(イザナギノミコト)・伊邪那美命(イザナミノミコト)を祀るのは感慨深い。
磐船に乗って、ここへ来た人をイザナギ・イザナミにたとえているのだろうけど、それはだれだったのだろう。
なんて壮大な物語を描くことができそうだけど、置いておいて。
そういえば、ここいらは古く「黄泉の国」ともいわれる場所で、伊邪那美命が死して隠れた黄泉の国のイメージとも重なる。
那智の御瀧では、壮大な瀧を眺めながら、瀧という字が「さんずい」に「龍」ということを噛みしめた。
あれは龍だ。天翔る龍。信仰対象となる思いが痛いほどわかる。
それで、ここに大己貴命(オオナムチノミコト)をあてはめるのも面白いと思った。
一説によると、大己貴命を蛇神さんと見る説もあるからだ。
卒倒しそうになったのは、那智大社と同じ境内にある青岸渡寺にお参りしたときのこと。
仏像とは別に、あまり見慣れない像があって、はてどなたかと思ってしげしげと見たら
役行者像だった。わたしの大好きな人。
役行者(役小角・えんのおずね)といえば、空海が心酔していた高僧(で、サイキッカー)と認識している(←超私見)。
空海は、役行者さんの行ったあとをたどっているように思えてならなかったからだ(たしか生きた年代は百年ほど違う)。
あの空海が、後ろ姿を追い続けた人、それが役行者さんだと思う(さらに、空海の後を、西行はたどったように見受けられるけど、どうだろう)。
サイキッカーとして知られる役行者さんが、どうして山岳信仰(修験道)に傾倒していったのかと考えるけど
この場所に来て、役行者のたいへん真摯な修行ぶりを感じることができた。
サイキッカーというよりも、まじめに修行をする人で、ある能力を身に着けたんだな。
周囲がそれをどんどん恐れたんだな。
邪念ではなく、よくしたいと思われていたのだろう。
思いの外、青岸渡寺で、役行者の真摯な宗教者、求道者の顔を見た思いで、胸が熱くなった。
像を見ていると、「そうでしたか。お疲れ様でした」と泣けてくるような感じで。
次にここへ来るときは、寺のすぐ下あたりの民宿に投宿して
3日間ばかり通ってお参りするかな……ゆっくり読経してチャンネルあわせるか、なんて思ったのだが
今日の昼間、矢も立てもたまらず仏門に入りたくなり、取り急ぎ申し込んでみた。
しかし申込み期限の3月31日は過ぎている……どうだろう。
こんな素敵な制度がありましたよ。出家するにはまだ早い(!?)わたしにぴったりかもしれない。
待賢門院や美福門院に憧れたわけでも、入道になりたいわけでもありませんから。
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国際仏教塾 http://www.tibs.jp/
さあ、どうなることやら。
スクーリングと校了日が重なってるし。
3月31日はお伊勢さんへ。
今回の伊勢神宮参拝は、パーフェクトハーモニーのエネルギー散策に参加したもので、
2011年10月に、開運家の紅龍先生のご案内で神嘗祭を奉拝して以来の伊勢参拝だった。
その神嘗祭では漆黒の闇の中で行われる祭事を、玉垣の外から奉拝した。
ちょうど雨降りで、雨の中を玉垣の内側では火が焚かれ、さらに奥では神事が行われているのをただ静かに、こちらの気配を消して見守った。
*まったく余談だが、炎を見つめていると、畏れ多くも
「とようけー、とようけー」と、豊受大神にまとわりつくような天照大神(まだ少年)が感じられるような気がして、とてもあたたかな気持ちになった。
そのイメージでは、豊受大神はお母さんみたいな印象。さらには天照大神は男性に思われた。やっぱり男性だったんだなと感じた次第。
ついでながら、それは豊受さんの大切にしておいでの思いだろうから、ここでの出来事というわけでもなく、元伊勢だとかのできごとなのかもしれません。些末な話ですみません。
さて、今回は「御垣内参拝(みかきうちさんぱい)」といって、御正殿(ごしょうでん)の玉垣の内側で正式参拝させていただくというもの。
もちろん初めてで、うれしいの、なんの。
玉垣の中に跪いてご挨拶させていただき、文字通り感無量。
涙がにじむのは、あまりにもその場所が清冽なような気がするからだ。
二千年もの長い間、祈りが集まった場所。そこは美しく極まっているように思う。
外宮では、玉垣の内側は炭の匂いがまだ漂っていて、神餞の支度をきっと今朝もなさったのだろうと思うと感慨深かった。
外宮はいつもあたたかく、おおらかで優しい印象だ。慈悲深い。
対して内宮は非常に凛として清く(その分厳しさがあるように感じる)、深く優しい印象。
跪いてご挨拶させていただくと、雲の切れ間に日がうっすら差してきて、うれしかった。
日が差した、雨が降った、そんな外界のあれこれを神々とつなげて考えるのは楽しいし、御神意ととるのは幸福感のある習慣だと思う。
境内にいるだけでも、ものすごく気持ちがいいので、顔がにやにやしてくるのだが、
参拝のあとは、もううれしくてたまらず自然と笑みがこぼれる。
……わたし、ただミーハーなんじゃないか、もしかして。
美しい清々しい場所で極まり、木々とたくさん話をしながら帰ってきた。
それにしても、伊勢は凛としている、いつも。
今年は伊勢神宮の遷宮の年。
伊勢神宮の御遷宮祭、奉拝させていただきたたいものです。ご縁がつかないかしら。
そして今年は出雲大社の遷宮でもある。ふたつの遷宮が重なるのは珍しいことなのだそうだ。
出雲の神迎祭のご神事を、また奉拝させていただけたらいいな。
【たましいの旅】
二日目の瞑想フィナーレの晩。いよいよ行かなきゃ、出かけなきゃと決めていた。
しかし、どうやって日本に行けばいいんだろう。
飛行機の中で見た、バリ島と日本の地図を描きながら、まずこの場所(ウブドの瞑想場所)から上へ上がる、どんどんあがって、島が見えるところまで上がったら日本へ……。
しかし、なかなかこれがやりにくい。
「あっち」と思うも進まない。どうやるんだっけ? と考え込んでいたら
目の前に金色に輝く日本列島がポンと現れた。とてもきれい……。
そう。バリ島から日本へ向かう間に、
「オノコロオノコロ」とかき回す感じが、もしかしたらわかるんじゃないかとすら考えていたのだけど、少し違った形で、日本列島が出てきた。とりあえずそれを抱きしめた。
「もうこれ以上激しく揺れないでね」と、静かにじわーっと温めるイメージ。
瞑想中に、夫と会うつもりだったのだが「どこで」会うのか、待ち合わせ場所を約束するのを忘れてしまった。
しょうがないのでうちに行って、普段通り掃除をしたりしていたのは、冒頭に書いたとおり。
病に伏せっている友人にも会いに行った。
会った先で、ごにょごにょメッセージを伝える。ちゃんと伝えたつもりだけど
なにせ言いたいことを伝えるのが少しだけ難しい。夢の中で喋る感じに似ている(夢だったのか?)。
むろん仕事関係者にも会った。
というか、対峙しながら、こちらのこれから先の自分の考えを整理し、まとめていく。
悩んでいたことにも、シンプルに答えが現れるものだ。瞑想は不思議なり。
死んだ人にも会いたかった。
もう20年前に亡くなった、父に会いたかったのだが。
あの世へどうして行けばいいのかわからず途方に暮れていたら、父のほうからやってきてくれた。
突然わたしの目の前に現れ、笑顔で、3才くらいの女の子の手を引いていた。
ひと目見て、女の子が、わたしが5年前くらいに流産した女の子のイメージなんだとわかる。
そうか、父がみていてくれるから、大丈夫ってことか。ありがとう、おとうさん。
胸の中が温かいイメージで満ちる。しあわせな気持ちになった。
ツイッターで知り合った友人にも会いに行った。
瞑想に時間に合わせ、チャンネルを合わせてくれているはずなので、行かなきゃ! だったのだ。
詳細の住所がわからなくても、行きたい、行く、と思うと、ぼんと飛んでいけるように感じた。
気がつくと、仮想彼の部屋にいて、彼に言いたいことを伝え、
でもこの人にちゃんとリアルにわかってもらうためになんかしなきゃなと考え
喫煙者の彼のライターを隠すことにした(からだがないのにそういうことをするのって、結構たいへん)。
彼のつぶやきで、わたしが行ったことを、なんとなく感じてくれていたようだったのがうれしかった。
「あたたかい感じで、よく眠れた」「女の人に膝枕してもらっている感じ」らしい。
誤差の許容範囲だと思う。ライターを隠した件を伝えると
「わりと買ったばかりのライターの火がつかなくなったのは、そういうことですかね」とお返事。
……彼が優しいので、そういうリアクションなのかもしれないけど、なんとなく面会成功ということで。
新潟の友人宅にも行った(これも行ったことない)。
ぎゅーっと友人を抱きしめて、思いを静かに送ってそのあたりを満たし、
少し前に亡くなったお父様にお参りさせていただいた。
ほかにも数え上げるときりがなく、なんとなく気配を感じてくれた人たちがツイートしてくれたのがうれしかった。
初心者の割には、自在に飛び回ることができた。
それもこれも、バリ島のおかげなのかもしれない。
とにかく、どこかから戻る度に、聖なるアグン山とバリ島の神様に挨拶をしていた。
わけわからず、節目ごとに般若心経を詠んだ(心の中で)。
宗教的には超チャンポン、しかし、感謝の気持ちはきっとひとつだ!
あとでミエコさんに「あんた、寝言がすごいからびっくりしたわ」と言われた。
わたしの幽体は、いったいどこにお出かけしてのやら、厳密に考えると不思議で
いや、夢の世界を漂っていただけといわれても、「それは違います!」とは言い難い。
ただ、「来たね」「感じたよ」とあたたかく応えてくれる人たちに感謝しつつ、
そして肉体をもつこの限られた時間に深く深く感謝しつつ、
肉体がなくてはできないことをちゃんとしようと思うのでした。
行こうと思えばすぐ、バリ島にも飛んでいけるのが、うれしくもあり。
でも、やっぱり、今はまだ、からだも一緒に旅をしたいお年頃です。
そうそう。瞑想中のラーマさん(王様)のエネルギーが高く、すばらしかった。
正しく瞑想すると、あんなふうになるものなんだろうか。
さほどエネルギー感知体質ではないわたしにも、十分感じとれるもの。
清らかで高貴、そして強く、一瞬にしてこちらに流れてきた。いやすごかった。
【おわりに 幽体のことを少し】
幽体(魂)だけになったときに大事なのは、イメージがすべてだということ。
自分がとらわれているような世界しか、広がらない。
道がわからないとそこに行けないと思うと、道がわからないから行けないし、
念じればそこへ行けると思うと、道がわかろうがわかるまいが、すぐに行けるもの。
肉体のあるこの世界では、「思いが世界を作る」といわれるけど、
肉体を失った場所ではそれがさらに顕著になる。
イメージや思いがいかに大事かを痛感する。
思いがエネルギーに代わるから。
みなさんもこの先、もしもからだをなくす(置き去りにする)瞬間があったときには、
まず思いを整えてみてください。
会えないものはないし、行けない場所もない。たどたどしくも、ほとんどできると思います。
阻むものは、たぶん自分の思いだけかもしれません。
目の前に見えるすべてを、全面的に信じて、次の物語を紡ぐこと。あるいはまかせること。
幽体の世界でも、結局、今やっていることととても似ているのかもしれません(顕著だという印象あり)。
だからこそ、自分と他者のエネルギーを知覚しながら、しっかり歩みを進めていこう。
あらためてそんなふうに思うのでした。
昨日の朝、いつものようにうちの廊下と階段の拭き掃除をしているとき
「からだがあるって、いいなぁ」と、しみじみ思った。
肉体のありがたみをひしひしと感じることができた。これも、バリ島での瞑想の賜物にほかならない。
バリ島での30時間の瞑想途中に、ふわふわと幽体でうち(日本)にやってきたものの、
留守中掃除をしていないのが気になり、掃除を始めてしまったのだ。
やっているんだけども、からだがないので、スカスカしてやりにくい。
幽体だけという状態が初心者なわたしは、なかなか思うように動けないので、掃除特有の達成感もないまま、
とにかく掃除だけはした(つまり気分だけ、ということになるんでしょう、現実的には)。
ところが、翌朝(つまり瞑想明けてすぐ)、夫からメールが来た。
「君、ゆうべうちに来たね。君がキッチンの連絡帳見ていたのを見たよ」。
浮遊したわたしを見つけてくれたのか! と思うとたいへんうれしかった。
ニュピの瞑想は、ニュピに日付の変わった深夜0時から、まるまる一昼夜続く。
24時間を経た次の朝を迎えるまで続くので、およそ30時間続くロング瞑想となる。
そんな瞑想慣れしているわけでもないわたしにできるのか!?
しかし不安よりワクワク感のほうがはるかに勝っていた。
つなぶちさんが以前、離れた人との瞑想中のコンタクト実験みたいなことをされたのを読んでいたこともあり、ぜひとも試してみたいことがいくつかあった。
会いたい人もたくさんいたし。そんなわけで、妙なノルマ(?)を感じつつ、瞑想が始まった。
瞑想の指導してくださるのは、ウブドにいらっしゃる、スカワティ王朝の流れを汲む王族の王様の村の王様のラーマさん。
30時間にのぼる断食瞑想は、肉体的には過酷だからと、はじめにしのぎ方を教えてくださる。
曰く、光・風・水・「土・音、宇宙をつくるこれら5つの要素のエネルギーを、体に取り入れておくのが大事」。
ニュピの前日にブサキ寺院にお参りして、それら5つのエレメントをそろえながら
「いい? 人間のからだの中には、必要なものはすべて入っているんだよ」と教えてくださる。
5つの要素をからだに詰め込んでいく作業が、とても心地よかった。
満たされて、わたしはきっと大丈夫、という確信に変わっていく。
今回のわたしの瞑想の課題は、まず神々にご挨拶をすること、それから深く感謝をすること、そして会いたい人たちに会いに行くことだった。
30時間も瞑想できるということは、いくぶん時間に余裕がある。
だから、いつも朝晩のお参りのときは、なんだかせわしないのを
心ゆくまでゆっくり思いを重ねて、祈り、その先にあるものに寄り添うようにしたかった。
ところで。日本の家を出るとき、我が家の神棚にお祀りしている神々と仏壇で
「これからバリ島の神様にお目にかかってきます。もしもよろしければお連れしますから、わたしのからだに乗って一緒にお越しください」とお伝えして、ご一緒してきた。
日本でもそうだが、龍神さまもご一緒するので、参拝の折りにはよく雨が降る(ように思う)。
ヴサキ寺院に行ったときにも、次の寺院でも、やはり雨が降った。
瞑想中は、空を稲光がきれいに走っていくのを見て(これが見事に龍!)、清々しい気持ちになった。
だって、「来てるよ」サインを送ってくださっているかのごとき稲光だったから。
【1日目はからだに深く感謝。そしてお経の森を彷徨う】
「郷に入れば郷に従え」というわけで
バリの神様にご挨拶するときは、ご一緒した日本の神々をまず紹介してから、
お祈りを始めるようにしていた。
1日目の瞑想。アグン山(バリ島の聖なる山)とバリ島の神々にご挨拶し、ニュピのお祝いを伝えたあと、
ふたたび日本の神々をご紹介してから、最初にやったのは
自分のからだへ徹底して感謝を伝えることだった。
足の爪の先から頭のてっぺんまで、ゆっくりと。
魂を乗せてくれるからだへの感謝。これがなくては多くのことは始まらない。
そんなことを思い出しながら、どこまで細かくできるだろうというほど、細かくやってみた
気が済むまで何時間も感謝したあとで、お経を詠んでいたが(心の中で)、
これが途中で落ちてしまうというか、なかなか詠みきることができなくて、おかしかった。
途中まで詠むと、色がざざざ~と混ざる感じになって進まない。何度も何度もそれを繰り返した。
「お出かけは、もう少し上手に瞑想できるようになってから。明日からにしよう」と思ったが
朝は思いのほかすぐにやってきた。
夜明けはものすごくゴージャスだった。
瞑想部屋のぐるりを囲む、ウヴドの美しい山の景色が、鳥たちのやかましい声で いっぱいになっていく。
夜が死なら、朝がきて生が訪れたことを世界が喜んでいるみたいで
今まで感じたどの朝よりもドラマチックな朝だった。
【後編へ】
『全開運! しあわせ』で連載「癒しの時間」を執筆していただいている、
つなぶちようじさん http://www.tsunabuchi.com/ のご厚意で、
3月19日~25日、バリ島のニュピにご一緒させていただきました。
ウヴドの村にいらっしゃるスカワティ王朝の流れを汲む王族の王様、ラーマさんのお宅で、
ニュピの瞑想をさせていただくというものです。
つなぶちさんは、今回が9回目(すごいですね)のニュピ。
大のバリ島好きのフォトグラファー、ミエコさんも一緒です。
「ニュピ」はバリ島の3つある暦のひとつ(太陰暦)で数える、お正月みたいなもの。
ニュピの前々日は、普段使っている神具を海で浄めるそうです(その行進はお祭りさながらに賑やか!)。
ニュピ前日には「オゴオゴ」という、祇園祭とねぶたとだんじりとを、ごちゃ混ぜにしたようなお祭り。
悪霊を集めて気遣い、新年が来る前に悪霊にはお引き取りいただくという趣向です。
めでたく悪霊がみんないなくなってから、心静かにニュピを迎えます。
ニュピは「ゼロに戻る日」で、一日瞑想などをして静かに過ごすのが本来の過ごし方だそう。
日付が変わってニュピに入ったそのときから、食べず、飲まず、働かず、遊ばず、眠らず過ごします。
もっとも、最近はこうした厳格な規律に基づいた過ごし方をするバリニーズも徐々に減ってきていると聞きました。
裕福な人たちは、ホテルでニュピを過ごしたりするのだそうです(近年の日本の正月みたい!)。
厳格にニュピの瞑想をなさるラーマさんにリードしていただきながら
ニュピの瞑想をご一緒させていただきました。
およそ30時間の瞑想。ほかでは決して味わえないような体験です。すばらしかったので、
また次に書きます。
瞑想するお部屋。風を感じることができる、地上4階建てです。
眼下にはウブドの村を望みます。
つなぶちさんのバリ島ニュピのアルバムが
FBであがっていました。写真がとても素敵です。ご覧になれる方はぜひどうぞ。
↓ ↓ ↓
http://www.facebook.com/photo.php?fbid=347074962006149&set=a.347073095339669.79527.100001109443563&type=1&theater#!/media/set/?set=a.347073095339669.79527.100001109443563&type=1
「じゅぴさんが体験した2001年バリ島ニュピツアー」という素敵なブログを見つけました。
2001年に、つなぶちさんとご一緒なさった方の記録です。
バリ島のことも、ニュピのことも、瞑想の感じもとても詳しく書いてありました。
バリ島好きな人にはきっとたまらないです。
↓ ↓ ↓
http://www.ff.iij4u.or.jp/~jupiter-/bali.html
1か月前に引き続き、パソコンの配線をふたたびお願いしたので、
今朝も工事の方が我が家の天井裏に入ってくださった。
二度も大がかりの工事をするのは申し訳ないのだけど、
事情がかわったからしようがない。同じ工事の担当者だった。
見えないから、天井裏なんて普段意識したこともなかったのだけど
工事中、横からこわごわのぞくと、あまりにちゃんと広いのに驚く。
うちのすみずみまで天井裏からいけるのだもの(←工事の人談)、驚く。
意識したこともないのに、これだけ立派に状況があることに、びっくり。
人が生きることに、なんだか似ている。
問題は、自分はどこを見るかと決めることではないのかしら。
そして同時に、自分の目に映る(知っている)以外の世界があるということを、
認識しておくことなんじゃないかしら。
意識せずに、人は選んでいる。信じている(=決めつけている)。
なんてことを天井裏を通じて思っていた。象徴的な気がして。
天井裏になにかが棲んでいて、いつもわたしの暮らしをのぞいている……
という妄想はやんわりある。家鳴りだって多いしな。
思わず工事の人におずおずと、「天井裏、変わりありませんでした?」と訊いてみる。
「大丈夫、なにもいません。1か月前と変わりません」とお兄さんが笑って応えてくれた。
あけましておめでとうございます。
さらなる楽しいことをたくさん書きていきたいです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
昨年に引き続き、年頭の「今年わたしとゆかりのある神様、どなたですか」をやってみました。
『日本の神様カード』(大野百合子さん著)の3枚引きです。
じつは使い方マニュアルをいまだに読んでいません(直感だけで多用できて便利!)。
タロットを代表とするオラクルカードには昔から興味があるものの、
「映画はハッピーエンドしかみたくありません」と常々思うわたしには、いささか重すぎるものが多く。
そんななかで、『日本の神様カード』はハッピーに楽しめるので好きです。著者のやさしさが伝わってきます。
占星術でいうと石井ゆかりさんみたいなやさしさ(ツイッターの毎朝の占いが楽しみです。 ⇒ @ishiiyukari)。
で、引いてみました。3枚引き。
1 大屋毘古神 おおやびこのかみ
2 泣澤女神 なきさわめのかみ
3 八雷神 やついかづちのかみ
※このカード、神様と仲良くなるのにもおすすめなので、日本の神様好きにはぜひ。
四十八柱の神々に触れることができます。
3枚並べて見ると、ものすごく伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)色がものすごく強いというか、
伊邪那岐命・伊邪那美命のスリーカードみたいにもとれます。
それでいて当のお二方はお出ましではございません。なんですか、この謎かけ。
大屋毘古神は家の神・樹木の神で伊邪那岐命・伊邪那美命の子どもで家宅六神の神様のおひとり。
泣澤女神は、涙の神様(て安直ですみません。本居宣長は「水神」まで広げた模様)。伊邪那美命が子どもを産んで亡くなったときに号泣した伊邪那岐命の涙から化生する神。
八雷神は、その名のとおり雷の神様でパワーの象徴になりますが、黄泉の国でゾンビと化した伊邪那美命がまとっていた神々で、頭には大雷(おおいかづち)、胸には火雷(ほいかづち)……と、八神いらしたなかのおひとりです。
ちなみに去年は
1 石長比売(いわながひめ) 2 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ) 3 塩椎神(しおつちのかみ)
だったので、伊邪那岐命・伊邪那美命とはもうまったく違う筋。
三柱の神々には、昨年たいへんお世話になりました。ほんとうに。
ちなみに月のはじめには、毎月1枚引きして、月の神様にお出ましいただきます。
いつも、どなたが出るか、かなり楽しみ。
それぞれの神様への思いは、ありすぎて冗長になるのでまたいつか。
この、「ある」のがいいんです。思うだけで世界は豊かになるから。
今自分がいる世界のどこにフォーカスするか、どこを選ぶか。
なろうと思えば3秒後にはしあわせになれる。それをたしかにしていく。
ということを、今年もたしなんで、したためて、いきたいと思います。
日本の神様カード http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%A5%9E%E6%A7%98%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89-%E5%A4%A7%E9%87%8E-%E7%99%BE%E5%90%88%E5%AD%90/dp/4903262294
※おや中古しかない。売れてますね。早いところさらなる重版希望。
「新年も大晦日も、いつもと同じ時間が流れているだけなのに
それが特別なものみたいにしているのなんてばっかみたい」
16才の大晦日の夜。帰省した四国の実家でそんなふうに思った。
「なんで、大晦日だお正月だと騒ぐのかな。いつもと同じ時間に変わりないのに」
その大晦日の深夜ラジオでは、新曲ほやほやの「赤いスイトピー」が流れていたっけな。
反抗したい盛りで、早々にお茶の間を切り上げ、部屋でラジオを聞いていた。
聞きながらハッとした。親だってわかってる。いや、わたしよりずっとよく知ってる。
いつもと変わらない時の流れを、大晦日だ、新年だとやるのはきっと生きる智慧なのだ。
ばかばかしいなんて素振りも見せず、ちゃんと年越しそば食べて年越しして、正月の挨拶をするのは、
長い時間を超えるということの難しさと智慧を、身をもって子どもに教えているのか。
思い至ってようやく、正月を正月たらしめん親に感謝。自分も積極的に乗ることにした。
なにせ反抗期だったので、自分で納得しないと落ち着かなかった。
思えばそこにありありと現れるのは、サンタクロースの夢も、新年のありがたさも、
神仏の不思議も、同じに違いない。ないと思えば永遠にない。
大晦日は更けてゆく。だれの屋根にもひとしく時が降り積もる。
どうぞみなさま、よいお年をお迎えください。