天井裏にあるもの

2012年1月 9日 (月)

1か月前に引き続き、パソコンの配線をふたたびお願いしたので、
今朝も工事の方が我が家の天井裏に入ってくださった。
二度も大がかりの工事をするのは申し訳ないのだけど、
事情がかわったからしようがない。同じ工事の担当者だった。

見えないから、天井裏なんて普段意識したこともなかったのだけど
工事中、横からこわごわのぞくと、あまりにちゃんと広いのに驚く。
うちのすみずみまで天井裏からいけるのだもの(←工事の人談)、驚く。
意識したこともないのに、これだけ立派に状況があることに、びっくり。
人が生きることに、なんだか似ている。

問題は、自分はどこを見るかと決めることではないのかしら。
そして同時に、自分の目に映る(知っている)以外の世界があるということを、
認識しておくことなんじゃないかしら。
意識せずに、人は選んでいる。信じている(=決めつけている)。
なんてことを天井裏を通じて思っていた。象徴的な気がして。

天井裏になにかが棲んでいて、いつもわたしの暮らしをのぞいている……
という妄想はやんわりある。家鳴りだって多いしな。
思わず工事の人におずおずと、「天井裏、変わりありませんでした?」と訊いてみる。
「大丈夫、なにもいません。1か月前と変わりません」とお兄さんが笑って応えてくれた。

2012年の神様

2012年1月 2日 (月)

あけましておめでとうございます。
さらなる楽しいことをたくさん書きていきたいです。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

昨年に引き続き、年頭の「今年わたしとゆかりのある神様、どなたですか」をやってみました。
『日本の神様カード』(大野百合子さん著)の3枚引きです。
じつは使い方マニュアルをいまだに読んでいません(直感だけで多用できて便利!)。
タロットを代表とするオラクルカードには昔から興味があるものの、
「映画はハッピーエンドしかみたくありません」と常々思うわたしには、いささか重すぎるものが多く。
そんななかで、『日本の神様カード』はハッピーに楽しめるので好きです。著者のやさしさが伝わってきます。
占星術でいうと石井ゆかりさんみたいなやさしさ(ツイッターの毎朝の占いが楽しみです。 ⇒ @ishiiyukari)。

で、引いてみました。3枚引き。
 1 大屋毘古神 おおやびこのかみ
 2 泣澤女神 なきさわめのかみ
 3 八雷神 やついかづちのかみ

※このカード、神様と仲良くなるのにもおすすめなので、日本の神様好きにはぜひ。
四十八柱の神々に触れることができます。



3枚並べて見ると、ものすごく伊邪那岐命(いざなぎのみこと)・伊邪那美命(いざなみのみこと)色がものすごく強いというか、
伊邪那岐命・伊邪那美命のスリーカードみたいにもとれます。
それでいて当のお二方はお出ましではございません。なんですか、この謎かけ。

大屋毘古神は家の神・樹木の神で伊邪那岐命・伊邪那美命の子どもで家宅六神の神様のおひとり。
泣澤女神は、涙の神様(て安直ですみません。本居宣長は「水神」まで広げた模様)。伊邪那美命が子どもを産んで亡くなったときに号泣した伊邪那岐命の涙から化生する神。
八雷神は、その名のとおり雷の神様でパワーの象徴になりますが、黄泉の国でゾンビと化した伊邪那美命がまとっていた神々で、頭には大雷(おおいかづち)、胸には火雷(ほいかづち)……と、八神いらしたなかのおひとりです。

ちなみに去年は
1 石長比売(いわながひめ) 2 宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ) 3 塩椎神(しおつちのかみ)
だったので、伊邪那岐命・伊邪那美命とはもうまったく違う筋。
三柱の神々には、昨年たいへんお世話になりました。ほんとうに。

ちなみに月のはじめには、毎月1枚引きして、月の神様にお出ましいただきます。
いつも、どなたが出るか、かなり楽しみ。
それぞれの神様への思いは、ありすぎて冗長になるのでまたいつか。

この、「ある」のがいいんです。思うだけで世界は豊かになるから。
今自分がいる世界のどこにフォーカスするか、どこを選ぶか。
なろうと思えば3秒後にはしあわせになれる。それをたしかにしていく。
ということを、今年もたしなんで、したためて、いきたいと思います。




日本の神様カード http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E7%A5%9E%E6%A7%98%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89-%E5%A4%A7%E9%87%8E-%E7%99%BE%E5%90%88%E5%AD%90/dp/4903262294
※おや中古しかない。売れてますね。早いところさらなる重版希望。

大晦日によせて

2011年12月31日 (土)

「新年も大晦日も、いつもと同じ時間が流れているだけなのに
それが特別なものみたいにしているのなんてばっかみたい」

16才の大晦日の夜。帰省した四国の実家でそんなふうに思った。
「なんで、大晦日だお正月だと騒ぐのかな。いつもと同じ時間に変わりないのに」

その大晦日の深夜ラジオでは、新曲ほやほやの「赤いスイトピー」が流れていたっけな。
反抗したい盛りで、早々にお茶の間を切り上げ、部屋でラジオを聞いていた。

聞きながらハッとした。親だってわかってる。いや、わたしよりずっとよく知ってる。
いつもと変わらない時の流れを、大晦日だ、新年だとやるのはきっと生きる智慧なのだ。

ばかばかしいなんて素振りも見せず、ちゃんと年越しそば食べて年越しして、正月の挨拶をするのは、
長い時間を超えるということの難しさと智慧を、身をもって子どもに教えているのか。

思い至ってようやく、正月を正月たらしめん親に感謝。自分も積極的に乗ることにした。
なにせ反抗期だったので、自分で納得しないと落ち着かなかった。


思えばそこにありありと現れるのは、サンタクロースの夢も、新年のありがたさも、
神仏の不思議も、同じに違いない。ないと思えば永遠にない。

大晦日は更けてゆく。だれの屋根にもひとしく時が降り積もる。
どうぞみなさま、よいお年をお迎えください。

龍との出会い 2011年総ざらえ1

2011年12月30日 (金)

2011年を振り返って、たくさんの出会いに恵まれた1年だった。
これから先しばらくは深く関わりそうなものとの出会いもあった。
互いに関係しあっているので、全部まとめてひとつなのかもしれないけれど、
「龍」と「エネルギー」と「外応」。
長くなるので、今日は龍について。
龍を知り、感じ、親密になった一年だった。
龍に導かれるように寺社を訪ね、瞑想すると龍に会ったし、たまにはその背に乗せてもらった。

「内山さん、龍がついているから、龍をそばにおくといいですよ」と、スピリチュアル系打合せのあと、ヒーラーの先生からなにげに言われたひと言が胸に残った。
しばしば吉方位取りをするのだけど、今年は龍が気になったので、戸隠神社の九頭龍社にした。龍神にご挨拶に伺おうと思ったのだ。
以降、さまざまな龍にまつわる出会いと動きは加速度をつけ、時折目が点になることもあるけど、非常に楽しませていただいている。

十月、伊勢神宮の神嘗祭に奉拝させていただいたとき、非常に不思議な出会い方をした女性がいた。
奉拝のそのとき、また翌日の参拝時にたびたびお目にかかり、不思議ですねと挨拶するのだけど
最後昼食を食べるときに、彼女が偶然わたしの席の前に座ったときにはさすがに互いに目が点。三回目の出会いだった。

「あの、もしかしたら、龍にちなんだ方ではないですか?」と尋ねると
「そうです」と即答された。やはり。
龍にちなんだ方かと聞くほうも聞くほうだけど、なんだかもう、慣れてきたというか、そういうことが多いのだ。
──彼女の名字は井戸さんと言って、淡路島のご出身(それだけでワクワクするスペック)。
家には井戸があり、そこに龍神様をお祀りし、朝晩お参りしているので龍とは縁が深いとおっしゃる。
「わたしも龍がついているといわれます。井戸さん、わたしにおっしゃりたいことがあるのでは?」とふたたび聞いてみた。
彼女の目つきが変わった。

「そうですね。内山さんも龍ですね。龍族。しかも、かつて龍女でした。だから知らずに近づいた男性は身を滅ぼしてしまう。
龍から人になるにはたいへんだと伺っています。3000年暗いところにいて、2000年寒いところにいて、また2000年……そうしてようやく人になったのです……」とのこと。

龍女か。龍女。ビミョーだな。
え、男を喰っちゃうの!?
夫は辰年だから大丈夫でしょう…(^^;)

加速度をつけ、このあとは出雲大社の神在祭で、龍蛇神にお目もじかない(そして我が家の台所には龍蛇神さんのお札が……龍蛇神講にも参加した)、
紅龍 先生 http://www.dragonforce.jp/ の冬至のお祀りで12月23日に箱根の九頭龍社にお参りさせていただき(奥社の気がものすごかった、あたたかだった!)
さすがにこれでフィナーレのつもりが
なぜか29日には貴船神社で高龗神(たかおかみのかみ・龍神さんです)の神事に参加させていただいていた。

まだまだ答えは出ない、ゴールもない、龍のあれこれ。
八岐大蛇と九頭龍の考察、さらに高龗神のかかわりと在りよう、
記紀以前の神々の存在、
龍と牛の信仰、龍と蛇の信仰、日本と中国の龍の観念の相違、
龍がもたらす豊かさと実り、命の水、水神……など、龍を中心にひろがる、つながる、すごいです。


来年は壬辰(みずのえたつ)で龍の年。またじっくり関わることがきっとできるだろうと思うとうれしい限り。
まずは秩父の八大龍王宮(今年の吉方位だった。節分までに行きたいなぁ)と
室生龍穴神社に行かなくちゃ。
龍を考えるにつけ、たくさんのものがつながり、広がりするのが、うれしい限り。


もともと役行者が大好きで、その役行者が八大龍王をお祀りしたというのが
秩父今宮神社にある八大龍王宮 http://homepage2.nifty.com/imamiya/gosaishin_s.html
宮司さんとはツイッターを通じてつながることができたうえに
そのすぐあと偶然、リアルでお目にかかることになった……のも今年だったな。感謝です。


2012年も続きそうな龍をめぐる冒険。
そうそう。わたしは日々の中で龍がらみのものを目にすると、なにか大きくて大事なものと、つながっていることを実感する。
いい外応のひとつにしている。

さよなら、ムーンライダース

2011年12月17日 (土)

今日は自分の行く最後のライダースのライブになるので(たぶん)、チケットを買って以来なんだか緊張している。
いつもの12月のライブとは違うんだな。
ほんとに最後なのかな。マジで?
大人だから、言ってみただけで、ほとぼりさめたら「なーんちゃって!」なんて戻らないかな。
ぜんぜん構わないのにな。

「物は壊れ人は死ぬ、そういうわけさハニー」とか、「Who's Gonna Die First」?とか、さんざ言われてたから、いちばんお別れが近いバンドのような気もしていた。
でももう、好きになって26年になる。メンバーも変わらなかった。
わたしの部屋の上に住んでいた仲良しの女の子が、彼氏に触発されて聴いていたのを耳にして、大好きになった。二十歳だった(その彼氏のバンドが「ソフト]といって、ライダースの前座をやったと思う)。
最初は、当時の新譜の「DON'T TRUST OVER THIRTY 」だったな。
ムーンライダースが解散する。ほんとに? まだ信じられない。言うてるだけちゃうのん?

わたしのからだの五分の一くらいは、ムーンライダースの音楽でできている。
いちばん泣いた音楽はなんだろうと振り返ると、圧倒的にムーンライダースだ。
スタイリッシュだし、都会的だと思うけれど、
それ以上にわたしにとっては心の芯に触れてくる曲だった。
なんど号泣したか。そしてそのまま何度眠られなくなったか。朝、目を腫らせて困ったことか。
そしてひとりで部屋の中、いちばん踊ったのもムーンライダース。

たくさん教えてくれた。人を好きになることのどうしようもなさや、せつなさ、
時の流れの非情といとおしさ、
うつろいゆくものの美しさ、大人になる子ども、年を取るということ、
思いと食い違う外側だとか、死にゆくものの思い、喪失感、消えてしまいたい気持ち、覚悟、覚醒、トリップ、そんなの、みんなみんな、
青い悩みや悲しみは、すっぽりムーンライダースの音楽に入ってしまう。
ムーンライダースの曲越しに、父を思いやることができた。
そして、こんなにヒリヒリの人たちがわたしより年を重ねているのだから、
わたしだってきっと生きていけるに違いない。この人たちが生きているなら、絶対!
そんなふうにも思っていた。
わたしの、前に進む力だったな。そしてすっぽり包み込んでくれる包容力とやさしさ。
最終的には全肯定なところも大好きだった。大げさでなく、生きる力だった一時期もある。

新譜はきちんと対峙しないと聴けないからと
2枚、封を切っていない新譜が飾ったままだ(おいおい)。
できれば死ぬまでこのまま飾っておきたい気分だよ。

永遠に最高にクールなバンド。わたしのなりたい大人たち。
ありがと、ムーンライダース。またね。

HOW TO 正しいお引っ越し

2011年11月25日 (金)

「今の引越なら北がいいんでしょ?」と、引っ越し先の不動産屋さん、白鷺産業さんで言われた。
やはり高円寺から真北狙いでつい最近引っ越してきた同業者女性がいるらしい。
入居日を11月25日の希望と伝えると
「やはりご存じですね」みたいなことをおっしゃる。
暦のことなんだけど、本当言うとわたしはよくわかっていない。
いつも見ていただく、大阪の赤部先生に言われたとおりのことをただ遂行するだけだ。
この作業をもう15年ほどはやっていて、その間に6回引っ越してる。
引越は多い。偏印が多いから仕方ないの! 


さて、引越の段取りをまとめる。
1 生年月日と引越したい時期を伝え、適正な方位を赤部先生に聞く
2 方位どりをして物件の候補をあげる
3 物件の間取り図を大阪に送って五行易をたててもらう(ここでなかなかいいものが出ずに逡巡することあり)
4 物件決定。入居日を先生に教えてもらう

赤部先生いわく、契約日は別にどうでもいいそうで、わたしもそこはかなりいい加減。
人同士のやりとりは重視しなくて大丈夫みたいだ。

対・人以外の交流は、そうはいかない。
住み始める前にしばらく、おうちの神様にお供えをして浄化する期間が必要と
それは赤部先生ではなく、ほかの方にも言われたことがある。

先日も、カギをもらってすぐ新居に行き、まずはご挨拶。
心をきれいにおうちと合わせる。
宅芯に近いところに、酒・米・水・塩をお供えした。これは入居するときまで続ける。


で、引っ越す日は肝心だから、しっかり先生の指示通りの日に行く。
「その家で火を使ってものを食べた日を、引越した日とみなす」そうで
これもいつも忠実にやっている。
白鷺産業の方に「引越日には大切なものを入れるといいんだよ」と聞いたので
さっそくそうしてみようと思う。
いいと聞いたらすぐにひょいとやってみる。わたしの信条でもある。

もっとも、昨日風水師の先生とお話ししていたら
「本当に人それぞれねぇ」となかばあきれ顔。
「人が実際に動いた日でみないと、どうしようもないという人もいるわよ」とのことだった。てへへ。


5 酒・米・水・塩で未入居の家を清める。できれば1週間
6 吉日に入居 

以上!
てことになるだろうか。


明日は引越日。しかも新月らしい。なんてふさわしいんでしょう。
ここでどんどんふくらみ、満ちていけばいい。祈る。

家の思い 家の精

2011年11月15日 (火)

親が転勤族だったこともあって、生い立ちのなかで引越の回数は半端なかった。
たくさんの家に触れた、住んだからこそ、
家の不思議、場所の不思議というものを感じずにはいられない。

土地なのか、建物なのか、どうやら場所には気が宿っているらしい。
みなさんもお気づきだと思うけど
同じ場所に、何度もいろんな店が開店するけど、どれも長持ちしない場所ってある。
よほど強く、きれいないい気で満たして浄化しないと、きっと難しいだろうなと感じる場所。
…ネガティブな話で恐縮です。

ま、いろんな家で怪現象は起きるんだけど、起こるらしいけど、ほとんどわたしは絡まない。
家族や友人が騒いでいるのをよそに、私は幸いにも、コワイものをあまり感じない体質なのだ。

祖母の家は、廊下によく女性が立っていた。
立つだけならまだしも、ときどき首を吊っている。
幽霊だ。
義理の祖父が非常にドライな人で、いい廃材が出たからと、一式持ってきたらしい。
解体した家の廃材らしいのだが
その家というのが一家心中した家で、その木材で自宅の周りに廊下を造った義理の祖父。
そりゃ出るでしょうよっ、じいちゃん!

ちなみに義理祖父も祖母も亡くなったあと、
子供の私は「あの家を処分してほしい。うちで持っていないで」と泣いて頼んだ(で、その通りにしてくれた)。
同じように泣いて手放してくれと頼んだものに、刀剣がある(なぜかうちに1本刀剣があって、これもすごくいやだった)。
わけもなくイヤなのだけど、女の子だし、物騒なものがイヤなだけかもしれない。リアルすぎるんだよな。

小学校低学年のとき、母と兄、3人で暮らしたアパートは(父単身赴任)
「火の玉が出る」と、当時高校生の兄が怖がっていた。
前の住人が交通事故で亡くなっていたそうだ。おうちに帰って来られなかったから、飛んで来ちゃうのやら、どうやら。

小学校の高学年で住んだ、大好きな
大きな桜の木があった小倉の家がいちばんハードで
カンの強い母は、私の部屋で5分でも昼寝すると金縛りに悩まされたそう。
もちろんわたしはまったく感じず、なにも弊害なく、ごきげんさんで暮らしていた。
樹齢50年ほどの、その桜の木がとにかく大好きだった。
しかしその家に住んでいる間じゅう、母の体調はすぐれず、2回の手術をした。
次の場所に引っ越したとたんに、母はけろっと元気になった。
その家は練兵場の跡地だとも聞いたが、もしや桜がなにか言いたかったのか(家が重すぎた?)
今となっては知るよしもない。

学生時代の寮も、さまざまなものが出たおしていた。
もっとも目撃率が高かったのは甲冑を着た武者だった。
一度はわたしの部屋のドアの前に老婆が立っていると、ちょっとした騒ぎになったことがあった。
「命日でひいばあちゃんが来ているだけなので、お気になさらずに。悪いことはしません」とお詫びしたりして……。


いずれもわたしには少しも影響なかったけれど、とにかくいろんな家があるものだ。
できれば、こちらが気持ちを合わせられるおうちがいいなと思う。
基本的には、中に入る人を守ってあげようとしてくれる場所。本当はそうしたいと思っているものなので、
そういうことをリアルに感じられるところだと、こちらが心地いいのだ。
うれしくてたまらなくなる。隅々まで自分の気持ちを通わせられれば、家も喜んでくれる。


動くわたしと、動けない、いや動かない家。

対峙する感じは、樹齢400年の木と話すときに少し似ている。
家は、動くもの(こちら側)に対する、やさしい思い、少し哀れみに近いものを持っている、本来は。
大樹と似てると思うな。
だからこそ、気持ちが通うと、力になってくれようとしてくれる。
家が守ってくれることってある。
だってそういう意志を感じるんだもの。

出雲大社ご本殿にお邪魔…

2011年11月 6日 (日)

出雲大社に以前伺ったのは2008年。ご本殿特別拝観のときでした(これが初めて)。
ひょんなご縁で取材させていただけることになり、一般公開よりも1日早くご本殿に入れていただき、
ずいぶんゆっくり八雲を拝見し、あまりの素晴らしさにのけぞったのですが。

今回はなんと工事中の本殿に入れていただく機会に恵まれました(もちろん一般は入れない場所で、参拝者から見えないようプレハブに囲まれております)。
あまりのうれしさに、発狂しそうになりながら、屋根の高さまで工事用の仮設階段で上らせていただきました。
どうしてこうなるのか、自分でも「?」ですが、とにもかくにもありがたいご縁です。

ものすごく横柄な言い方をさせていただくと、
「えっ、大黒様、大切なお住まいをこんなに間近に、わたくしに何度も見せてていただいていいんでしょうか!? いいんですね、ありがとうございますっ!!」。
昇天しそうになりながら、この目にしかと焼き付けました。できかけの屋根の、なにもかも。

たくさんの偶然が重なってこうなりましたが
いや、自分のなかの出雲の血が騒ぐ(昨日の運転手さんの受け売り)。
そしてまたもや龍の、出雲では龍蛇神の濃いお導きでありました。

その建てかえ中のご本殿を出たときには、めでたく天気雨。
ありがとうございます! と心の中で叫びました。

なんだかどんどんすごいことに……。

神在月の出雲 「神迎祭」

2011年11月 6日 (日)

出雲大社で「未来へ」というポスターを見て、「大本へ」と空目。
なんで出雲と大本と!? とブルーにこんがらがったわたしです。
印字にするとムードがわからないでしょうが、筆で払いとかハネとかをつけると、似ていたのっ!!!



さて。
今日乗せてもらったタクシー乗務員の樋野さんが博識な方で
大社についてとてもよくご存じだった。
それとももしかしてわたしが知らないだけ?
出雲教と大社教がおのおのどんなで、差違はなにかとか、
「出雲風土記の国譲りのくだりなんてないない」という話もいろいろ聞かせていただき、とても楽しかった。


決してわたしが水を向けたわけでもなんでもなく
樋野さんがとつとつと語り始めたのです。


「いろんな方を大社へお連れしたけれど、ひとり忘れられない人がいます。
その方は予約のうえいらした方で、伊勢神宮の神官を退職されたとかで、奥様とふたりでお参りにいらっしゃったんです。
奥様はお着物、ご本人も羽織袴の正装。
『長い長い時間、大国主命様は酒に酔って心地よく眠っておられる。世の中がいよいよ悪くなり、よくないものがたくさん跋扈しはじめたので、この状況をなんとかしていただくためにわたしは大国主命様を起こしにきたのだ』とおっしゃいました。
世の中にはいろんな人がいるなと思いました。その『長い』という単位がまたすさまじく、京の単位とかもっと上をおっしゃったんです。
その方、『からだの不調くらいなら普通に治せる』ようなことも言っていて
もしかして人じゃなかったのかとも思いましたが、わたしの手元には心付けの封筒が残り、お金もいただきましたから、やっぱり人間なのです」


「何年か過ぎた後、素戔嗚尊の信者さんをお乗せしたことがあり、そのときの不思議な方のことを話しました。
すると、『ぜひその方に会いたい、なんとか名前はわからないか」』と身を乗り出して聞いてきた。
『まさにその人がおっしゃるとおりなのだ。そしてそのとき、起きていただく必要があったのです』と
その素戔嗚尊信者さんはおっしゃったそうで……。樋野さんさらに唖然。
今から十年ほど前。2000年くらいの出来事とか。



どなたがどんなふうに戦ってくださっているのか、わたしには知るよしもありませんが
きっと想像以上の力が、護るために、踏ん張ってくださっていることをイメージすることがあります。もう、5次元ベースの話です。
だからわたしたちは大丈夫だと思います。
体がある人は、体を使ってできることを精一杯やりましょうね。それが我々にできること。



タクシー乗務員樋野さんの印象深かった言葉。
「出雲に起こしの方は、みな出雲の末裔なんでしょう。きっと大国主命の血筋の方なのだと思いますよ。
大国主命は全国を旅していますから、それはたくさんの子孫が残っていることでしょう。
『夢で見たから来た』という人もいれば、『なんとなく気になって』『ずっと来たかった』さまざまですが、みなさんご縁がもともとおありなんですよ。
たましいが、それをわかっているから導くのです」
タクシー乗務員さんが静かに語る「たましい」という言葉を普通に聞いて、なんだかうれしい気持ちになりました。



樋野さんの家系は、代々天照大神をお祀りしているそうで、「うちは出雲教でも大社教でもありません」と笑いました。
信者ではないが「境内のあのやわらかく、とてもあたたかい感じの大国さんはすばらしいと思う」とも。



今日、稲佐の浜で神迎祭の神事を見ながら、
一般の人々を交えながら神事を永く行っていらしたこと、
神々と人々の近さに、ちょっと胸が熱くなってしまった。
ただの秘め事に終わらない印象は、
ものすごく間口が広く、すべてよしとしてしまえる大国主命の力強さと懐の深さと。
人の至らなさとか、ぜんぶひっくるめてOK!にしてくれる、パパの愛。



さ、明日は神在月神事の「龍蛇神講大祭」。
龍蛇神講。稲佐の浜から大社まで、神々の先導役を務めるのが龍蛇神さんです。
ワクワクしながら出かけて参ります。寝なきゃ、寝なきゃ。

★来年2012年神在祭情報★
神迎神事・神迎祭 11月23日(金) ←旧暦10月10日
神在祭期間 11月24日(土)~30日(金) ←旧暦10月11日~17日
神等去出祭 11月30日(金) ←11月30日

あ~、1週間滞在したいっ。来年は、校了をどなたかに代わってもらえないかな♡

神様をのせていく

2011年11月 5日 (土)

先日「堀川」のご縁で知り合った女性とお話しているとき
なにげにことのはにのぼった
「お参りに行くときにうちでお祀りしている龍神さんをお連れした」。

あ、それはすごくいいかも、と思い、実践することにした。
わたしは「よさそう!」と思ったらせっそうなくすぐにやってみる(風のエレメントで双子座、B型っていうのはこういうことか)

とくに今年は神事を拝見する機会が多いので
「今度○○の△△さんをお尋ねしますので、よろしければどうぞわたしのからだをお使いください。ご一緒いたします」
と、出かける前に神棚でお伝えする。
わたしの肉体を、媒体として使っていただくわけです。媒体? あるいは車。
すでにわたしが乗っているので、あと少々乗ったくらいは問題ない(そしてよくほか少々が乗っているらしい)。

うまくいくと、現地で「おう、一緒にきてるで!」というサインをキャッチできることもある。
わたしのほうが驚いて、ただただ「恐れ入ります」なわけだが。

秋以降は、戸隠の九頭龍大神もお連れすることになったので
おもしろいほど神事で雨が降る。
降る雨を見ながら、よかったよかったと思う。


気の世界の話ですからね。
いい気になればそれでいいの。いい気になるっていうのは、こういうことでも充分なの。
目に見えない世界のバランスというのが非常におもしろく
わたしにはわからないだけに興味深くてたまらない。